慶應義塾大学野球部 大久保秀昭監督の捕手論「野球を知っているは知識ではない、勝ち方を知っていること」【Vol.2】

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■慶應義塾大学野球部 大久保秀昭監督の捕手論「強さも上手さも『知る』ことから」【Vol.1】から読む

 第2回では、「野球を知っている」という言葉の真意を探っていきます。そして勝てる捕手になるために、ライバルに勝つためには何をすればいいのか?大久保監督から金言をいただきました。

「野球を知る」=「勝ち方を知る」ために

大久保秀昭・現慶應大野球部監督

 プレイヤーなら、誰でも「野球を知っている」と思うかもしれない。だが、大久保監督が言っているのは「知識」としてではなく、「勝ち方」を知っているかどうかだ。つまり、勝てば勝つほどキャッチャーとして「野球を知っている」ことになる。では、なかなか勝てないキャッチャーは、どこからとっかかりを得て「野球を知って」いけばいいのだろうか。

「どんな相手に何点取られても、まずは『失点を知る』ことがスタートになると思います。失点に対しての意識、そして勝率。もし複数人でレギュラーを争っているのであれば、自分が任されている時にどれぐらい勝てているか、どれぐらい抑えられたか、それを突き詰め、少しずつでも成功体験を積んでいくことです」

「勝つには理由がある」。まずはその意識を当たり前に持つ。もし勝てないで苦しんでいるキャッチャーがいたら、まずは失点から振り返る。それがエラーだったのか、配球だったのか、1点1点吟味していく。次に、その失点の数々はどうしたら防げたか、を自分なりに考えてみる。そして次の試合で試す。そこで失点したらまた理由と対策を考える。その作業を繰り返し、一つずつでも成功体験を増やしていく。

「とにかく実戦で知っていくことが重要です。実戦でしかできないことがあるから、というのが理由の一つ。もう一つは、実戦の方がはるかに印象深く、覚えやすいからです」

「『野球を知る』能力は積み重ねによってできあがっていく」と大久保監督が言うように、野球を知る=勝ち方を知ることは一朝一夕ではできない。下から一段ずつ階段を登っていくしかないのだ。

最初の段階で、もし考えるべきことが多すぎて頭が混乱する場合は、テーマを絞ることが上達への近道だ。「試合に臨む際、『ヒットはいいけど長打は打たせない』など、事前にバッテリーでテーマを決めると分かりやすいかもしれません」

 一つずつ、でも確実に突き詰めていく。そのことを念頭に置くと、重要点として次の2つに行き当たるはずだ。

根拠を持つ

 全ての失点を振り返り、成功体験に結びつけていくことはつまり、自分の中にデータを蓄積するということだ。それは、判断する際の「根拠を持つ」ことにつながる。突き詰めれば、1試合で投手に投げさせた全投球に対して「なぜそのボールを投げさせたか」が説明できるようになる。

 全てにおいて根拠を持つようになれば、例えば試合前の対戦チームの情報も有効に活かすことができるようになる。「私は最終的には感じたことと状況を理解して決断します。データはあくまで情報として活用するレベル。でも、決断する際の根拠の一つになることは間違いありません」

 決して鵜呑みにはしない。だが、対戦経験のない相手を最初から抑えるための根拠として、役立たせることができるようになる。より確実な「根拠」を探す癖を身につければ、自然と視界は広がり、いろんな情報を手に入れようとするようになるはずだ。

自己犠牲精神を持つ

大久保秀昭・現慶應大野球部監督

 キャッチャーはグラウンドの中の監督だ。だが、自分が投球するわけではない。つまり、ピッチャーの気持ちを理解しなければ、失点を振り返るにも正確な分析はできない。「ピッチャーが考えていることもちゃんと分かっていないと、独りよがりになります」

 必然的にピッチャーと話し、確認し合う時間は増えていくはずだ。勝ち方を知るということは、ピッチャーの力を最大限に引き出すということでもある。「ピッチャーもタイプによって様々です。ですから話を聞いて、ピッチャーから不安を取り除いて投げやすい構えをしてあげるべき。投球時の目標となるのがキャッチャーですから、大きく構えるか、小さく構えるか、はたまた自由にしていいのか、ピッチャーの感覚に沿うことを優先すべきです」

 自分の得意とする構え方があるキャッチャーもいるかもしれないが、ピッチャーの感覚を優先する。自分より相棒、そしてチームを優先に考える。そういった自己犠牲精神も必要になってくる。

 勝つための根拠を持ち、勝つためには自己犠牲もいとわない。この2つを発展していけば、自然と見るべきこと、するべきことが広がっていくはずだ。

 試合中、それまでピッチャーしか見ていなかったものが、グラウンド全体を見るようになり、バッターを見るようになり、両チームのベンチを見るようになり、球場を見渡すようになる。また、マウンド上のピッチャーとだけ話していたのが、控えのピッチャーとも話すようになり、チームメイトと話すようになり、監督に相談するようになる。

「社会人で監督をしていた時は特にそうでしたが、ベンチで一番話し合う相手はキャッチャーです。『弱いチームのキャッチャーほど監督から離れていくんだ。やましいことがあるほどベンチの端っこにいるんだぞ』とはよく言うことです」

 そんな大久保監督がキャッチャーの成長を感じるのは、自分の感覚と一致した時だという。「試合中に自分も考えているわけです。この場面で自分がキャッチャーだったらどうやって相手を抑えるか。あくまで自分のイメージですが、同じ配球などで抑えた時は成長を感じます。逆に自分と考えが違った場合はベンチに戻ってきてから問います。その積み重ねで意思疎通ができるようになる。例えば、アイコンタクトだけで抑え方を確認できるようになる。また、試合中に自分が守備のポジショニングの修正を指示しただけで、バッターへの攻め方が伝わるようになるのです」

第3回へ続く

(文・写真:伊藤 亮)