前回の続き。チームメイトのパチェコとともに来日したキューバ代表の4番打者・キンデランが入団したのは、社会人野球のシダックス。当時、そこで監督を務めていたのは、楽天イーグルスの名誉監督でもある野村克也氏だった。阪神タイガースの監督時代から取材でお世話になっていた僕は、都内で行われた「野村克也の野球人生50周年を祝う会」に出席することとなった。もちろん、そこには監督が指揮を執るシダックスの選手たちも出席していた。

 会が進む。そこに、同僚のパチェコ、そして通訳の3人で談笑する“王様”の姿を見つけた。子どもの頃からあこがれを抱いてきた選手だ。失礼とは思いながらも、どうしたって視線が釘付けになってしまう。すると、彼のほうで僕の視線に気がつき、通訳を伴って僕のほうへ歩み寄ってきてくれたのだ。

 通訳の方が、にこやかに話しかけてきてくださった。

「キンデラン選手に、『彼はどんな人なんだ?』と聞かれたので、『とても有名な本を書いた著者で、いまはスポーツライターをしている』と説明したところ、『ぜひ話がしたい』ということだったのでお連れしました――」

 もう、天にも昇るような気持ちだった。声は、上ずってしまっていたかもしれない。

「ぼ……僕は子どもの頃からあなたにあこがれていて、ですから、今日こうしてお会いすることができて、本当に光栄です。そうだ、おととしの台湾で行われたワールドカップでは、僕も取材に行っていて、あなたが打ったホームランをこの目で見ることができたんですよ!」

 通訳を介して、興奮気味に話した僕の言葉を伝え聞いたキューバの王様は、僕の肩にその大きな手のひらを乗せると、笑みを浮かべてこう言った。

「そうですか。じゃあ、次はぜひシダックスの試合を観に来てください。もし、その試合で私がホームランを打つことができたら、それはチームのために打ったホームランではなく、あなたのために打ったホームランです」

 あたたかな笑顔で語ってくれたその言葉を、僕は生涯忘れることはないだろう。

その帰り道は、もう夢見心地で、地に足が――もとい、地に車いすがついていなかったのではないかと思う。僕が以前から彼の大ファンだったことを差し引いても、その言葉には愛があり、強さがあった。ところが、その夢見心地だった帰り道、ひょんなことから、僕は突然、胸が苦しくなってきてしまった。長くなってしまいそうなので、続きはまた次回に――。

■乙武洋匡のベースボールコラム〜バックナンバー
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いざ、東北へ!
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統一球導入の陰で……

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