料金値下げプランを発表するNTTドコモの吉澤和弘社長(撮影:今井康一)

NTTドコモは4月15日、従来よりも割安の新料金プランを6月1日から導入すると発表した。値下げ幅は利用状況で異なるが、大半が2〜4割の大幅値下げになるという。

この影響でドコモの通信料収入は激減し、2020年3月期は5期ぶりの営業減益に沈む見通しだ。昨年10月31日に値下げ方針を明らかにして以降、業界の注目を集めてきたドコモだが、吉澤和弘社長はこの日の会見で「新料金プランで顧客プランの維持、拡大をはかり、中長期的な企業価値の向上に努めていく」と語った。

シンプルさ、わかりやすさを追求した新プラン

従来の料金プランは、さまざまな組み合わせから選ぶ必要があり、複雑だった。それを改めたことが大きな特徴で、用意したのは2つのプランのみ。データ容量が月に30GBで使い切った後も1Mbpsの速度で使える「ギガホ」と、データ使用量に応じて1GB〜7GBまで2GB刻みで料金が変わる「ギガライト」のいずれかが選べる。吉澤社長は「シンプルさ、わかりやすさを追求した」と説明。さらに、1Mbpsは大半のコンテンツが不自由なく利用できる速度だとして「インターネットがほぼ使い放題のプランになる」とアピールした。

料金設計は、同社の利用者の7割を占める「家族で3回線以上」のユーザーを軸に、値下げ幅が大きくなるように構成した。家族で3回線以上使う場合、利用プランや条件に応じて、従来より2〜4割の値下げになるという。ギガホの場合、1人当たりのデータ通信料金は月額5980円(税別、以下同じ)で、従来のウルトラデータLLパックの最安値の同8480円と比べて3割安い。従量課金制のギガライトの場合は、1GB以下の利用の場合は月額1980円で、従来のベーシックシェアパックの最安値の同3480円と比べて4割安くなる。

一方、1人で加入する利用者の値引き幅はやや小さい。30GBの定額の場合、従来のウルトラデータLLパックの月額8480円が、ギガホならば6980円で利用できるが、値下げ幅は2割未満に過ぎない。現行のドコモwith(ドコモが指定する端末を購入する場合に限り、通信料金を毎月1500円値引くプラン)に1人で加入している場合、1GB以下の利用なら2480円だが、新料金プランは2980円で、逆に500円の値上げになる。

なお、このドコモwithや、高額端末購入の補助として一定額の通信料金を毎月割り引く「月々サポート」のプランは、政府が通信契約と端末代金のセット値引きを今秋にも禁止することを見越し、5月31日で新規の受付を停止する。新料金プランはすべて、端末代金と通信料金を切り離した「分離プラン」となる。

新料金プランの導入によって、ドコモの通信料収入は2020年3月期以降、2019年3月期と比べて年間で最大4000億円減少する見通しだという。この減収額は、分離プラン導入によって端末の値引き額がなくなる収入押し上げ分を入れた上でのマイナス幅で、足元の経営に大きな打撃となる。ドコモの計画では2019年3月期の営業利益見通しは9900億円だが、値下げ後、この水準まで利益が回復するには2024年3月期までかかる可能性があるという。


ドコモの吉澤社長は「業界のマーケットリーダーになるため、早めに(値下げを)実行に移した」と強調した(撮影:今井康一)

そこまでして大幅な値下げに踏み切る狙いは何か。吉澤社長は、今年10月に「第四のキャリア」として自前の通信網を使う携帯電話事業に本格参入する楽天を念頭に、「市場環境が変化することを意識して、先んじて競争力を強化する必要があると判断した。この業界のマーケットリーダーになるため、早め早めに(値下げを)実行に移した」と語った。

ただし、競合相手としての楽天の実力は、現段階ではほとんど未知数だ。2015年3月期以降、連続営業増益を続けている企業が楽天を意識して大幅値下げに踏み切ることは考えにくい。会見で多くは語られなかったが、ドコモが値下げに踏み切った理由が他にもいくつかありそうだ。

無視できない政府の意向

1つは政府の意向だ。KDDI、ソフトバンクを含めた3キャリアとも巨額の利益を出す中で、総務相を務めたことのある菅義偉官房長官は昨年8月20日、「携帯料金は今よりも4割程度下げる余地がある」と発言。それ以降、通信業界には政府からの値下げ圧力が強まっている。

吉澤社長は会見で政府の影響を否定したが、政府関係者は「ドコモの値下げは(NTTドコモの親会社の)NTTの澤田純社長が決めた」と証言する。そのNTTの筆頭株主は政府で、財務大臣が35.36%を保有する(2018年12月末時点)。そのNTTはドコモの親会社として、ドコモの株を63.31%所有する(2018年9月末時点)。NTT法の規定により、NTTが事業計画を立てるにも政府の承認が必要で、政府の意向は無視しづらい。そして、ドコモは親会社のNTTの意向を無視できないという事情がある。

公共の電波を使って携帯電話事業を営んでいるとはいえ、菅官房長官の「民間への口出し」に対して、KDDIやソフトバンクは直ちに受け入れることなく値下げを渋っている。その中で、ドコモ1社だけ素直に急激な値下げに踏み切る裏には、大株主の意向が効いた面は否定できない。

大手3社が激しく競争する携帯電話市場において、1社が大幅な値下げに踏み切れば、ほかの2社も追随や対抗を検討せざるを得なくなる。政府としては今回、ドコモという業界でいちばん大きな石を動かしたことで、狙い通り通信料金の値下げを進めていると言えそうだ。

通信料依存のビジネスは先行き不透明

もう1つの理由は、業界の先行きだ。携帯電話の「1人2台持ち」需要も遠からず一巡し、スマートフォンの契約数もいずれ天井を迎える。限られたパイを争い、その中で通信料収入に頼って稼ぐビジネスモデルがいつまで続けられるのか不透明だ。

通信料収入は、通信契約者数と通信料金のかけ算で決まる。今回の値下げによって通信料金が大幅に下がることは確実だが、吉澤社長が「顧客基盤の維持や拡大」と言及した通り、ドコモの契約者数にはプラスに働く。通信料収入が頭打ちになっても、決済を含めた金融や映像コンテンツなどの非通信分野は、利用シーンの広がりによって今後ますます商機が広がると見られる。

ドコモは大幅値下げでいったん目先の利益を減らすことになるが、顧客基盤を維持して非通信分野にうまく送客できれば、将来の利益につなげられる可能性はある。菅発言による業界への逆風に端を発しているとはいえ、ドコモは災いを転じて福となすことはできるか。大幅値下げ発表は重い決断だが、それを生かすための今後の戦略がより重要になる。