老いたひとり者は個人として認めない? 貸金庫申し込みで見えた厳しい現実
1986年『女が家を買うとき』(文藝春秋)での作家デビューから、71歳に至る現在まで、一貫して「ひとりの生き方」を書き続けてきた松原惇子さんが、これから来る“老後ひとりぼっち時代”の生き方を問う不定期連載です。
第13回
70歳過ぎると人間扱いされない!?
世の中が物騒になってきたので、大事な権利書などは、貸金庫に入れておくほうがいいと思いたち、銀行に行った。今どきは、貸金庫を利用する人も多いだろう。空きはないかもしれないと期待せずに窓口に行くと、「空いている」と言われ喜ぶ。しかし、審査をして通らなければ貸すことはできないと言われ、喜びは吹き飛んだ。
お金を借りるわけではないのに審査がある? 何の審査? 貸金庫の年間使用料は2万円ほどだ。腑(ふ)に落ちないが申し込むことにした。
申込用紙が渡され、名前、住所などを記入していると、「代理人」という項目があったので、聞くと、本人に代わる身内の人の名前と連絡先を書け、というのだ。何十年もの長きにわたり、金利ゼロでも預金してあげているのに、身内の代理人を立てないと貸金庫も借りられないとは、どういうことか。安倍政権になったせいか。
以前、メガバンクで貸金庫を借りたとき、すんなり借りられたのは、わたしが50代という若さだったからなのか。「ひとりでよかった」という生き方をしたい。わたしは、そのように生きてきたつもりだが、ここにきて「それはだめよ」と自分の生き方を否定された気がして悲しかった。
そこで、代理人の必要性について尋ねると「本人が開けに来られない状況になったときのためです」という。しかも、「契約のときは代理人さまも同伴ください」と言うのには驚いた。えっ、わたしって認知症扱い?
20代のお人形さんのような顔をした行員は「お子さんのお名前を書いていただければ」と言ったので、「子どもはいません」というと、甥(おい)や姪(めい)でもいいと言うので「甥、姪もいません」と答えると、上司に相談に行った。
そこで、わたしは「65歳の弟ならいます」と、上司にも聞こえる声で言うと、「若い方でないと……」ですって。ばかにするんじゃないよ。まったく。あなただって若いときは今だけよ。ばあさんになってから気づいても遅いのよ。
いくら兄弟がいても、60歳以上になったら何の役にも立たないことを、わたしはこのとき初めて思い知らされた。つまり、わたしも、弟の役には立たないということになる。ああ──忙しく日々を送っているうちに、弟も年をとったものだわ。そして、わたしも年をとったものだ。
しかし、まだ70代なので抵抗力があるが、もっと年をとったらどうだろう。行員も、ただのうるさいばあさんとしてしか扱わないだろう。この国では、老いたひとり者は、社会のゴミになるのか。だったら、自分から姥(うば)捨て山に登ってやるわ。
何の審査をしたのか知らないが、1週間後に審査にパスしたという連絡があり、代理人の65歳の弟に仕事を休んでもらって一緒に出向いた。まったく、人の時間をなんだと思っているのか。
後日、違う支店に出向き、代理人要求について質問すると、「代理人はいりません」と即答し「ただし、審査は必要です」とだけ言われた。どうも、支店によって対応が違うようなので、もし貸金庫を借りるときは、事前に確かめたほうがいい。
個人を認めないこの国は“後進国”
そうか。この国は、18歳未満と70歳以上は一緒の枠で、保護者つきでないと個人として認めないのだ。「結婚しないあんたが悪い。子どもを産まないあんたが悪い」という男尊女卑の声が聞こえてくる。でも、それとこれとは別問題だ。
そういえば、以前、75歳の友人男性が家のリフォームを頼むときに、「あなたの印鑑だけではだめだ。子どもの印鑑が必要だ」と言われ、激怒していたのを思い出した。その人は子どもがいたから激怒だけですんだが、これからは、ひとりの人が過去にないほど増えるというのに、世の中の対応は逆行してはいないか。
ドイツの知人にこのことを話すと、ドイツではありえないし、考えられない、と笑われた。日本人は自分の国を先進国だと思っているようだが、個人を認めない日本は、後進国だと言われた。
「日本人だけが、わかっていない!」
わたしもそう思う。サラリーマンで立場が守られている人は感じないだろうが、そこからはずれた人を、この国は、人として見ない傾向がある。人にはそれぞれの生き方があるのに、自分の生き方しか認めない日本人そのものにも、問題はあるだろう。つまり、日本人は人のことを思う想像力が乏しいのだ。
身内に責任をとらせるこの国のあしき習慣は、即刻、やめるべきだ。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2035年には東京都のひとり暮らし高齢者が高齢世帯の半数に迫ると予測されている。
野党で、この人権にかかわる問題を積極的に取り上げてくれる人はいないのか。40代の人は、いずれもうすぐ自分のことになるはずだ。問題意識を持ってほしい。
<プロフィール>
松原惇子(まつばら・じゅんこ)
1947年、埼玉県生まれ。昭和女子大学卒業後、ニューヨーク市立クイーンズカレッジ大学院にてカウンセリングで修士課程修了。39歳のとき『女が家を買うとき』(文藝春秋)で作家デビュー。3作目の『クロワッサン症候群』はベストセラーとなり流行語に。一貫して「女性ひとりの生き方」をテーマに執筆、講演活動を行っている。NPO法人SSS(スリーエス)ネットワーク代表理事。著書に『「ひとりの老後」はこわくない』(PHP研究所)、『老後ひとりぼっち』、『長生き地獄』(以上、SBクリエイティブ)など多数。最新刊は『母の老い方観察記録』(海竜社)