ポイントカードがもたらす不毛すぎる消耗戦
持っていれば万事丸く収まりますが、ないときのやり取りが悩ましい(写真:JGalione/iStock)
少子高齢化と好景気による空前の人手不足。働き方の多様化による職場コミュニケーションの複雑化――。サービス業界の中間管理職である「店長」の求められる現場マネジメント要件は構造的に高度化を余儀なくされている。サービス業界の健全化に向け一石を投じるべく、店長受難のリアルをレポートしていく本連載。第4回はポイントカードに翻弄される現場を追う。
ポイントカードの提示を求められることが増えた
「ポイントカードはお持ちですか?」
コンビニ、スーパー、ドラッグストア、外食店、書店、ホテル――。こうした商業施設の会計時に店員さんからこのように聞かれる光景は日常にあふれています。その店・チェーン独自のポイントカード、あるいは「Tポイント」(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)、「Pontaポイント」(三菱商事系のロイヤリティ マーケティング)、「楽天ポイント」(楽天)、「dポイント」(NTTドコモ)などの共通ポイントカードの提示を求められることが増えました。
対象となるポイントカードを自分が持っていて、財布の中からすぐに出せるのであれば、買い物の一部が1ポイント=1円でたまるのは消費者にとってはありがたいことです。一方で、そもそも非ポイントカード派も含めて、レジで求められているポイントカードを持っていない場合は、ちょっと煩わしいことになります。「それならばお作りしませんか?」という話に発展することもあるからです。
たとえば、
店員「ポイントカードはお持ちですか?」
お客「ないです」
だと、文法的にはあっているのですがなんか角が立つ感じもします。
とはいえ、
店員「ポイントカードはお持ちですか?」
お客「けっこうです」
だと、聞かれてもないのに「お作りしますか?」という勧誘を先んじて封じ込めているようで、これはこれで感じ悪い気がします。
結局のところ、
店員「ポイントカードはお持ちですか?」
お客「大丈夫です」
という返答に落ち着くのが主流のようです。「カードは持っていないけどポイント集めていないから大丈夫です」を省略した形で、文法的にはしっくりこないものの言い方も柔らかいからです。
このおかしなコミュニケーションには、さらにその先があります。
店員「失礼しました」
と帰ってくることがあるのです。
これはこれで、言われるたびに違和感があります。店員さんに謝ってもらうほどのことでもないからです。日本語として破綻しています。ひょっとしたら「持ってねえよ! いちいち聞くなよ!」というようなオーラが出てしまっているだろうかと、こっちが申し訳ない気持ちになります。
ネット上でも物議を醸している
この「ポイントカードお持ちですか?」をめぐる問題はネット上でも物議を醸しているテーマです。ネット掲示板でこのテーマのスレッドが立っている例もあります。
まず目につくのは、やはりお客さんサイドの「面倒くさい」という声。一方で、店員さんサイドからの反論もあります。「『ポイントカードお持ちですか?』と聞いて『大丈夫です』と答えられるとイラッとします。『要らないです』と笑顔で言ってもらえればいいように思います。『大丈夫です』はかなり意味不明です」というパート主婦の声もありました。ポイントカード問題は働き手からもストレスなのです。
私が取材したコンビニスタッフのAさんはこう言います。
「バイトを始めたばかりの頃は、ポイントカードの有無を必ず確認していたんです。でも鬱陶しそうな表情をされるお客様も多くて。『いちいちうるさい!』と怒られたことがきっかけで、高額のお買い物じゃない限りは聞かないようになりました」
しかし、聞かないのもまたトラブルの種。会計後にポイントをつけるようクレームを受けることもあるそうです。どっちみちお客さんに怒られてしまう理不尽さに、Aさんはポイントカードの存在自体を恨めしく感じている模様でした。
店員さんが最終的に「失礼しました」と謝ってくるコミュニケーションについても、違和感を覚える意見は少なくありません。「失礼しました」と言われるたび、「店員を謝らせて平然と店を出るイヤな客」になってしまうという後味の悪さは、多くの人が感じているようです。
こういったコミュニケーションは、誰の指示によるものなのでしょうか。コンビニ大手3社によると、ポイントカードの有無を確認すること自体はマニュアル化されているようですが、持っていなかった場合に「謝る」というマニュアルはないようです。
だとすると、謝りオペレーションは現場の指示によることになります。
コンビニ店長のBさんは苦笑しながら、こう証言してくれました。
「お客様はコンビニ以外にもあらゆるお店でポイントカードを作り所持していらっしゃると思います。そのため『もうこれ以上ポイントカードは要らない』と考えるお客様も多いでしょう。基本的に『持ってない』と言われた場合には、マニュアルでは『よろしければお作りしましょうか』と聞かないといけないことになっています。
要らないと考えているお客様の中には、この問いかけを不愉快に感じる方もいらっしゃるでしょう。で、機嫌を損なわないように『失礼いたしました』と言うように指示しちゃっています。ま、忖度ですよ」
ポイントカードは顧客を囲い込むためのツール
ポイントカードは顧客を囲い込むためのツールなので、その登録・利用促進は、現場において重要なミッションとなります。「謝る」行為はマニュアルとして強要されていないものの、現場の店長からするとポイントカードの勧誘をできるだけ角がたたないようにしないと、それこそ再来店してもらえないかもしれない可能性もあるわけです。
しかし、それでは本末転倒です。本部の戦略を忖度しつつも、お客さんの不快感を忖度する必要もあるのです。結果、一連のコミュニケーションを成立させる緩衝材として「失礼いたしました」が奨励されていくことになったのでしょう。
上位の意向を忖度し、コトを丸く収めようとしすぎておかしなことになってしまうのは、どうも政治の世界だけでないようです。忖度店長の気遣いに端を発し、お客さんと従業員双方にストレスを与える過剰なコミュニケーションに発展してしまう。笑えないジョークのような話ですが、おもてなしの国であるがゆえのジレンマなのかもしれません。