作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。今回つづってくれたのは、コロナウイルス感染防止のために定着しているテレワーク(自宅作業)についてです。

第16回「テレワークと春分の日」





●作家をして7年の私はテレワークの先輩

すっかりテレワークという言葉が定着してきた。カフェで仕事をしている人をいつもより見かけるし、平日の公園をお父さんと子どもたちが走り回っている。不思議な気分だ。世界中でコロナウイルスが猛威を奮っているというのに、のどかな昼下がりなんだもの。今日は春分の日、ぽかぽか陽気ならば桜の木の下を散歩してみるのもいいだろう。遊ぶこと、息抜きだって仕事の一つだと私は思う。一見、無駄そうな時間にこそヒントは落ちている。

テレワークってつまりは家で仕事をするということで。どうやって気持ちを切り替えたらいいのか難しいという声もよく聞く。私は作家をして7年、まさにテレワークの先輩なわけですね。

いやあ、しかしペースをつかむまでに時間がかかったなあ。引っ越しも何回もしたしなあ。最初のうちはノマド族でカフェを点々として書いていた。ただ、カフェで書いたものを自宅に持って帰っ て読み返したときボツになることが多かった。多分、かかっているBGMとか人々の声やざわめきなどで、集中できていないのだろう、どうも奥深くにまで潜れていない文になってしまう。アイデア探しにはいろんな人の日常が交差するカフェのざわめきが最適だが、実際に書くのはやっぱり静寂が必要だと気づいた。それで最近は⻑文は家や図書館で書くことが多くなった。

●仕事と生活のメリハリをつけるコツ


書斎

朝、いつも通り野草茶を沸かして飲み、水筒にあまりのお茶を入れて書斎へ運んでおく。顔を洗って、ちゃんと人に会える ような服に着替えて、朝ごはんを食べ、作業部屋へ行く…ではなく、外に出るのだ! まず太陽を浴びるのだ! 近所をくるりと歩いてみよう。走っている作家さんも多いと聞くが、私は15分ばかり歩く。体を動かすと脳が目覚める、予期せぬ出会いがある。ひらめきが生まれるのはだいたい書斎以外だ。そして、家に帰って書き始める、煮詰まったらまた散歩して、帰って料理をして、昼食を食べてまた書く、みたいなのができたら100点だと思う。

実際は、途中で始めた料理に熱中しすぎたり、洗濯物を畳んだついでに部屋の掃除をしだしたりと、落とし穴がいっぱいですぐにはまってしまうんだけどねえ。でも、前述したように無駄そうな時間にこそネタが潜んでいるから侮れない。日常こそがオリジナル作品なのだと思うようになった。人生に無駄な時間はない。

いや、ある! 最大の落とし穴はインターネット!! ついつい、Twitterとかニュースとかを見てしまうんだよねえ。あれはいかん!! 時間泥棒になることだってある。だから、今から書くぞと決めたら初めにWi-Fiをオフにする。携帯の電源も切る。メールやLINEが来たらついつい見てしまうので、根本から断ってしまおうということだ。一人になる準備だ。

夕方になったら洗濯物を入れるし、洗い物はするし、散らかっていたら気になる。ああ、テスト前夜みたいだわ。全然進まないわというときは、もう、見て見ぬ振りをする勇気を持て! 時間を決めて、その時間内は生活を気にしないことも仕事とメリハリをつけるコツだなと思う。事務所に行っていたならご飯だってつくれないんだし、ホコリだって気にならないだろうしね。

●外に触れるとアイデアが沸いてくる


桜もちょうど咲いてきました

外界に触れることでアイデアが出てくることもよくある。書いている時間だけが書いているというわけではない。なので、散歩しながら書く、電車の中で書く、料理をしながら書く、頭の中のノートに。書こうと思っていたときよりも気を緩めたときの方が柔軟にアイデアが飛び込んでくる。むしろ、書斎でイメージしていたよりも現実の世界で見つけたアイデアの方がオリジナリティーが高いなと感じる。

同じ今日も同じ時間もないからだ。瞬間をとらえて書斎に持ち帰って形に落としていく。だから、まあ実質家で手を動かしているのは3時間くらいかもなあ。

春分の日、いつのまにか日が長くなった。桜も咲きかけじゃないか。世界中が早く厳しい峠を超えて穏やかな春に包まれますように。

【高橋久美子さん】

1982年、愛媛県生まれ。チャットモンチーのドラムを経て作家・作詞家として活動する。主な著書にエッセイ集「いっぴき」
(ちくま文庫)、絵本「赤い金魚と赤いとうがらし」
(ミルブックス)など。翻訳絵本「おかあさんはね」
(マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。新刊の詩画集「今夜 凶暴だから わたし」
(ちいさいミシマ社)が発売中。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどさまざまなアーティストへの歌詞提供も多数。NHKラジオ第一放送「うたことば」のMCも。サイン入り詩画集の予約やトークイベントなどの情報は公式HP:んふふのふ