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 東京都大田区蒲田。同エリアは、3つの鉄道路線(JR、東急、京急)がそれぞれ駅を構え、日々、おびただしい数の人が乗降します。

 こうした地理的な環境下にあるため、蒲田駅周辺は飲食店街が発達。ラーメン店に関してもその例外ではなく、とりわけ、2000年代以降は、毎年確実に数軒の新店がオープンする活況ぶりを呈しています。

 2021年2月10日、そんな蒲田の地に一軒の新店が産声を上げました。それが、今回ご紹介する『中華そばやま福』です。

蒲田駅西口の商店街「サンロード」の中ほどに『やま福』はあります。アーケードがあるので雨の日でも濡れずにアクセス可能

 さて、ここで『やま福』がなぜ注目店なのかについて、簡単に解説させていただきます。

 同店の店長である福士氏は、2011年から飲食の道へと進み、2013年、飲食業を幅広く手掛ける現在の会社に入社。同社が経営する『バル・バンチョ』(2018年閉店)等において、ラーメンの提供を定期的に続け、とうとうラーメン専門店である『中華そばやま福』の店長となった経歴の持ち主。

 とりわけ、系列店『ボラチョ・バンチョ』を間借りして、2020年4月から6月までの3ヶ月間、福士氏が提供していたラーメンは、ラーメン好きの間でもレベルが高いとの定評があり、同氏が作るラーメンを提供する専門店の開業が待ち望まれていたところでした。

オープン初日から福士氏が紡ぐラーメンを求めて店の前に長蛇の列が連なっている

 注目すべき要素が十分過ぎるほど揃っており、ラーメン好きであれば、この店を避けて通れるはずがありません。居ても立っても居られなくなり、私も、オープンから間もない2月に足を運んできた次第です。もちろん、訪問した日も、店の前には大行列が発生しており、営業は昼の部で終了。同店の存在は、まさに蒲田ラーメンシーンの「台風の目」となっている状況です。

ラーメン通をトリコにする珠玉の「中華そば(醤油)」とは?

 そんな『やま福』が現在提供している麺メニューは、「中華そば(醤油)」「中華そば(塩)」「濃厚中華そば(醤油)」「濃厚中華そば(塩)」の4種類と、その特製バージョン。

 中でも特におススメなのが、券売機の筆頭メニューである「中華そば(醤油)」です。

「いま自分が出している1杯より、明日、自分が出す1杯がより美味しいものとなるよう、日々研究と努力を重ねること」を、座右の銘として掲げる福士氏。

 注文してから間もなく、眼前に供された「中華そば」は、スープの色合いから、スープの表層に漂う液状油の佇まいに至るまで、非の打ちどころのない美しさ。ビジュアルを一目見ただけで、福士氏の研鑽の跡を窺い知ることができます。

「中華そば(醤油)」750円

 スープは、鶏ガラ・丸鶏・もみじを軸とする鶏の滋味が味蕾を心地良く刺激し、その後、間髪を入れずに利尻昆布・貝類の乾物に由来する優麗な香りとうま味が、鼻腔と味覚中枢を慈母のごとく優しく癒す構成。

「鶏を主体とする動物系出汁と、貝を主体とした出汁を別々に採り、両者を合わせた出汁を寝かせてから使っています」。2つの出汁を合わせてすぐに使うのではなく、味を馴染ませるためにしっかりと寝かせる。各々の素材のうま味が、まるで元からひとつであったかのように仲睦まじく手を結ぶ味わいに、箸とレンゲを持つ手が止まりません。

美しく黄金色に輝くスープ

「それぞれの出汁を合わせたときに最高のパフォーマンスが発揮できるよう、動物系出汁と魚介出汁とで煮込み時間を変えています」。ひとつ一つの工程に細やかに気を配り、わずかな抜け落ちすら許さない。それが、同氏の1杯が食べ手から絶大な支持を得ている大きな理由の一つでしょう。

スープの軸となる乾物や貝類(素材の一部)

 出汁と合わせるカエシにも、経験豊富な作り手ならではのギミックが光ります。3種類の醤油をそれぞれの特徴を見極めたうえでブレンドし、利尻昆布・帆立の貝柱・イタヤ貝・干しシイタケのエキスを溶かし込む。出汁に用いている利尻昆布と貝柱をカエシにも活用し、出汁とカエシのうま味をシンクロさせる。新店とは思えない完成度の高さに、驚きを禁じ得ませんでした。

『菅野製麺所』の麺がスープにぴたりと合う

 もちろん、麺やトッピングにも妥協の余地はありません。麺は、地元の名門製麺所『菅野製麺所』と何度も話し合いを重ねたうえで『やま福』のスープとベストマッチなものを厳選。しつこくならないように仄かな味付けを施したチャーシューは、噛み締めた瞬間、上質な肉の風味が口内で溢れかえる絶品です。

 古き良き素朴な中華そばの面影を残しながらも、随所に垣間見える作り手の計算とこだわりに、新しさも感じられる1杯。

「召し上がっていただいた後に心地良い余韻が残るようなラーメンを作りたい」。食べ終わり店を出てからも引き続くうま味の残滓に、心の中で再訪を決意するしかありませんでした。

店長(福士氏)のプロフィール

・生まれも育ちも蒲田という、生粋の蒲田っ子。地元の方々に自分が手掛けたラーメンを食べてもらいたいとの思いから、社長と相談し、蒲田の地に『やま福』をオープンした。
・『やま福』の屋号は、お客さんに山ほどの福を提供したいとの思いを込めたもの。
・2011年に蒲田の焼鳥屋に勤務し、その後、蒲田の人気店で修業。2013年に現在の会社に就職し、ワインバル『バル・バンチョ』に配属。そこで不定期に提供するようになったラーメンが評判となり、月に1回の定期提供メニューへと昇格。
・2020年、コロナ禍による緊急事態宣言の発令により休業していた系列店『ボラチョ・バンチョ』にて3ヶ月間ラーメンを提供(4月~6月)し、同年7月より系列店『やきとん豚番長』にて週に1度のラーメンの提供を開始。着実に作り手としての腕を磨いたうえで、2021年2月、『やま福』の店長として厨房を任されるに至る。

●SHOP INFO

店名:中華そばやま福(ちゅうかそばやまふく)

住:東京都大田区西蒲田7-64-1
TEL:非公開
営:11:30~15:00、17:00~20:00 (酒類の提供は19:00まで) ※緊急事態宣言に従い当面は、この営業時間
休:月曜

●著者プロフィール

田中一明
「フリークを超越した「超・ラーメンフリーク」として、自他ともに認める存在。ラーメンの探求をライフワークとし、新店の開拓、知られざる良店の発掘から、地元に根付いた実力店の紹介に至るまで、ラーメンの魅力を、多面的な角度から紹介。「アウトプットは、着実なインプットの土台があってこそ説得力を持つ」という信条から、年間700杯を超えるラーメンを、エリアを問わず実食。47都道府県のラーメン店を制覇し、現在は各市町村に根付く優良店を精力的に発掘中。