ウクライナへ侵攻中のロシア軍にイタリア製装甲車両が見られます。元々ロシア軍が装備していたものですが、戦車大国のはずのソ連/ロシアがなぜ外国製装甲車を使用しているのでしょうか。その背景を追います。

イタリアがロシアの味方についた という話ではありません

 2022年4月現在ロシアからの侵攻を受けているウクライナは、各国から兵器が供給されなんとか持ちこたえていますが、一方のロシア軍にもイタリア製装甲車が参加していることが分かりました。SNS上に投稿された画像からウクライナ、ロシア両軍車両の損害状況をまとめている民間サイトのロシア軍損害リストに「Iveco LMV Rys'」という装甲車が出てきます。


ロシア軍の装甲車「リンクス」(画像:Mike1979 Russia、CC BY-SA 3.0〈https://bit.ly/3M7KGg6〉、via Wikimedia Commons)。

 この「Iveco(イベコ)」とはイタリアの、トラックやバスなど大型自動車のメーカーです。4月9日現在でロシア軍の同車両は16両被撃破、1両放棄、2両被損傷、2両被捕獲となっており、21両が失われたことになります。

 ロシアは言わずと知れた戦車王国であり、自国で戦車や装甲車を開発、生産することができ、海外にも輸出しています。にもかかわらずロシア軍がイタリア製装甲車を輸入して使っているのには違和感があります。なぜイタリアの装甲車がロシア軍車両としてウクライナに姿を表したのでしょうか。

 これにはソ連崩壊後のロシアにおける、政治力学と経済的事情が絡み合った背景があります。

「ぬるま湯」脱却への劇薬として

 ソ連崩壊後の経済混乱による財政難と冷戦終結による大規模戦争の可能性低下により、1997(平成9)年以降ロシアは「コンパクト化」「近代化」「プロフェッショナル化」という3つの改革の柱を掲げて軍改革に取り組みました。

 そうしたなか2007(平成19)年、国防相に就任したアナトリー・セルジュコフは、ソ連時代から軍事優先の社会主義体制下で手厚く保護され「ぬるま湯に浸かりきった」ロシア軍需産業界にも大ナタを振るい、「2015年までの国家装備プログラム」、通称「GPV-2015」を実施します。

 ところが計画は遅々として進まず、産業界は相変わらず冷戦発想の時代遅れな戦車や装甲車をちまちまと手直しするばかりで、「20世紀遺物の改良型に過ぎない!」とセルジュコフを怒らせました。

 セルジュコフは当時、西側をざわつかせた新型戦車T-95をはじめ多くの新兵器開発をキャンセルしただけでなく、納期遅れや予算超過には罰金を科しました。しかも戦車王国の伝統を持つロシア軍に外国製装甲車を輸入するという荒業に出ます。


イベコの工場で展示されるLMV(画像:Iveco)。

 ほかにもフランス製のミストラル級揚陸艦(後にキャンセル)やイスラエル製無人偵察機の導入を発表し、さらにイタリアからセンタウロ装輪戦闘車(日本の16式MCVと同じカテゴリーの装輪戦車)の輸入まで計画します。これには、イノベーションできないロシア軍需産業界に活を入れるというセルジュコフの意図があったといわれます。

ロシア政財界に波風を立てた「イタ車」

 Iveco LMVは2009(平成21)年にロシアの軍需メーカーKamAZが2両のサンプルを輸入し、2010(平成22)年にはロシア国防省の予算で10両分のパーツが輸入されます。1両ぶんのパーツの値段は1200万ルーブル(当時の為替レートで約2400万円)でした。一方で2010年3月、ロシア国防省のスポークスマンは、外国製装甲車の取得は検討していないとも述べています。

 しかし2010年12月になって国防省はIveco LMVの導入を決定、2010年から2016(平成28)年に1775両の購入のために約300億ルーブルの予算を割り当て、「リンクス」の名称でライセンス生産することになります。これが冒頭で挙げた「Rys'」、ロシア語でオオヤマネコを意味する愛称をもつ装甲車です。


イタリア軍で使用されるLMV。フロント上部に並んだ発煙弾発射筒が面白い(画像:イタリア陸軍)。

「リンクス」は2012(平成24)年5月の対独戦勝記念日パレードにも登場し、外国製装甲車が国家的記念日に赤の広場をパレードする姿は関係者にショックを与えたといわれます。その4か月後の9月21日、セルジュコフは、ロシア軍は「リンクス」を3000台以上必要としていると発言しています。しかしこの直後の同年10月、セルジュコフは国防省傘下企業をめぐる横領事件の嫌疑で解任されてしまいました。軍や産業界の既得権益を犯して反発を買い、ロシアの政治力学バランスを崩し過ぎたようです。

 なお「リンクス」は2014(平成26)年までに358両がライセンス生産されて、おもにロシア軍憲兵隊へ配備されました。

失脚した国防相の置き土産はなぜ大量キャンセルされたのか

 その後ロシア軍はGPV-2015を再編して「2020年までの国家装備プログラム(GPV-2020)」を策定し、当時の世界的な原油価格の上昇に支えられロシア経済が好転したこともあって、産業界の再編統合が進み近代化は順調に進捗していったとされます。T-14「アルマータ」のような新型戦車も生まれました。


ロシア国産の小型軽装甲車「ティーグル」。「リンクス」と似ている(画像:ベラルーシ陸軍)。

 こうなってくると、セルジュコフの置き土産となった「リンクス」の立場はなくなります。ライセンス生産品ですが、主要部品はイタリアだけでなく複数国の製品が使われていました。複合装甲はドイツ製でセラミック材料はオランダ産、エンジンはアメリカ製、ギアボックスはドイツ製といった具合で、これらの国とサプライチェーンを確保しなければなりません。しかも生産コストは国産の同等の小型装甲車「ティーグル」の3倍とされます。1175両分を発注していましたが、セルジュコフ失脚から間もない2013(平成25)年1月にキャンセルされ、調達数は418両に留まりました。

 今回のウクライナ侵攻では、本格的な戦闘が本来の任務ではない「リンクス」も最前線に出張って撃破されています。ロシア国内の政治力学のツールにされ、今度はウクライナへの武力行使にも持ち出されたイタリア生まれの「リンクス」は、ロシアの紆余曲折の歴史を体現しているようです。