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新型コロナウイルス感染症「COVID-19」の世界的な大波が米国を飲み込んだとき、弱点となりうるのが医療従事者たち、正確に言えば医療従事者たちの健康である。

米国では新型コロナウイルスへの感染を判定する検査数は遅々として増加せず、マスクなどの個人防護具(PPE)は供給不足の状態にある。このふたつの問題が原因で、医療現場では看護師や医師をはじめとするスタッフのうち、どれほど多くが感染者との接触を通じてウイルスに暴露した可能性があるか特定できなくなった。その結果、何百人もの医療従事者が、万が一感染していたときのための措置として、自宅待機を余儀なくされたのだ[編註:原文初出は米国で国家非常事態宣言が出された3月13日]。

検査基準の厳しさと検査キット不足が仇に

医療機関ではスタッフの安全を確保する必要があるが、来院する患者に対応できなくなるほど大勢のスタッフを自宅待機させるわけにはいかない。その微妙なバランスを保たねばならない点を、感染症予防対策の専門家たちは懸念している。

「病院ではもともとスタッフが不足していましたし、米国ではインフルエンザも大流行しています」と、アリゾナ州フェニックスの医療サーヴィス機関であるオナー・ヘルスの疫学者で感染予防の専門家サスキア・ポペスクは言う。「できることとできないことを、現実的に見極めなければなりません」

その点について軽視する者はいない。2003年に重症呼吸器症候群(SARS)が世界的規模で集団発生したとき、犠牲者の21パーセントは医療従事者だったからだ。

SARSの存在がまだ知られていなかったころ、感染者のひとりが香港からヴェトナムのハノイにこのウイルスをもち込んだ。ハノイの病院では、院内で感染が広がっていることに気づいた医療従事者たちが、感染していない患者を院外へ移動させ、感染した患者たちとともに院内に自分たちを隔離した。自己隔離した人々は、そのまま院内に3週間閉じこもり、その間に5人の医療従事者が命を落としている。

そして20年3月、マサチューセッツ州西部にあるベッド数300床のバークシャー・メディカル・センターでは、初めてCOVID-19の患者を迎えた際、800人いる看護師のうち50人以上を自宅待機させなければならない状況に陥った。

この患者は来院時に呼吸器症状を示していたが、米疾病管理予防センター(CDC)が感染警戒地域に指定している国や地域への渡航歴がなかったことから、州の公衆衛生研究所に対する1度目の検査依頼が取り下げられたのだ。その結果、患者はほかの患者と同じように、標準的な予防策のみの対応を受けることになった。この対応は、2度目の検査依頼が受理されるまで続いた。

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同様のことは、オレゴン州ヒルズボロのカイザー・パーマネント・ウェストサイド・メディカルセンターでも起きた。COVID-19患者の感染に気づかなかったことから、救急外来のスタッフ数十名がウイルスに晒され、自宅待機を余儀なくされたのだ。

カリフォルニア大学デイヴィス校ヘルスセンターもまた、診断未確定のCOVID-19の患者に対応した結果、89人のスタッフが自宅待機し、健康状態をモニタリングしなければならなかったことを3月5日に明らかにした(その患者はヘルスセンターで受診する前にも、より小規模なノースベイ・ヴァカヴァレー病院を受診していたことから、そこでも100人のスタッフが自宅待機する事態となった)。

それもこれも、CDCが設けているウイルス検査の基準が厳しく、さらに検査キット自体も入手しにくいことから、医療従事者自身が検査を受けられないことが原因である。

検査することができず、COVID-19の研究も始まったばかりであることから、この時点では自宅待機が有効な対策なのかどうかも不明だった。医療従事者を切実に必要とする現場から離れて14日間もの望まぬ“休暇”をとることが、感染拡大の防止に役立つのか、無駄なのか、知る術はない。

「疑わしきは隔離と防護具を」の限界

医療スタッフが欠ける事態を避けるには、患者と治療するスタッフの両方が感染予防のための医療防護具を用いる方法がある。

だが防護具に関しても、どの患者に優先的に使うかという難しい判断を下さねばならない。マスクや防護服の大半が中国製かインド製であり、供給量が不足する恐れがあるからだ。

それでは防護具が必要なのか不明な段階でも使用すべきだろうか? それとも、医療スタッフを失う危険を冒してでも、必要と確認された場合に限定したほうがいいのだろうか?

これまでのところ多くの病院では、標準的な対応として、疑わしい症状を示す患者に対しては必ずマスクを使用している。冬には通常のインフルエンザやかぜも流行することから、疑わしい症状を示す患者は多い。

「かぜなのかレンサ球菌感染症なのかわからない患者も、呼吸器症状を示す患者も、全員です。新型コロナウイルスの検査ができないことから、そういった患者にはマスク、ゴーグル、防護服、手袋といった飛沫予防具を用いて、さらに隔離措置をとらねばなりません。COVID-19以外の病気だと証明されない限り、COVID-19の患者として扱うのです」と、アイオワ大学医学部とアイオワシティの退役軍人管理局の感染症専門医で教授のイーライ・ペレンセヴィッチは語る。

CDCの現行の基準では、マスクをつけずにCOVID-19患者と「濃厚接触」した医療従事者は14日間の自宅待機が必要となる。医療従事者がマスクとゴーグルなどをつけており、手袋または防護服なしだった場合は勤務を続けてよいが、1日2回体温を測り、委任された監視人に数値を報告しなければならない(誰かが感染を見越して患者にマスクをつけさせていた場合は、推奨される対応が多少異なる)。

患者がCOVID-19の感染を疑わせる症状を示していれば、医療従事者もマスクをつけるだろう。だが、無症状で検査によって感染が判明した場合は、医療従事者がすでに濃厚接触してしまっている可能性がある。

その場合は、これまで何百人もの前例があるように、医療従事者はCDCの基準に従って自宅待機せねばならない。このため米国では独自のリスク計算をすることで、CDCの定めたルールを“破る”病院も徐々に出てきている。

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「米国中の医療機関は、州と地方衛生局から通知を受け取っています。検査で患者が陽性と判定された場合、ウイルスに晒された可能性のあるスタッフを特定し、勤務を続けさせながらも14日間は1日2回体温を測定させること、というものです。これは世界保健機関(WHO)の見解とも一致しています」と、ポペスクは語る。

病院では個人防護具の使用法を見直す動きも出ている。呼吸器感染症を起こした患者を治療する際には、網目が高密度の「N95」(ウイルスサイズの微粒子を95パーセント捕集できるマスク)と呼ばれるマスクが至適基準とされている。だが、N95マスクの供給量不足は深刻だ。

それゆえ病院では、患者と鼻を突きあわせて処置をする緊急挿管などリスクの高い処置を担当する者が使用できるように、それ以外の場合はサージカルマスクを使用してN95マスクを節約しようと検討している。

安全と供給不足の間で揺れる医療従事者たち

病院における感染予防には二重の役割がある。医療従事者自身の安全を保つ役割と、患者の保有する病原体を医療従事者の不注意によって別の患者へと運んでしまうことを防ぐ役割だ。

マスクやガウンなどの個人防護具をすべて使用すれば、医療従事者の感染を防ぐことができる。各患者の病室を出るたびに防護具を新しいものと交換すれば、病原体を別の患者に運ばずに済む。

だが、そのような使い方をすれば、膨大な量のマスクやガウン、ゴーグル、手袋が必要になる。このため医療施設のスタッフのなかには、それら2つの役割のバランスを見直して、防護具のいくらかはリスクを高めずに、より長くつけていられるのではないかと考える者もいる。 

シンガポールではSARSの流行後に医療制度の改革が進められ、専門家が防護具の使用法を熟考した。「シンガポールの医師が言うには、N95マスクとゴーグルは複数の患者の診察に使用可能ということです。ウイルスなどで汚染されなければ、場合によっては勤務時間を終えるまでそのまま使い続けられます」と、ペレンセヴィッチは言う。

その場合でも、防護服と手袋は患者ごとに交換し、手袋を交換するたびに手洗いをする。そうすることで、防護具を節約できるだけでなく医療従事者の安全も保てるのだと、ペレンセヴィッチは指摘する。マスクの交換回数が少なければ少ないほど、顔に触ってしまう危険性が減るからだ。「マスクを1,000回交換しなければならないとしたら、うっかり顔に触ってしまうかもしれません」

最前線で治療に携わる医療従事者のなかには、この案に賛成できない者もいるだろう。米国の看護師労働組合は3月5日に会見を開き、呼吸器感染症の流行に対して病院の備えが不十分であると抗議の声を上げた。

組合の幹部らは病院に対し、効率を重視する現在の方針を改め、従業員の安全を重視するよう主張した。具体的には、防護服やマスク、手袋よりも保護効果の高い衣服や防護具を支給してほしいという要求だ。

具体的には、PAPR(電動ファン付呼吸用保護具)と呼ばれる顔全面を覆うタイプのマスクと、ウイルスを透過しない不浸透性のつなぎを支給して、看護師が最大限不安のない状態で仕事できるようにしてほしいと要求している。

防護具として何が最適か、保護効果の面でどれが必要十分か、支給可能なものは何か、という問題を、厳密に考えなければならないときがすぐに来るだろう。疫学的モデルから、COVID-19の大流行は、病院と医療従事者に耐えがたいほどの重圧を与えると予測されている。

医療従事者を「動ける状態」にしておくことの重要性

ジョンズ・ホプキンス健康安全保障センターの医師で上級研究員のエリック・トナーは今年2月、同僚の医師リチャード・ヴァルドホーンとともに、ある予測を発表した。1968年に発生したインフルエンザの中程度のパンデミックと、1918年に生じたインフルエンザの非常に深刻で有名なパンデミックを基にモデルを作成し、そのモデルを用いて予測を試みたのだ。

そのなかでトナーは、次のように結論づけている。COVID-19のパンデミックが1968年の例と似ていれば、米国内で100万人の患者が入院を必要とし、集中治療室のベッドは20万床必要になる。1918年の例と似ていれば、900万人以上の患者が入院を必要とし、300万人近い患者が集中治療室での治療を必要とすることになるかもしれない。米国病院協会によれば、米国内の病院の総ベッド数は92万4,000床を少し上回る程度だ。

この時点(3月中旬)では、COVID-19の流行が1968年と1918年のどちらに似た経過をたどる可能性があるのか、誰にも予測できない。イヴェントの中止や休校という全国規模の措置が、感染防止に十分に役立ち、拡大のスピードを鈍らせるかもしれない。それでも、すべての病院が深刻な経過をたどった場合に備えて計画を立てなければならない、とトナーは言う。

従来、米国の病院はパンデミックに備えて事前対策計画を立てるよう政府から要求されている。09年の新型インフルエンザウイルス「H1N1」の流行以来、計画の見直しや分析はされていない可能性があるが、COVID-19に対応できるよう、その対策計画を再利用する必要がある。パンデミック対策の中核は、医療従事者を動ける状態にしておくことだ。

「COVID-19の患者に対応するため、いかにスタッフの人数を確保するか考えなくてはまるません。一方で、ウイルスに晒される危険のあるスタッフの人数を抑えるため、患者に対応する人数を抑える必要もあります」と、トナーは言う。「個人防護具を適切に使う教育をするよう検討すべきです。いかにして病院を守るか、よく考えなくてはなりません。呼吸器症状のある患者には、病院の入り口で必ずマスクをつけさせ、到着後数分以内に個室に案内するのです」

成否の分かれ目は「医療従事者をどれだけ守れるか」

トナーとヴァルドホーンが提言するCOVID-19への備えは、それだけにとどまらない。提言と予測は数ページにわたっており、なかにはスタッフを危機管理チームに割り当てることや、病室内の配置換えをしてできるだけ多くのベッドを置けるようにすること、空きスペースを生かしてICUを拡大すること、大流行の兆しが見えたらCOVID-19以外の患者を別の場所へ移動させられるように準備しておくことなどが含まれる。

だが、院内における感染拡大の防止は優先順位が2位であり、最優先事項は病院の最大収容人数の算定である。

「これらの対策はどれも時間がかかります。準備には何週間もかかるでしょう。おまけに、もうそれだけの時間が残されていない場所もある、というのがわたしの考えです」と、トナーは言う。

この新型コロナウイルスの波を乗り越えるには、医療従事者の保護が極めて重要である。パンデミックにうまく対処できるか否かは、スタッフをどれだけ守れるかどうかにかかっているのだ。

マリーン・マッケーナ|MARYN MCKENNA
『WIRED』US版アイデアズ・コントリビューター。医療ジャーナリスト。耐性菌をテーマにした『WIRED』US版のコラム「Superbug」へ寄稿してきたほか、公衆衛生や世界の食糧政策について執筆を行う。ブランダイス大学の研究所であるSchuster Institute for Investigative Journalismのシニアフェロー。著書に、米国疾病管理予防センター(CDC)の一部門として世界中の病気の流行やバイオテロの攻撃を追跡し、防止するための政府機関伝染病情報サービス(EIS)の活動をリアルに描いた『Beating Back the Devil』などがある。