まさに青天の霹靂のような『Leaving Neverland』――だが、マイケル・ジャクソンの死後のビジネスには大きな影響はないもよう(Dan Reed/HBO)

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青天の霹靂とも言えるドキュメンタリー作品『Leaving Neverland』。全米放映から2週間を経て、「マイケル・ジャクソン」に関して巷で変化したことはあるのか?以外にも、稀代のポップスターの死後のビジネスには大きな影響はない模様だ。

HBOの2部構成のドキュメンタリー『Leaving Neverland』は、#MeToo運動の特ダネ要素を十分に兼ね備えていた。4時間にわたり、元子役のウェイド・ロブソン氏とジェイムズ・セーフチャック氏は、時に痛ましいほど赤裸々に、幼少期にマイケル・ジャクソンから洗脳され、性的虐待を受けた様子を語った。視聴率も好調。マスコミもやんややんやと騒ぎ立てた。オプラ・ウィンフリーはセーフチャック氏とロブソン氏にインタビューすることで、ドキュメンタリーを後押しした。ジャクソン・エステートは全力で反撃に回り、疑惑を真向から否定したうえで、セーフチャック氏とロブソン氏の信頼性を疑問視し、さらに「ドキュメンタリー映画製作やジャーナリズムの規範と倫理に反している。恥ずべきことだ」と作品を糾弾した。

だが、『Leaving Neverland』の放送からおよそ2週間が経過したが、マイケル・ジャクソンの死後のビジネスが大打撃を受けた様子は見えない。『Leaving Neverland』は、Lifetime製作のドキュメンタリーシリーズ『Surviving R. Kelly』の後に続くようにして放送された。このドキュメンタリーシリーズはR. ケリーの性的虐待訴訟を何年にもわたってつぶさに追いかけたもので、最終的には新たな刑事起訴にまで発展、ケリーはRCAと結んでいた終身契約を打ち切られた。たしかに2009年に他界したジャクソンの場合、刑事起訴されることはないが(彼は2005年、幼児虐待訴訟で無罪放免となっている)、彼の存在はいまも巨大ビジネスなのだ。

昨年、ソニー・エンタテインメントは2億5000万ドルを投じて、ジャクソンの楽曲の出版権を7年間延長した。『Leaving Neverland』が放送されて以降、レーベル側は声明を発表していない。グッズ販売や肖像権に関しては、ジャクソンやその他セレブリティに代わって音楽以外のライセンス契約を管理するABG社の創業者兼CEO、ジェイミー・サルター氏に話を伺った。彼がローリングストーン誌とのインタビューに答えたのは『Leaving Neverland』が放送される数日前だったが、事態を懸念するクライアント企業からの電話は一本もなかったそうだ。

ドキュメンタリーでのロブソン氏とセーフチャック氏の主張について尋ねられると、サルター氏はこう答えた。「ショウビズ界には、真実のニュースとフェイクニュースがあります。時には真実がわからずじまいのこともあります……正直、昔からずっとそうです。どんなニュースも受け入れられてしまう。正直なところ、電話は1本も受け取っていません。リンとも鳴っていませんよ。(電話があるとすれば)多分、放送後でしょうね。あの2人の言い分は17回も変わっていると誰もが言っています。何が真実で何が嘘か、信じろというのが無理でしょう(ドキュメンタリー放送後、ローリングストーン誌の追加取材の要請にサルター氏は応じなかった)」

マーク・ゲラゴス氏は、2005年の幼児虐待訴訟の際にも代理人を務めたジャクソンの元弁護士。彼もまた、ドキュメンタリーの信ぴょう性にメスを入れた。ドキュメンタリーには、2003年ジャクソンの逮捕後にゲラゴス氏が行った記者会見の映像が登場する。映像を見るかぎりでは、ゲラゴス氏は原告が「金目当てだ」と仄めかしているかのようだ。だがゲラゴス氏はTwitterで、あの記者会見はジャクソンがプライベートジェット会社を訴えたときのものだと述べた。ジャクソンが警察に出頭するためにサンタバーバラへ向かった際、プライベートジェット会社はフライト中にジャクソンとゲラゴス氏を隠し撮りしたとして有罪判決を受けている。

ラジオのオンエア回数やストリーミング件数は、ジャクソンの評判やエステートの財政状況を図るひとつの指針となる。ニールセン・ミュージックによれば、『Leaving Neverland』放映から数日後、全米ラジオ局でのジャクソンのオンエア回数は1日2000回から1日1500回に減少。ニュージーランドやカナダのラジオ局のいくつかは、彼の楽曲を一切オンエアしないとまで宣言した。だがニールセン社によれば、SpotifyやAppleMusicといったストリーミングサービスでは、3月3日と4日のドキュメンタリー放映後もジャクソンの楽曲は1週間に1649万7000件――ジャクソンの通常の週間再生回数1600〜1700万件の範囲内におさまっている。そのうえ、ジャクソンの楽曲はSpotifyの代表的なプレイリストに加えられたままだ。そのうちのひとつ「All Out 80s」には500万人のフォロワーがついている(アーティスト本人に特化したプレイリスト「This Is Michal Jackson」のフォロワーは100万人以上)。

唯一ジャクソンの存在のもみ消しに躍起になっているのが、インディアナポリス子ども博物館だ。ここでは、アーティストの代名詞ともいえる手袋やマスク、サイン入りポスターなどの展示品を撤去した。「新たな事実が判明したり、歴史を別の角度から見直すことになった場合、我々は(展示物として)適切かどうか再検証することがあります」と、ミュージアムの展示ディレクター、クリス・キャロン氏は述べている。

ジャクソンの楽曲はステイプルズ・センターからも姿を消した。ESPNのロサンゼルス・レイカーズ担当レポーター、デイヴ・マクメナミン氏は、巨大スクリーンに投影される「エア・バンド・カム」のBGMが、「今夜はビート・イット」からニルヴァーナの「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」やチャック・ベリーの「ジョニー・B・グッド」に変更されていることに気づいた。

多くのセレブリティたち――エレン・デジュネレス、モリー・リングワルド、#MeToo運動の火付け役ローズ・マクゴーワンなど――が、ロブソン氏とセーフチャック氏への支持を表明した。シーアやアマンダ・パルマーといったミュージシャンも加勢した。だが、誰一人としてジャクソンを名指しする者はなく、代わりに被害者の声に耳を傾けろというメッセージを発信した。その一方で、T.I.やジュース・ワールド、ジェイソン・デルーロ、インディア・アリーらはソーシャルメディアやマスコミに声明文を発表し、ジャクソン擁護に回った。

「片方の言い分だけ聞いて、真実を知ったつもりになっちゃだめだ」というのは、T.I.のInstagramの投稿。「ああ、その通り……死人に口なし。だったら、なぜいまさら蒸し返すんだ? 黒人が誇る歴史的偉人をまた一人葬ろうというのか?!」

伝聞によれば、ドレイクは今月『スコーピオン』のヨーロッパツアーを再開した際、MJの死後にコラボレーションした作品「ドント・マター・トゥ・ミー」をセットリストから外したようだ。ドレイク側からはこの決定に関する詳細コメントはいまだ発表されていない(ドレイクの決定に関し、彼の代理人はコメントを控えた)。

なかでも大きな波紋を呼んだ2つの事件が、音楽以外の業界から持ち上がった。ルイ・ヴィトンは先週木曜日、ヴァージル・アブロー氏がジャクソンにインスパイアされて製作した2019年秋冬メンズコレクションの何点かを製造中止にすると発表した。大手ファッションブランドの主張によれば、同社が1月にコレクションを発表したのはサンダンス映画祭の開催前で、ドキュメンタリーの存在も性的虐待疑惑も知らなかったという。ニューヨーカー誌の最新のインタビュー記事によれば、アブロー氏はジャクソンがインスピレーションの源であると語り、『Leaving Neverland』について知っているかという質問に対しては、自分が焦点を当てたのは「世界中で受け入れられているマイケル像、彼のいい部分や人間性なんだ」と答えた。

ルイ・ヴィトンの決定によりショウにも登場したスパンコールの白い手袋などが発売中止となったことに関して、アブロー氏はのちにこう発言した。「ドキュメンタリーの後、ショウに対して感情的な意見が持ち上がっているのは知っています。私自身は、いかなる類の幼児虐待、暴力、人権侵害も断固として非難します」

一方、『シンプソンズ』のプロデューサー陣は『Leaving Neverland』の放送後、1991年にジャクソンが登場したエピソード「Stark Raving Dad」をシリーズから除外すると発表した。ニュースサイトThe Daily Beastとのインタビューに答えた元総合製作者のアル・ジーン氏は、ジャクソンが番組に出演したのは不適切な目的のためではないかと訝っている。「あのエピソードを見てごらんなさい、正直、あのエピソードは見るからにマイケル・ジャクソンに利用されています。我々が意図した内容とは違う目的に使われたんです」とジーン氏。「彼にとってはコメディだっただけでじはなく、道具として利用価値のあるものだった。……きっと、彼が子供たちを洗脳する手段のひとつだったんだと思います」

一般市民に目をむけると、いまだジャクソンを溺愛するファンたちは、ことあるごとに声高にジャクソンを擁護してきた。彼らはTwitter上で誹謗中傷する人々をやり玉にあげ、さらにはクラウドファンディングまで立ち上げて、ジャクソンの無罪を主張する一連の広告を作成した。ちなみにこの広告は、ほんのつかの間、イギリスのバスにお目見えした。

だが反対派も勢力を増しつつある。世界中の活動家が集まるソーシャルネットワークCare2の行動派らは、ラスベガスのマンダレイ・ベイ・ホテル&カジノに対し、マイケル・ジャクソンの銅像の撤去と、シルク・ド・ソレイユのレジデンス公演「マイケル・ジャクソンONE」の中止を求める署名運動を始めた。現時点で寄せられた署名は1万2000名以上。だが『Leaving Neverland』の放映後も、「ONE」は引き続き1日2公演、一度も休演することなく上演されている。ローリングストーン誌はシルク・ド・ソレイユに対しチケットセールスについてコメントを求めたが、返答は得られなかった。その代わり、ショウのwebサイトをぱっと見た限りでは、今後の公演ほぼ完売状態だった。

ジャクソンの最大のヒット曲を盛り込んだ家族向けのショウでもあるシルク・ド・ソレイユの公演が現在も上演中であるという事実は、今後予定されているジャクソンのミュージカル『Dont Stop Til You Get Enough』にとっては好材料かもしれない。2月、ジャクソン・エステートはシカゴでのトライアル公演を中止。その理由を、俳優陣のストライキによりスケジュールの折り合いがつかなくなったためとしている。エステートとともに共同プロデュースを手掛けるColumbia Live Stage社は現在、2020年夏にいきなりブロードウェイでのこけら落としを目指しているとのことだ。

今のところ、ジャクソンの名声はあまりにも大きいため、失墜することはなさそうだ。彼の忠実なファンは十分に頭数がそろっており、結束して彼の名誉を守り切ることだろう。少なくとも、『Leaving Neverland』の衝撃が消えるまでは。

サルター氏も、ドキュメンタリーの長期的影響をそれほど懸念していないようだった。「最悪の事態は、ライセンス契約を結んだ企業が連絡してきて、契約を解除すると言ってきたと場合です」とサルター氏。「そうなれば、我々は彼らの最大の競合相手に接触して、契約をと取り付けますよ」