金正恩氏のベンツを追い越して粛清…北朝鮮「運転兵」の天国と地獄
韓国の北朝鮮専門メディアであるニューフォーカスが、13日に軍事境界線上の板門店を突破し、韓国へ亡命した朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の兵士について、「運転兵」である可能性を指摘している。
最近、韓国に入国したという北朝鮮軍の元大佐は、ニューフォーカスに次のように語っている。
「板門店の近辺では、武装した兵士が車両の運行を統制している。運転兵か整備兵でもなければ、検問所を通過するのは不可能だ。仮に運転兵であれば、部隊の配置など機密情報を知っている可能性がある。北朝鮮では上級指揮官でなければ、ジープをあてがってもらえないからだ」
消えた師団長
運転兵の脱北は2015年6月に前例があるが、このときは軍事境界線付近に車を止め、徒歩で韓国に入っている。
北朝鮮軍において、運転兵は一般兵士らの羨望の的だ。北朝鮮では、運転免許証を取得するのに多額の投資を要するからだ。自動車養成所(自動車学校)があるにはあるが、半年間みっちり通って、整備士同様の教育を受けなければならない。多くの人はこの手間を省こうと、250米ドルものワイロを払って免許証を不正に取得する。しかし、不正に発行された免許証はナンバープレートの更新時などに規制に引っかかるなどするため、使い勝手が悪い。
その点、軍で運転兵になることができればラッキーである。もちろん、狭き門であるだけにワイロが必要となる可能性はあるが、それは北朝鮮社会のどこへ行ってもつきまとう問題だ。性上納を強要される女性兵士に比べたら、何でもない話だ。
(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為)
首尾よく運転兵になり、免許証をゲットできれば、軍を除隊した後も食べていくのに困らない。北朝鮮ではなし崩し的な市場経済化とともに、交通や運送の需要が増えているのに、公共交通機関はマヒ状態が続いている。そこで、個人経営のタクシーやバス、運送業者が大いに潤っているのだ。
運転兵は軍にいる間も、仕えている指揮官から「特権のおすそわけ」にあずかることができる。何かとタバコや食料を分けてもらえる機会が多く、身だしなみに気を付けるよう求められるため、軍服も新品でカッコイイ。女性にもモテるのである。
その一方、落とし穴もある。指揮官が物資横流しなどで摘発されれば、運転兵にも累が及びかねない。そしていちばん怖いのが、金正恩党委員長の逆鱗に触れることだ。
2010年初め、黄海南道(ファンヘナムド)に駐屯する朝鮮人民軍(北朝鮮軍)第4軍団のある師団長の専用車が、軍総政治局の会議に参加するため平壌に向かっていた。中国製の新型SUVを与えられて上機嫌だった師団長は、運転兵に「飛ばせ」と命じ、前方のクルマを次々に追い越した。
しかし運悪く、その中に金正恩氏が運転するメルセデスベンツのS600があったのだ。
翌日、軍総政治局の会議場に、その師団長の姿はなかったという。軍事行政トップである人民武力相のささいな言動に激高し、文字通り「ミンチ」にして処刑してしまう正恩氏の気の短さを考えれば、師団長とともに運転兵までもが悲惨な末路を辿ったであろうことは想像に難くない。
これと似たようなエピソードは、ほかにもある。
いまも生死の境をさまよっている今回の亡命兵士は、追手が雨あられと銃を乱射する中、徒歩で軍事境界線を突破している。どれほどの危険が身に迫れば、そこまでの行動に出られるものなのだろうか。