今年5月。東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地・Kスタ宮城で始球式を務めることが決まると、両手両足のない僕が「どのようにして」その大役を務めればいいのか、球団側と話し合いを重ねた。

ピッチングマシーンのような機械をマウンド上に設置し、そのスイッチを僕が押すのか。また、バッターボックスに僕が打者として登場し、その日の先発投手に投げてもらうのか。様々なアイディアが出された。

 だが、僕はあえてこんなお願いをした――。「僕に投げさせてもらえませんか」

 僕は、利き手である短い左腕とほっぺたの間にボールをはさむことで、数メートルならボールを投げることができる。小さい頃から、そうやって友人と野球に親しんできたから、僕にとってはごくあたりまえの動作だ。

 でも、周囲には、そうは映らなかった。歩いてただけで、字を書いただけで、ボールを投げただけで、「手足がないのに、そんなことができるなんて」と、僕の“あたりまえ”に目を潤ませる人がたくさんいた。「私も頑張らなきゃ」と自身を奮い立たせる人々がたくさんいた。そんな視線を、僕は幼いころからずっとわずらわしく思ってきた。僕は、ただフツーのことをしているだけなのに、と。

 だけど、今回ばかりは、そんな周囲の視線をプラスに変換しようと思っていた。僕の投球を見た被災者の方々が、「乙武さん、あんな体でもボールが投げられるんだ。それなら、私たちだって!」と前向きなパワーを取り戻すきっかけとしてくださるなら、それは僕にとっても大きなよろこびだ。むしろ、しっかりと目に焼きつけてもらおう――。

 5月6日、楽天×西武@Kスタ宮城。試合開始10分前、僕は車いすから降りて自分の足でマウンドまで移動すると、マイクを通さずに大きな声を張りあげた。

「東北のみなさんに 心をこめて 投げさせていただきます!」

 深々と礼をして、左腕とほっぺたの間にはさんだボールを放り投げる。大きな弧を描いたボールは、楽天・嶋基宏選手のミットへ。観客席からは大きなどよめきが起こったあと、あたたかな拍手が球場全体を包んだ。
 
 大好きな野球を通じて、大好きな東北のために少しでも力になれたのだとしたら、こんなにうれしいことはない。こうした機会を与えてくださった楽天イーグルスに、心から感謝している。

※この始球式にこめた想いや舞台裏の様子を詳しくつづった『希望 僕が被災地で考えたこと』(講談社)が、明日発売となります。震災が起こってから僕が抱きつづけていた葛藤や、訪れた被災地で感じたことを克明に記録しています。今回の始球式について書いた第9章「プレイボール!」以外にも、全体的に読みごたえのある一冊となっていると思うので、ぜひお読みいただければ幸いです。

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