60代は、まだ生活費がかかる。できれば、定年になったら65歳よりも早く年金をもらい始めたいが……(写真:U-taka/PIXTA)

年金の支給開始年齢は60歳から65歳へ段階的に引き上げられつつあります。会社員として勤めたことがある人の場合、2021年度以降に60歳を迎える男性(1961年4月2日以降生まれ)は65歳からでないと老齢年金(老齢基礎年金・老齢厚生年金)は受け取れません。また女性については、2026年度以降60歳を迎える人(1966年4月2日以降生まれ)が65歳の支給開始となります。

この老齢年金については、本来の支給開始年齢より前倒しで受け取る「繰り上げ受給制度」があります。繰り上げを行うと、早く年金が受けられるようになりますが、その分、年金は減額されることになり、現行制度上、1カ月繰り上げにつき0.5%減額されることになります。

読者の皆さんは、何歳での年金受給開始を考えているでしょうか。「65歳になるまで待てない」という人も少なくないと思いますが、繰り上げ制度で受給を前倒しにすると老後はどうなるのか、具体的に検証してみましょう。

5年の繰り上げで「年金額の3割」が削られる

繰り上げ受給制度では、1カ月単位で繰り上げが可能ですが、本来65歳から受けられる年金を60歳0カ月から繰り上げ受給する場合、5年(60カ月)の繰り上げで30%(0.5%×60カ月)減額される計算となります。残りの70%分で受給することになるわけです。

老齢厚生年金を繰り上げると、老齢基礎年金も同時に繰り上げる必要があり、それぞれの年金について減額がされることになります。この繰り上げ減額率による年金の減額は生涯続くことになり、「65歳になると減額がなくなって100%の額に戻る」というわけではありません。やがて、繰り上げ受給した場合と、65歳開始で受け始めた場合で、「生涯の受給累計額で逆転するとき」が来ます。

本来65歳から受けられる年金について60歳0カ月(30%減額)で繰り上げ受給した場合の累計額に、65歳で受給を開始した場合の累計額が追いつくのは、76歳8カ月時点になります。これより長生きすれば65歳開始のほうが累計額で多くなる計算です。

なお、繰り上げの1カ月あたりの減額率は0.5%から0.4%へ改正される予定(2022年4月を予定)ですが、その場合5年繰り上げ(24%減額)の累計額に65歳受給開始の累計額が追いつくのは80歳10カ月となります。




繰り上げ請求したら、何があってもキャンセル不可

これが繰り上げ受給制度の基本的な特徴で、減額率の改正がされると、逆転年齢が後になる分、繰り上げがしやすくなるように見えますが、ほかにも多くの注意点があります。

年金は月割りで計算されますが、繰り上げ請求をした場合、本来の支給開始年齢到達日ではなく、繰り上げ請求をした日に老齢年金を受給する権利が発生し、繰り上げ請求した日の翌月分から支給の対象となります。そうして、減額された年金の受け取りが始まるわけですが、当然のことながら、繰り上げ請求を行うと、後で取り消しができず、後から繰り上げなしに変更することもできなくなります。

繰り上げを考える時点で収入が少なくても、あるいは年金を早めに受け取りたいと考えても、生活状況や考え方が近い将来に変わることもあります。繰り上げ後の在職期間中(厚生年金加入中)に給与・賞与が多くなった場合、収入は増える一方、繰り上げで減額された老齢厚生年金が在職老齢年金制度によりさらに減額されることもあります。

20歳から60歳までの40年間(480カ月)保険料を納めた場合、65歳からの老齢基礎年金は満額の78万1700円(2020年度の年額)となります。これを60歳0カ月で繰り上げ受給すると、54万7190円(30%減額)となる計算です。

20歳からで60歳までの40年分の納付期間がなく満額に達していない場合は、本来60歳から65歳までに、国民年金に任意加入して国民年金保険料(2020年度の月額は1万6540円)を納め、老齢基礎年金を増やすことができます。

しかし、繰り上げ受給をした人は、この任意加入をすることができなくなります。また、過去に経済的な理由から免除を受けた国民年金保険料について、本来10年以内であればさかのぼって納めること(追納)ができますが、繰り上げ受給を行うとこの追納ができません。

繰り上げ後、厚生年金加入によって退職後の老齢厚生年金を増やすことは可能ですが、老齢基礎年金については後で増やしたいと思っても増やせないことになります。将来のため年金を増やす、という点で制約を受けることになります。

病気が悪化しても、障害年金を請求できない恐れ

病気やケガが原因で障害が残った場合に受けられる障害年金には、障害基礎年金と障害厚生年金があります。障害年金は、原則として初診日(障害の原因となる病気やケガについて初めて医師の診療を受けた日)から1年6カ月経過した日(障害認定日)に、年金制度上の障害等級(障害基礎年金は障害の重いほうから1級、2級があり、障害厚生年金は1級、2級、2級より軽い3級がある)に該当し、その他の要件を満たせば受給可能です。

この障害認定日時点で病状が軽く障害等級に該当しなくても、その後、悪化して障害等級に該当するようになった場合は本来65歳前まで(65歳の誕生日の前々日まで)に障害年金を請求して、受給することができます。1年6カ月経過後に悪化した場合の障害年金の請求を「事後重症による請求」といいます。

しかし老齢年金を繰り上げ受給すると、65歳前であったとしても、事後重症による障害年金の請求ができなくなってしまいます。障害年金は障害等級2級の障害基礎年金であれば78万1700円(2020年度の年額)になります。一方、老齢基礎年金の満額は、先ほど述べたとおり78万1700円となります。78万1700円から繰り上げ減額された老齢基礎年金と比べて、2級の障害基礎年金は減額されずに、しかも非課税で受給できます。

この2つの年金だけで比べると、障害基礎年金が金額的に有利ですし、老齢年金を繰り上げると高い金額の障害年金が受け取れないということにもなります。したがって、持病のある人などは繰り上げに当たって注意が必要です。

公的年金制度には、亡くなった人の家族のための遺族年金もあり、高校卒業までの子(または一定の障害のある20歳未満の子)がいる場合に支給される遺族基礎年金、厚生年金加入期間のある人が亡くなった場合に支給される遺族厚生年金があります。60歳代で遺族年金を受ける場合、そのうち遺族厚生年金を受給する場合がほとんどですが、老齢年金の繰り上げに当たって、遺族年金との関係でも注意点があります。

遺族厚生年金は、亡くなった人の老齢厚生年金のうち報酬比例部分の4分の3として計算されます。会社員であった夫が亡くなった場合の妻に支給されることが多く、夫が会社員期間(厚生年金加入期間)の長い人であれば、妻への遺族厚生年金として計算される額も多くなります。

65歳前に遺族厚生年金を受けられるようになった妻の場合、65歳まで中高齢寡婦加算58万6300円(2020年度の年額)が加算されることがあります。ただし、遺族厚生年金(+中高齢寡婦加算)と、繰り上げした妻の老齢年金は、65歳までいずれか選択となります。両方は同時に受給できません。

繰り上げた後に遺族厚生年金を受けられるようになった場合で、遺族厚生年金の額が繰り上げた老齢年金の額より高い場合は、65歳まで遺族厚生年金を選択することになるでしょう。仮に、60歳0カ月で老齢年金の繰り上げ受給を開始し、その後62歳0カ月で遺族厚生年金を受ける権利が発生して遺族厚生年金を選択受給するようになった場合であれば、62歳から65歳までの3年間は、繰り上げた老齢年金はまったく受けられなくなります。

「自営業の夫」の妻は寡婦年金を受給できなくなる

65歳以降に関しては、老齢基礎年金、老齢厚生年金は遺族厚生年金と併せて受給することが可能ですが、遺族厚生年金は老齢厚生年金の額に相当する部分が受けられないだけでなく、繰り上げにより老齢年金は引き続き減額されたままとなります。

老齢年金を60歳で繰り上げた場合の累計額に、65歳から受け始めた累計額が追いつくのが76歳8カ月(改正後は80歳10カ月)と述べましたが、繰り上げ受給の開始後、60歳代の前半のうちに遺族厚生年金を選択受給するようになった場合、選択受給しない老齢年金と遺族厚生年金を含めて累計額を考えると、それよりも早く「逆転年齢」が来ることになります。老齢年金の繰り上げの時期、遺族厚生年金の受給開始の時期しだいでは、60歳代で追いつき、逆転することもあります。

その他、自営業の夫が亡くなった場合に妻が受けられるはずだった寡婦年金(60歳以上65歳未満の妻が対象)が、老齢年金の繰り上げ受給によって受けられなくもなります。夫が繰り上げ受給中に亡くなった場合、逆に、妻自身が繰り上げ受給しているときに夫が亡くなった場合、いずれも妻は寡婦年金が受けられません。

このように繰り上げ受給については注意点が多くあります。繰り上げ減額率について1カ月0.5%から1カ月0.4%へと改正の予定もありますが、繰り上げ受給をする際は減額率以外の注意点もよく理解したうえで請求を行う必要があるでしょう。