「ウィルキンソン」の商品例(画像提供:アサヒGHD)

さまざまな業界や商品で「○○離れ」といった消費不振が目立つが、中には急拡大した商品もある。清涼飲料水における「炭酸水」はその代表例だ。小売店頭でも販売面積を拡大し、冬でも一定のスペースを確保する。

「ウィルキンソン」は12年連続で売り上げ拡大

この市場を牽引するのが、同市場で約48%のシェアを持つ、アサヒ飲料の「ウィルキンソン」だ。緑色の瓶が、長年プロのバーテンダーにアルコールの割材として愛用され、2011年からペットボトルを投入。すると直飲み需要を喚起し、販売数も急拡大した。

同ブランドは2008年から2019年まで12年連続で伸長し、2008年の販売数が「年間174万箱」だったのに対して、2019年は「2694万箱」。過去12年間で15倍以上に拡大した。2015年3月より59カ月連続(2020年1月時点)で前年実績増を続ける。

継続記録の中で興味深いのは2019年7月だ。関東地方を中心に長雨と低温が続き、ほかの飲料ブランドが業界全体で対前年比81%と、近年見たことのない数字に落ち込むなか、ウィルキンソンだけは同104%を記録した。冬の同年12月も対前年比116%だ。

筆者は消費者心理を研究するが、今回は、昨年の冷夏期に消費者に支持された現実も踏まえ、「なぜ、寒くても炭酸水を飲むのか」を複数の飲用シーンから考察したい。

「昔から、炭酸飲料ですっきりしたい思いはありましたが、飲んだときの爽快感を求める意識が、近年より強くなってきた感じがします。そうした消費者のリフレッシュニーズは、冬だからといって消えるものではありません。ウィルキンソンは一貫して『刺激、強め』の強炭酸を訴求してきました」

アサヒ飲料の久保麻亜紗さん(マーケティング本部マーケティング一部 炭酸グループ課長)はこう説明する。強炭酸の訴求は支持されているようだ。以前、筆者が別の記事で同ブランドを紹介した際、「のどに少し痛いぐらいの刺激がいい」という感想もあった。

炭酸水は無糖なのも健康志向の時代性に合う。「ウィルキンソン タンサン」など全シリーズの「栄養成分表示」(100ミリリットル当たり)は、エネルギー、たんぱく質、脂質、炭水化物、食塩相当量がいずれも「0」表示だ。

競合を含めた炭酸水の伸長も手伝い、最近の調査では国内飲料市場の「無糖飲料製品」構成比は「2018年は約49%」(全国清涼飲料連合会調べ)となっている。


アサヒ飲料の久保麻亜紗課長(筆者撮影)

一方で有糖飲料の販売額は微減だが、工夫もできそうだ。同社の看板ブランド「三ツ矢」の2019年実績は対前年比99%で、まだ箱数はウィルキンソンの1.5倍弱ある。

久保さんは、炭酸水のすっきり、さっぱり感や後述するレモン人気に目をつけ、昨年ヒットした「三ツ矢レモネード」も企画し、市場に送り出した。同商品は酸味と甘さ控えめなのが特徴だ。甘みは欲しいが糖分を抑えたいのが、多くの消費者心理なのだろう。

執務の合間に、瞬間で楽しみたい

職場環境や個人の好みで異なるが、仕事の合間に炭酸水を飲むケースは増えてきた。ウィルキンソンの支持層も30代から50代が中心、20代にも広がり男女差は少ないという。

「乾燥する冬は、のどを潤し、気分転換したいニーズはあります。ウィルキンソンの爽快感とも相性がよい。ちなみに、すっきり、さっぱりしたいニーズは、女性も高い傾向があり、暖房が利いた室内の飲用でも選ばれるようです」(久保さん)

働き方改革の影響もあり、集中して執務を行い、会社側も早めに仕事を切り上げさせる風潮が出てきた。そうなると定時退社を目指し、昼食時間を切り詰めて働く人もいる。執務中の気分展開でも「パパッと簡単」な飲食が支持される傾向も強まった。

例えば医療機関の事務職女性は、職場の机の中にグミを常備するという。PR会社の女性社員は、フリーアドレスゆえ机の中に置けないため、カバンに常備すると聞く。小腹満たしの意味も強く、パウチ袋のグミのような、そのまま食べられる小菓子が人気だ。

飲料も瞬間での爽快感を好む人が目立つ。ただし、その日の気分によるだろう。寒い日の外出先から職場に戻ったときは、温かいドリンクで癒やしたい人も多い。それでも炭酸水ですっきりしたい人は増え、気分転換にはエネルギーチャージの意味合いもある。

「ウィルキンソンは、強炭酸を打ち出す一方で、ガス圧がどれぐらいといった数値面での訴求はしません。それは商品設計の裏側の話で、あくまでも味わったときの感覚を楽しんでいただきたいのです」(同)

外食では「別のすっきり感」も

外食における炭酸水は、とくにハイボールやサワーとの親和性が高い。

乾杯時に「とりあえずビール」ではなく、最初から好きなドリンクを注文する時代だ。料理に合うドリンクも、その日の気分で感覚的に選ぶ人が増えた。

例えば、20代の女性会社員3人と「火鍋会食」をした際、参加者の1人はこう話した。

「私は、火鍋と一緒に飲むドリンクは、ビールやレモンサワーのようなものがいいですね。鍋の辛味とは別の爽快感を楽しみたいです」


「ハイボール」や「レモンサワー」の割材としても用いられる(画像提供:アサヒGHD)/「火鍋」料理の例(筆者撮影)

東北地方の海鮮居酒屋では、同行の編集者(20代)は、刺身の後、鶏の唐揚げとハイボールを頼んだ。「今日は肉と炭酸も楽しみたい日」だったという。

2008年からウィルキンソンの売り上げが伸びたのは、酒類で競合するサントリーが仕掛けた“ハイボール復活劇”に乗った一面もある。筆者も当時、関係者に何度か話を聞いた。

一連の取材では、「先進国はアルコール度数の高い酒ははやらないが、割って薄めれば度数も下がり、飲みやすさとともに健康を気にする中高年の嗜好にも合う」という話も聞いた。以来10年たつが、健康意識は世代を超えてきた。

最近目立つのが、外食で「がっつり食べる背徳感」を、無意識のうちに調整する消費者が増えたことだ。これも女性に目立つ。例えば、ファミレスで200グラムを超えるステーキを注文(完食)する女性客の中には、ライスやパンを注文しない人がいるという。

料理やサラダバーが食べ放題の別のチェーン店では、たっぷりの量を盛り合わせるが、「野菜をこれだけとったので免罪符」と思う人が多いそうだ。その意識は、ドリンク選びに炭酸水の入ったハイボールを選ぶのにも共通している。いわば「背徳感の打ち消し」だ。

ウィルキンソンは116年の歴史を持つ。英国人実業家のジョン・クリフォード・ウィルキンソン氏が、狩猟の途中、兵庫県宝塚市の山中で天然の炭酸鉱泉を発見したことがきっかけで、発売は1904(明治37)年(当時の商品名は「ウヰルキンソン・タンサン」)だ。

だが、長年、地味な存在に甘んじていた。前述した割材として、プロの飲食店関係者の評価は高かったが、主戦場は業務用中心だったからだ。ミュージシャンでいえば、各地の酒場で愛される実力派だが、メジャー進出(2011年にペットボトル発売)はデビュー107年後。それ以来、一般ファンの目にも触れるようになり、人気が沸騰した。

マーケティングの世界では「ブランドは人格を持つ」と言われるが、人生に例えると、100歳を過ぎてから“最高のモテ期”が到来したことになる。

2020年3月、同シリーズの「ウィルキンソン タンサン」「ウィルキンソン タンサン レモン」をリニューアル発売する。ともにパッケージには「No.1」の文字が大きく入り、どこか誇らしげだ。年間販売目標は「3000万箱」(前年比111.3%)を目指すという。


リニューアルした商品は、パッケージデザインも変えて訴求する(画像提供:アサヒGHD)

コロナウイルスの感染拡大は不安要因

「実は、炭酸水を飲んだことがないという人は、まだまだいます。当社のブランドでいえば『三ツ矢』も『ウィルキンソン』も同じ100年ブランドですが、ウィルキンソンの飲用経験は圧倒的に低い。日本では近年まで、炭酸の入った水を飲む文化が根付いていなかったのもあります。今回のリニューアルを機に、未経験層にも訴求したいですね」(久保さん)

これから暖かくなれば、水分補給の機会も増える。ブランドの視界良好に見えたが、気になる要因が出てきた。「新型コロナウイルス」の感染拡大だ。これが続けば、仕事の場であれ、週末であれ、外出控えも本格化していく。そうなると販売機会損失に直結する。

そうした変動要因はあるが、炭酸水を構成する2大要素「水」も「炭酸」も長年にわたり飲まれてきた商品だ。以前、別の記事でも触れたが、中長期的には「飲食の定番になれるかどうか」だと思う。

現在の炭酸水ブームの後には必ず反動がある。だがブームによって、間口は広がる。新たに炭酸水を知った消費者(新規ユーザー)を、どれだけ固定ファンに変えられるかも大切だ。状況次第では“農耕型”として地道な拡大に取り組む時期になるかもしれない。