トランプ大統領は経済活動再開に「前のめり」だが、本当に大丈夫なのか(写真:AP/アフロ)

3月23日に大底をつけたアメリカ株の反発は続くのだろうか。一時、代表的な株価指標であるS&P500指数は一時、4月末の高値に再び接近した。

アメリカは財政政策を最も適切に実行

株高を支えた最大の要因は、アメリカの金融財政政策が大規模に行われたことだろう。FRB(連邦準備制度理事会)は、大規模な財政拡大を見据えて国債購入拡大を臨時会合で早々に表明。企業の資金調達で発生した金融市場の流動性不足に対しては、複数の経路でFRBは資金供給を拡大、さらに財政当局と一体になり暴落したジャンク債を含めた社債市場への介入も行った。


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大きく上昇したコマーシャルペーパーの金利は5月には、危機前の水準まで低下するなど、ドル流動性不足の状況はほぼ解消された。

財政政策についても、家計、企業、地方政府などへの広範囲な財政支出プランが早々に議会で可決。失業給付金の大幅上乗せなど家計への所得補償を中心にGDPの8%以上の即効性がある財政支出が実現した。

コロナ禍による広範囲な経済活動停止によって、4〜6月にはGDP成長率や雇用は10%規模のインパクトで縮小しているとみられるが、財政政策の手当てで同期の家計所得の落ち込みはかなり相殺されるだろう。財政による所得補償政策の観点で、アメリカ政府は、規模・スピードにおいて最も適切に実行している。

世界の株式市場をみると、反発が続いているアメリカ株の年初来リターンは約マイナス10%で、日欧、そして多くの新興各国と比べて下落率が小さい。

周知のように新型コロナウイルスによる人的被害は、日本を含めたアジア諸国に比べると、アメリカ、ヨーロッパいずれでも桁違いに深刻である。ただ、株式市場のリターンは、新型コロナウイルスそのものの被害よりも、適切な財政金融政策を繰り出すかどうか、がより重要ということだろう。

5月8日に発表された、アメリカの4月分雇用統計では約2000万人の雇用減となったが、株式市場は「織り込み済み」としてほとんど反応しなかった。甚大な雇用削減は、雇用者数の13.5%に達した。これは2011〜2020年の約10年間に増えた分に相当するが、わずか1カ月でその雇用が一挙に失われたことを意味する。家計へのサーベイである失業率も、4月だけで10%以上も上昇し、約15%と戦後最も高い水準まで悪化した。

このブラックスワン級ともいえるアメリカの雇用削減は、いくつかの観点から評価できる。1つは、戦後最大規模の経済ショックが労働市場にダイレクトに表れたことだ。アメリカでは経営者の都合による雇用削減が簡単であることを改めて示している。なお、4月に増えた失業者の8割前後は、これを一時的な失職と認識している。

6月にも失業率は10%前後にまで改善?

もう1つの側面は、今回の大規模レイオフ(一時解雇)は、政府による失業保険給付の拡大がもたらしたということである。政府の異例の対応で、低賃金労働者にとって、失業給付上乗せの恩恵が大きく一定期間相当な所得が得られるため、「自発的失業」が相当生まれたとみられる。失業率の急上昇は、政府によるアグレッシブな財政政策の副産物ともいえる。

この2つの点は、仮に今後経済活動再開がスムーズに実現して、併せて緊急措置としての失業保険の上乗せが終われば、短期間で大規模に失われた雇用の多くが、早急に復活する可能性を示している。例えば、早ければ6月にも失業率が10%前後まで大きく低下することは、十分想定できるだろう。

そして、アメリカ株の反発が5月に入っても続いているように見える主たる要因は、経済活動再開への期待だろう。ヨーロッパ諸国、アメリカの一部の州では、外出制限など厳しい措置が緩和されつつある。ただ、緊急事態宣言が発動された後すら日本では行われなかった厳しい外出や移動制限などが、日本と同程度に緩められただけにすぎない。

また、アメリカでは新型コロナウイルス治療薬の開発が進んでいるとの報道をきっかけに大手医薬メーカー株が大きく動き、アメリカ株市場全体を左右する日が4月から散見されている。もちろん、治療薬の開発は患者の命を救うという意味では朗報だが、治療薬だけではスムーズな経済活動再開には必ずしも直結しない。やはり、ワクチン開発が実現しなければ、経済活動が広範囲に正常化するのは難しいだろう。

トランプ政権や株式市場が現状想定している、アメリカ経済のスムーズな経済活動再開が実現し、短期間で失われた雇用が急ピッチに復活しながら、経済正常化が順調に進むかどうか。筆者は、実際には、かなりゆっくりとしか経済活動再開が実現しないと予想している。

先に述べたが、アメリカやヨーロッパでは、経済封鎖が緩和され始めたが、もともと極めて厳しい措置が緩和されているだけである。そして、経済正常化の道筋にはいくつかの段階がある。そして、経済活動再開の過程で、ソーシャルディスタンスが徹底される状況は長期化するだろう。

場合によっては、経済活動再開に踏み出しても、再び感染者が増えて経済封鎖に再び追い込まれるなど、経済活動再開への道筋は試行錯誤の繰り返しになるリスクがある。とくに、アメリカでは、経済活動再開の判断は各州の知事などが行うことになるが、大統領選挙を控えた政治情勢が影響する可能性がある。

経済活動再開の判断基準として、新型コロナウイルスの感染者数の持続的な減少などがトランプ政権から示されている。5月11日時点では、爆発的な感染者拡大が起きたNYの中心部を除けば、アメリカの感染者数はほとんど減少していない。一部の州では感染者の動向をあまり配慮せずに、経済活動再開が始まっているとみられるなど、地方政府の経済活動再開の判断の事情や理由は明確ではない。

アメリカの株式市場には「慎重な対応」が無難

仮に、科学的な根拠が重視されずに、何らかの政治事情が経済活動再開の判断に影響するとすれば何が起こるか。時期尚早な経済活動再開が行われることで、かえって経済正常化の実現が遅れるリスクがある。

先に述べたとおり、アメリカの経済正常化の過程では、政治家と当局者によって試行錯誤が繰り返される、と筆者は懸念している。すでに経済の最悪期は過ぎたとみられるが、経済正常化がゆっくりとしか実現しないため、2020年のアメリカのGDP成長率は、リーマンショック後の2009年を大きく超える落ち込みになると予想する。

アメリカ企業の業績に対するアナリスト予想はやや楽観的方向に依然傾いており、今後大きく下方修正される可能性が高い。このため、現在のアメリカの株式市場に対しては、筆者は慎重に臨むのが無難と考えている。