『ばあば 92年目の隠し味』を上梓した鈴木登紀子さん 撮影/竹内摩耶

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92歳のばぁばが贈る人生指南を兼ねた料理書

 “ばぁば”の愛称で親しまれている鈴木登紀子さんは、NHKの料理番組『きょうの料理』で大人気の講師。『ばぁば 92年目の隠し味』(小学館)は、40品のレシピとともに、レシピにまつわるエピソードやご自身の思い、日本料理の作法などが綴られている人生指南書ともいえる料理本だ。

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「この本には、ばぁばが普段作っている料理や話していることが書かれていて、決して特別な内容ではないの。だって私は今、92歳なのですから。ばぁばの人生は、もうすっかりできあがっているっていうことなの」

 本書で紹介されている料理は、季節の食材を使った四季折々のレシピばかり。

「日本料理っていうのはね、季節感がなによりも大事なの。旬の食材はいっぱいとれるから、おいしくて安いのね。昔のお店は冷蔵や冷凍の大がかりな設備がなかったから、夕方に買い物に行くと安くなるのが当たり前だったの。そうやって買った旬のものでいろいろな料理を作るでしょう。旬の時期は短いから、次の旬のものをまた作って食べる。そうして1年を通して料理をしているうちに、翌年の旬の時期が来る。“昨年は山菜をこうやって料理したわ”って繰り返し作っていくうちに、だんだん上手になっていくものなのよ」

 本書では、だしのとり方や正しい配膳の仕方、お箸とお椀の持ち方など、料理やマナーの基本知識が随所に記されている。

「お料理はまず、新鮮な食材を見きわめるところからはじまるの。料理教室の生徒さんには、“よく売れるところで買いなさい”と話しています。デパ地下でもスーパーでも、山になっているものは旬のものって思えばいいの。例えば、夏のお野菜の王様格はトマトやナス、きゅうり、かぼちゃで、ほかにもいろいろな食材があるわね。取り合わせと彩りとお味を考えて、買うときから吟味すること。吟味して買ったものをきちんと保存をすれば、食材は長持ちするのよ」

日本人の原点である“ごはん”をおいしく食べる

 仕事や育児に追われる毎日の中で、毎食、きちんとした食事を用意するのは至難のワザ。多忙な読者世代に向けて、ばぁばはこんなアドバイスをしてくれた。

「例えば、きゅうりだったら2〜3本の天地を落として薄切りにして、3%の塩水に放すの。3カップで600ccのお水の3%は18gね。大さじ1杯が15gだから、大さじ1強のお塩を入れれば3%の塩水ができます。薄切りにしたきゅうりを入れると20分から30分でしんなりとしますから、それをきつく絞って容器に入れておくの。わかめを足して調味すれば 酢の物になるし、おだしと酢と砂糖と少量のしょうゆであえればきゅうりもみができます。ポテトサラダに入れても青々としておいしいわね。こうやって、ひとつのものからいろいろなバリエーションが広がっていくのがお料理なのよ」

 時短や手抜きの料理が脚光を浴びている今、本書からは基本の大切さが伝わってくる。

「そもそも、基本的な手のかけ方を知らなければ、手の抜き方をわかるはずがないわね。今は便利な道具が多くて、ごはんだってスイッチオンで炊きあがります。でも、なにも考えずに作っていたのでは、いつまでたっても料理は上達しませんよ。“しまった!”と思うことがあって当たり前で、失敗してもいいの。“次はこれをしないほうがいいわ”と失敗から学ぶことで、上手になっていくんですから。それまでは、基本をよく覚えることと、そのときの状態をよく見ることが大事」

 ばぁばは結婚当初から、文化鍋と呼ばれる厚手のアルミ鍋でごはんを炊いているという。本書では、ばぁばが日常的に行っているごはんの炊き方も紹介されている。

「お鍋でごはんを炊くと、電気釜よりも早く、おいしく炊きあがるのね。私は、梅干しの種を抜いて包丁で叩いたものをガラスの瓶に入れておくの。のりはちぎって容器に入れて、ごまも常備しているのね。ごはんに梅干しを入れてのりを巻けばすぐにおむすびが作れるし、梅干しとのりとごまを合わせてちりめんじゃこでも散らしたら、それだけで素晴らしいごはんになるでしょう?」

 そのおいしさはわかっているものの、鍋で炊飯するのは物理的に難しい。でも、ほんの少しの心がけで炊飯器のごはんもおいしく食べることができるのだそうだ。

「ごはんはいちばん最後に、お料理が食卓に並んでから炊きたてをお出しするの。炊飯器を使う場合は、おかずを作る時間を逆算してからスイッチを入れること。そうすれば、炊きたてに近いごはんを食べることができますよ」

“食べることは生きること”と話すばぁばだが、ときには料理が面倒に思える日もあるという。

「女の人は、なんにもしたくない日があるでしょ。そういうときは手を省いていいし、おむすびとお漬物でもいいの。私も盛大に省くことがあるわよ。炊き上がったときにぽつぽつと“カニの穴”があいていて、ふわっと湯気が立つごはんを食べれば、たとえおかずが缶詰でもおいしいの。なんといっても、ごはんは日本人の食の原点なのですから」

■取材後記

 声は大きくて話し方は快活で、卒寿を過ぎたとは思えないほどエネルギッシュなばぁば。取材中には、料理教室で渡しているという献立を見せてくださいました。文字はすべて筆書きで、季節の野菜などの絵もご自身で描いているのだそう。「絵心というほどのものでもないですけれど、こうやって私自身も楽しむようにしておりますよ」。何ごとも楽しむ姿勢が元気の秘訣とお見受けしました。

取材・文/熊谷あづさ

<著者プロフィール>
すずき・ときこ。1924年、青森県八戸市生まれ。自宅ではじめた料理教室をきっかけに、46歳のときに料理研究家としてデビュー。以来、料理教室を続けるかたわら、家庭料理にこだわった和食の心を、古来の美しい行儀作法とともに伝える。テレビをはじめ雑誌などで広く活躍。料理番組『きょうの料理』(NHK)への出演は40年を超える。『「ばぁばの料理」最終講義』(小学館)など著書多数。