高騰するFacebookのカスタマー獲得コストのあおりを受けて、美容ブランドはマーケティング戦略の再考を迫られている。そこで注目を集めているのがスマートテレビ及びHulu(フールー)やブードゥー(Vudu)といった配信プラットフォームを介したOTT(オーバー・ザ・トップ)広告だ。

8月にはリップケアブランドのイオス(Eos)とスキンケアブランドのバイオオイル(Bio-Oil)がHuluで広告を配信するようになった。メンズブランドのオーアズアンドアルプス(Oars and Alps)は、ブラックフライデー前の11月にHuluとブードゥーで初の広告を展開する予定だ。

個々のマーケティングファネル



D2Cの黎明期は、ボノボス(Bonobos)をはじめとする企業はFacebook、インスタグラム(Instagram)、Googleで広告を展開するだけですぐに成長できた。こういった広告は、ブランドの認知度を高めるような戦略とは対照的に、カスタマーのコンバージョン率と獲得を重視しており、ファネルでいえば底に近い部分でのマーケティング戦術だ。だがその後、同プラットフォームには大量のEC、D2Cブランドが流入したことで1クリックやカスタマー獲得あたりのコストが高騰した。マーケティングソフトウェア企業アドステージ(Adstage)のFacebookのインプレッションデータ分析によれば、Facebookのニュースフィードにおける1クリックあたりのコストの中央値は、2018年第2四半期で0.43ドル(約47円)だったのに対し、翌年同四半期で0.64ドル(約70円)にまで上昇している。

D2Cブランドは成長し、国内全体にまで小売の規模を拡大するなかで、ブランド知名度のキャンペーンによってカスタマーからの認知度を高めようと試みるようになった。自社のECサイトからの販売で成長したオーアズアンドアルプスも、2019年にはターゲット(Target)による店頭販売やAmazonラグジュアリービューティーに進出した。そしてこの戦術が同社の取り組んでいる広告配信の原動力となっている。同社の共同創業者でありCMOを務めるローラ・コックス氏によると、現在同社のマーケティング広告予算の7割がFacebookとインスタグラムに向けられているものの、2020年にはこれを4割にまで減らすという。残りの6割を占めるのがスマートテレビの広告とダイレクトメールだ。同社はこの予算の変更にともなってマーケティングファネルについても再考を進めている。これまで同社のほぼ全予算がコンバージョンのために割り当てられていたが、2020年には小売の展開が増えたことで(サンプリングプログラムを含まない)200万ドル(約2億1600万円)以下の予算の3割をブランド認知度のために費やす予定だ。

「この数字は今後さらに大きくなるだろう。当社は認知度を上げ、ブランドの物語を伝えていく必要がある。店舗に陳列された商品が埋もれないようにするための戦略だ」と、コックス氏は語る。

伝えるべきはブランドの物語



美容ブランドはチュートリアルや視覚的なパッケージングなどのクリエイティブコンテンツを重視しており、動画広告とするのも容易だ。マーケティングエージェンシーのマーカス・トーマス(Marcus Thomas)でメディアおよびコネクションプランニングを担当するラファエル・リビリャ氏によれば、ソーシャルメディアプラットフォームで広告配信することも可能だが、それではエンゲージメントに結びつかないという。

「Facebookとインスタグラムはファネルの下部における動画戦術として非常に強力なチャネルだが、視聴時間が3秒程度と短い」と、同氏は指摘する。「スマートテレビやOTTであれば、実際にオーディエンスが広告を見るため(より長尺の広告)配信に適している」。

ブランドの物語を伝えることは、マスへの配信においても重要だが、より多くのカスタマーに認知してもらう際にも効果的だ。

イオスのマーケティングチームが2019年のブランドリローンチ戦略についてブレインストーミングしていたとき、楽しく創造的でありながら自然の素材を使っているというブランドのストーリーを伝えるための適切なプラットフォームは、Huluを通じたOTT広告であるとの結論に達したと、同社のCMOであるソーヤン・カン氏は述べた。米DIGIDAYによれば、イオスは2019年のマーケティング予算の13%をHuluとロク(Roku)に投じている。アワーグラス(Hourglass)も現在Huluで広告を配信しているが、これについてコメントを得ることはできなかった。

「Huluは熱心なオーディエンスに対して豊かなブランドストーリーを伝えるのに最適なプラットフォームだ」と、カン氏は語る。「当社の消費者にマッチする分野として、Huluのウェルネスとライフスタイル分野の番組に焦点を合わせている」。

テレビ配信プラットフォームには、YouTubeなどの動画プラットフォームにはないふたつの長所がある。ひとつ目が、YouTubeの広告はYouTube.comに限定されるのに対し、OTT広告は複数プラットフォームにまたがって置くことができるプラットフォームも増え続けていることだ。そしてふたつ目がテレビ配信はプレミアムコンテンツを提供できることだ。ブランドにとって心配の種となっていた、自社広告の横に表示されるコンテンツの内容について心配する必要がなくなる。YouTubeは問題がある動画のアップロードを規制できていないことでたびたび批判をうけている。またこういった動画の制作者についても透明性を提供できていない。

「Huluとビボ(Vivo)はYouTubeと比べて質が高い。ブランドとして安全で質の高い環境のほうが望ましい」と、コックス氏は語る。「問題のあるコンテンツの横に表示されるのは避けたい。Huluの方がこういったリスクは小さい」。

従来テレビよりOTTを好む理由



従来型のテレビよりOTTの広告が魅力的となりうる要因はいくつかある。アドテク企業のスチールハウス(SteelHouse)でマーケティング担当バイスプレジデントを務めるアリ・ヘイリ氏はコスト面の長所を指摘している。従来型のテレビCMであれば25万ドル(約2700万円)以上のコストを前払いする必要がある一方で、OTT広告はそれより安上がりかつ支払いも毎月の分割だ。

「小規模なブランドには大手消費財企業ほどの支払い能力はない」と、コックス氏は語る。「スマートテレビであればテレビCMと同じ影響力をより少ない予算で発揮できる。さらに行動ターゲティングも可能だ」。

OTTの広告はパフォーマンスマーケターにとっても対処しやすい。従来型テレビの指標はパフォーマンスマーケティングのデータから乖離している」とヘイリ氏は指摘する。従来型のテレビであればブランドも広告バイヤーも視聴率やニールセン(Nielsen)の報告書から判断することになる。一方でOTT広告はソーシャルメディアのデータに近く、訪問者あたりのコストやコンバージョン率、カスタマーの生涯価値といった指標を見ることが可能だ。

「従来型のテレビは、マスな一方で正確性を欠く。効果は大きく、効率は低い」と、ヘイリ氏は語る。

スマートテレビの正確性と効率の良さは、広告に対する優れたデータ機能に由来する。ブランドはオーディエンスに対して効果的にターゲティングやリターゲティングができるのだ。イオスがウェルネスとライフスタイル分野を重視しているように、オーアズアンドアルプスも商品だけにとどまらず登山などの活動を動画キャンペーンで強調している。同社はデータシュー(DataXu)とAmazonのOTTプラットフォームであるAmazon DSPと提携し、広告によるリターゲティングを行っている。またデータが精密性なため、同社のウェブサイトを訪れたが購入にはいたらなかった潜在的なカスタマーの特定が可能だ。さらにそのなかから昨年はライバル企業のウェブサイトを訪れたが、過去2カ月は訪れていない潜在的カスタマーまで特定できる。こういった買い物客は新しいブランドに乗り換えやすい状態にあるため、同社にとってはチャンスとなる。

OTT広告は特定のカスタマー層やサイコグラフィックへのターゲティングに利用できるだけでなく、家庭内でインターネット接続された全デバイスに対するターゲティングとリターゲティングが可能なのも特徴だ。リビリャ氏によれば、プラットフォームで配信した広告をスマートテレビで見たオーディエンスの保有するスマホやラップトップに対してリターゲティングできるという。

OTT広告は人気が高まりマーケティングチャネルとして成熟していくなかで、より洗練され魅力的な選択肢となりつつある。さまざまな企業が広告にプラグインを付与してインタラクティブな広告にする取り組みを進めている。こうした機能は今後、さらに重要性を増していく。いまも米国では7000万世帯がなんらかの配信サービスを利用しているが、Facebookやインスタグラムの利用者数と比べればはるかに少ない。美容ブランドがオーディエンスへのリーチを増やし続けるなかで、このマーケティングチャネルのコスト増は、避けて通れない道となっているようだ。

EMMA SANDLER(原文 / 訳:SI Japan)