死に至るまでに経験する「あきらめの5段階」の詳細が明らかに
by Velizar Ivanov
肉体的な死とは別に心が死に至る「give-up-itis」という状態は、戦争捕虜や大事故に巻き込まれた人がしばしば経験するもの。この「give-up-itis」という状態を分析し、研究者が「心の死」に至るまでの5段階を発表しています。
People can die from giving up the fight
https://medicalxpress.com/news/2018-09-people-die.html
https://theconversation.com/give-up-itis-when-people-just-give-up-and-die-103727
‘Give-up-itis’ revisited: Neuropathology of extremis - ScienceDirect
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0306987718306145
「give-up-itis」という言葉は朝鮮戦争の最中に医療士官たちによって作られたもので、人が肉体的な原因とは別に無感情になり、望みを捨て、生きる意志をなくして死に至る状態のことを指します。「give-up-itis」の状態の人は正気を失っておらず、精神異常も観測されず、うつでもありません。話しかければ理性的に適切な応答を行うことができます。
朝鮮戦争の他に、第二次世界大戦のさなかに沈没した貨物船の乗員にも同じ傾向が見られました。これまでに複数の報告があがっているにも関わらず「give-up-itis」のパターンについて研究が行われてこなかった、ということで、ポーツマス大学の上級研究員であるJohn Leach氏は研究を行い、「give-up-itis」で死に至るまでの5つの段階を発表しました。
◆1:社会からの撤退
by Gregory Pappas
心理的なトラウマ(心的外傷)を負った後、人は引きこもりがちになり、感情の欠如、無関心、無頓着の傾向がみられ、自分の考えに没頭するようになります。戦争捕虜はしばしばこのような状態になるといわれており、受動的、あるいは植物状態のようになってしまうとのこと。
上記のような状態は外界に対する感情を抑え、内面を安定させるために感情を再編成しているがゆえに起こるとLeach氏は述べています。ただし、問題が解決されなかった場合、人の内面は極度の引きこもり状態、もしくは無関心へと発展します。
◆2:アパシー
by Engin_Akyurt
戦争捕虜や、沈没船あるいは飛行機事故から生き延びた人々に見られるのが「アパシー(無関心)」という状態です。アパシーは失意にふさぎ込む状態であり、怒りや悲しみ、いらだちなどとは異なります。心理学でいう「自己保存」を求めなくなった状態ともいわれ、身なりに気を遣わなくなり、「清潔にする」という本能は失われます。
戦争の医療士官はアパシーの状態にある人について「毎朝起きるが何かをするエネルギーがない」「小さなタスクにも大きな労力を要すると感じる」と記しています。
◆3:無為
by banksadam
Leach氏は、感情を伴う反応、主導権、意志決定力をなくし、モチベーションが著しく欠けた状態を「無為」と呼んでいます。この状態の人は話すことも避けがちで、体を洗ったり物を食べたりすることをやめ、より深く自分自身の内側にこもりがちになります。
ただし、他者に対する反応はまだ示し、誰かが説得力をもって話しかけたり、逆に敵対を示したり、肉体的な攻撃を加えると反応します。その後、外界からの働きかけがなくなると、当人はまた自分の内側へと引きこもっていくとのこと。
無為の状態を経験した人は回復後、当時について「思考がおかゆのようにぐちゃぐちゃだった」「何の考えも浮かばなかった」と語るそうです。この状態の人の心は傍観の状態にあり、特定の行動を目的として動くことができません。
◆4:心的無動
by congerdesign
状態が悪化すると、人のモチベーションはさらに大きく低下し、意識はあるものの、無感覚の状態に陥ります。この状態になると、たとえ殴られたとしても人はたじろぐことがなく、失禁したり自分の排泄物の上に寝転ぶこともあります。心的無動と診断された患者の中には、ビーチに行って太陽の光を避けようとしなかったために第2度熱傷になった人も存在するそうです。
◆5:心の死
by Aphiwat chuangchoem
「give-up-itis」の最終段階が「心の死」です。この段階になると人は排泄物の中で横たわり、注意しても、殴っても、嘆願しても、彼らに「生きよう」と思わせることはできません。
第4段階から第5段階に至るまでには3〜4日を要し、死のわずか前には、「タバコを楽しむ」といった、命のきらめきが戻ったかのような行動がいっとき見られるとのこと。タバコが食料と同じぐらいに貴重とされた強制収容所では、誰かがタバコを吸っていることは、その人の死が近づいていることと見なされました。
「からっぽの精神状態を終え、一見すると人は目的に向かって行動するようになったかのように見えます。しかし、この時のゴールとは、『命を捨て去ること』にあるというパラドックスが存在するのです」とLeach氏は述べました。