学校で子どもにお金について考えさせることは、悪いことなのか。東京学芸大学附属世田谷小学校教諭・沼田晶弘氏は「アクションワールド」という教室内通貨をつくり、実際にクラスでお金を知る疑似体験を行った。そこで子どもたちは何を学んだのか――。

※本稿は、沼田晶弘『世界標準のアクティブ・ラーニングでわかった ぬまっち流 自分で伸びる小学生の育て方』(KADOKAWA)を再編集したものです。

写真=iStock.com/seb_ra
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/seb_ra

■なぜ大人はお金を教えることを嫌がるのか

以前、あるインタビューで、「生徒たちにはどんな子どもに育ってほしいですか」と聞かれたとき、ボクはこう答えました。「もし、日本の法律が急に変わって12歳から社会人になって働けと言われても、うちのクラスの子たちなら、すぐに企業の即戦力として働ける」と。

ボクは、子どもたちとニュースの話をしながら社会のしくみについて説明しているし、授業で会社の経営のことなどにも触れています。それに、大人の人が「子どもにしてほしくない話」の第1位に挙げるであろう「お金の話」も。

うちのクラス出身者は、そこらの小学生に学力で負けても(負けないとは思いますが)、生きる力では負けない。ほかのどんな小学生よりも実社会に触れていると自信を持って言いきることができます。

学校で子どもたちにお金について教えていると言うと、なんで嫌がる人が多いのでしょうか。現代社会にとって、お金はなくてはならない価値基準の一つだし、実際、誰もが仕事でお金を稼ぎ、その稼いだお金を使って生活しているのに、子どもには教えたくない。それって変だと思いませんか?

■クラスで行ったお金を知る疑似体験

何年か前、うちのクラスで「アクションワールド」という教室内通貨をつくって、お金について学んだことがあります。ちゃんと紙幣をつくって、偽造されないように「アクション銀行」というハンコを押して。

まず、スタートとして子どもたちにいくらか渡し、「アクションワールド」のルールを決めました。例えば、給食当番をやると給料がいくらもらえるとか、2週間に1回「アクション国」の総理大臣選挙を行うとか。徐々にルールが増えていくのですが、その一覧をわかりやすいように壁に貼り、決められたルールの中で、子どもたちが自由に「アクションワールド」を使うのです。

最初は、誰もが簡単にお金を稼げる給食当番に人気が殺到しました。でも、募集人員を決めたので順番待ちをしなければならず、それだけだとなかなかお金はたまりません。最初に決めたルールの中で、一律で住民税を徴収することにしたので、順番待ちをして給食当番をしても、住民税を払わなければいけないので、お金は減る一方で思うようにたまらないのです。

ちなみに、なぜ住民税を徴収するかと言うと、最初のうちはお金を使う機会がほとんどなかったから。給食のお代わりを「アクションワールド」で買わせるわけにもいかないですしね。

■「会社」を立ち上げる子が増え始めた

当初は給食当番をひたすら続ける子が多かったのですが、それが儲からないと気づくと、徐々に会社を立ち上げる子たちが増えました。ルールでは、会社をつくるときは助成金を出し、その会社で人を雇うこともオッケーとしました。

ただし、雇った人の給料は、当然自分が払わなければいけません。それでも、なかなか順番が回ってこない給食当番をやるよりは、会社を始めるほうが絶対に面白いと思う子が増え、急激にたくさんの会社ができ始めたのです。

すると、どうなったかと言うと、最初はスーパーデフレが起こりました。なぜなら、まったくお金が回らなかったからです。

会社を立ち上げて画用紙で財布をつくって売った子もいましたが、結局、どの子も一つ買ったらあとは買わない。アクション国では食費などの生活費がなく消費が生まれないため、そもそも消耗品の販売が成り立たないのです。それに住民税を取られて資金繰りが厳しくなりそうだと感じたら、ますますお金を使おうとしない子が増えました。

■昔の日本を彷彿させるアクション国

そのころ、立ち上げた会社の中には新聞社が数社あったのですが、毎週、コンテストを行い、1週間ごとに国営新聞社を決めることにしました。国営新聞社になると助成金が出るので、みんなそれを目指します。同時に国営放送局もでき、国営を目指して新聞社と放送局の競争が始まったのです。なぜなら、国営に選ばれることが一番の稼ぎ道だったからです。

それでも、スーパーデフレは依然として続きます。そして次に何が起こったかと言うと、安いお金で買えるくじが流行り出しました。そう、宝くじです。

ただ一人、お人好しなのか、そこまで考えていなかったのか、当たりくじを引かれてもそのたびに当たりくじを元に戻していたため、何度も当たりを引かれて倒産してしまった宝くじ会社もありましたが……。

国営企業になるか、宝くじで一山当てるか。さらに、ほかのギャンブルも生まれ、だんだんとギャンブル王国のような様相を呈してきました。なんだか昔の(今の?)日本を見ているみたいじゃないですか?

■デフレを変えた子どもの一言

ギャンブル王国になった「アクション国」。それでも、まだまだデフレは続いています。そんなとき、ある総理がデフレ脱却のために一つの政策を打ち出しました。なんと、その子のおじいちゃんが銀行の元副頭取だったそうで、すごく研究してきたのです。

その子はボクに「ぬまっち、通貨投入しかない」と言ってきました。「お金がいっぱいあれば使うんだから、お金をばら撒まこう」と。さらに、「でも、ただで撒くのはダメだから、漢字テストでいい点を取ったら、銀行からじゃんじゃんお金をあげてほしいんだ」。

銀行はボクが運営していたのですが、総理の指示だからやってみようということで、その政策を実際に実施しました。さらにオリンピックを開催しようという案も出て、単なるゲーム大会なのですが、みんなでチームをつくって練習し、優勝したチームに賞金を渡すと言うのです。「その賞金も全部、銀行から出して」と、つまりこれも通貨投入ですね。

■総理顔負けの子どもの発想力

そうして、通貨投入を続けたら、なんとデフレを脱却したのです。みんなお金がたくさんあるから、「じゃあ使おうかな」となって、総理の狙いがバッチリはまりました。

沼田晶弘『世界標準のアクティブ・ラーニングでわかった ぬまっち流 自分で伸びる小学生の育て方』(KADOKAWA)

面白かったのが、この通貨投入を行ったあと、本物の総理の安倍晋三首相がアベノミクスで通貨投入を始めたのです。見事にデフレ脱却を果たした「アクション国」の総理は、そのニュースを見て、「だから言ったじゃん、通貨投入しかないって」という一言。それには思いっきり笑いました。

デフレを脱却し、今度は金持ちのところにどんどんお金が集まるようになると、土地の買い合いが始まりました。彼らにとっての一等地はボクの席の前。ボクがつぶやくことを聞いたり、席に座ったまま話したりできるので、その土地が何千アクションと高騰したのです。

また、金持ちが生まれると、当然、貧乏な子も生まれてしまいます。中には、借金をしないと生活できない子も生まれてしまいました。そんな中でも、さらにさまざまな仕事は生まれていきます。ギターがうまい子をプロデュースしてコンサートを開き、帽子にお金を入れてもらう子や、コンクールに出るようなチェロがすごく上手な子は特別コンサートを開いてくれました。

■やっぱりお金を教えることは必要だった

そんな「アクション国」でしたが、ある日、突然、消滅しました。それは、借金がかさんでしまい、つらくなってしまう子が出てきたからです。

ボクが、このとき、すごく悔しかったのが、その借金で困った子たちは自分からまったく動かず、誰にも助けを求めようとしなかったことでした。その子たちが動きさえすれば、絶対に誰かが手を貸してくれただろうし、もしボクに「こんな会社をやろうと思うんだけど」と言ってきたら、「銀行からお金貸すよ、援助もする」と全面バックアップもできたのです。

相談するのが難しかったとしても、ボクが銀行の秘書を募集したときに手を挙げてくれさえすれば、その子たちを雇い、きっと救うこともできたでしょう。ただ、ボクは、こんな子たちが出てしまうからこそ、お金について学ぶことが大切だと思っています。

子どもは、自分でお金を稼がなくても不自由のない暮らしができます。だから、お金の大切さはなかなかわかりません。だからこそ、それを教えてあげなければいけないと思うのです。「アクションワールド」は、子どもにとってはゲーム感覚に近かったのかもしれませんが、その中で、お金を稼ぐことや、お金を使うことの基本は学べたと思っています。

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沼田 晶弘(ぬまた・あきひろ)
国立大学法人東京学芸大学附属世田谷小学校教諭
1975年東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、アメリカ・インディアナ州立ボールステイト大学大学院で学ぶ。スポーツ経営学の修士を修了後、同大学職員などを経て、2006年から現職。児童の自主性を引き出す斬新な授業が話題になり、日本テレビ『news zero』等で特集される。著書に、『「変」なクラスが世界を変える!』(中央公論新社)『家でできる「自信が持てる子」の育て方』(あさ出版)等。
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(国立大学法人東京学芸大学附属世田谷小学校教諭 沼田 晶弘)