シンガポールでは長期休暇は当たり前。だが制度上の「秘密」もある(筆者撮影)

ファイナンシャルプランナーの私が、日本からシンガポールに生活の拠点を移してから早3年。さまざまな点で日本との違いを実感してきましたが、その1つが「働き方」です。シンガポールでは、働く人の都合に合った形になっているのです。たとえば、日本のように決められた時間にきっちり昼休みを取ったり、本来使えるはずの制度が使いづらかったりといったことはありません。

シンガポールでは「長期休暇」が当たり前!?

日本では安倍政権による「働き方改革」として、ようやく長時間労働の是正が打ち出されているものの、ほとんどの企業では有給休暇ですら取りにくいのが現状です。

旅行会社のエクスペディア・ジャパンの調査によると、日本の有給休暇の取得率は50%で、世界30カ国中で2年連続最下位という結果に。これに対して、フランス、オーストリアなどの取得率は100%、シンガポールは93%、アメリカは80%と、有給をしっかり消化している国が多いのです。

シンガポールには欧州系の人々も多いためか、とにかくバカンス(長期の休暇)を取っている人がたくさんいます(バカンスの定義はさまざまですが)。知人のインスタグラムを見ると、「この人、本当に働いているの?」と思うくらい、年に何回も比較的長期の旅行に出掛けています。

私もかつて外資系企業で働いていましたが、「年に一度以上は、2週間連続で休暇を取らないといけない」という規則がありました。長期休暇の目的は、リフレッシュすることはもちろんですが、従業員の不正などを防ぐためでもあるのです。

実は、シンガポールでは年次有給休暇のほかに、風邪などの病気のときに休みを取ることができる有給病欠(MC)という制度があります。この休暇があるため、日本人のように風邪なのに無理して会社に行ったり、病気に備えて有給休暇を貯めておくという発想もありません。シンガポール人は、このMCを使い倒しているのです。

たとえば、年次有給休暇が14日間、MCが14日間だとすると、年間で28日間休む権利があることになります。多くの人はまずMCから消費していって、有給休暇はバカンスのために使っています。

MCを申請するには医師の診断書が必要ですが、医療機関に申請すると1000円ほどで出してくれます。後日提示すればよい場合が多いので、当日は電話1本で休むことができます。医師も慣れたもので、日数なども柔軟に調整してくれ、とても便利です。子どもの習い事なども、医師の診断書があれば振り替えできる場合もあって、私も作成してもらったことが何度かあります。シンガポールで生活をしていると、MCは非常に身近で、多くの人が利用しています。

日本のような「一斉にランチ」はない

有給の使い方としては、連休明けの月曜日や休日前の金曜日に取る人が多いようです。平日の昼間のセールに来ている女性をよく見掛けますが、仕事の合間に来ているほか、有給休暇やMCを利用して来ている人も結構多いようです。

オフィスで働いている人とランチをしても、日本の会社のように12時から13時までの1時間きっちりではなく、好きな時間に、場合によっては1時間半程度と自分の裁量で決められるようです。なので、多くの日本人のように12時に一斉にランチに出掛けて、お店が混雑していて入れないことも少ないのです。また、ランチタイムにジム通いや習い事をしている人もいます。そのため、スポーツジムが併設されているオフィスビルをよく目にします。

また、基本的に残業をする人が少なく、ほとんどが18時になるとさっさと帰ります(あるいは飲みに行ったり遊びに行ったりします)。

と、ここまで書くと「シンガポールの人は緩いのではないか」と思う読者もいるかもしれませんが、そんなことはありません。もちろん、日本人以上に働いている人もたくさんいます。たとえば、米系企業で管理職をしている外国人やシンガポール人などですが、その分給料もしっかり高いのです。逆に言えばそれ以外の役付ではない職の人(「アソシエイト」などと呼ばれる)は、仕事のためにプライベートを犠牲にすることはあまりありません。ワークライフバランスがしっかりとれている人が多いようです。

いわゆるホワイトカラーがこのようにメリハリをつけて働く一方で、月収9万円程度で働く現場系の人たちもたくさんいます。日本から来たばかりのころ、部屋に不備があって配管工などに仕事をお願いしましたが、残念ながら、約束の時間を守らない、道具を持ってこない、部屋を水浸しにしたり、粉まみれにして足跡をつけたまま帰る、といったことは日常茶飯事でした。また、飲食店でまだ食べている途中でもスタッフが平気でお皿を下げてしまうこともよくあります。店先に貼られている時給600円程度でのアルバイト募集を見ると、「この額では多くを求めても仕方がないのかな」と思ってしまいます。そうした人たちの立場に立ってみると、「これだけしかもらっていないのだから、ここまでしかやらない」というスタンスなのです。お客も「低価格なのに高品質」までは求めていないので、それでも成り立ってしまうのでしょう。

「低価格なのに高品質」をやり過ぎると自分の首を絞める

このように、シンガポールのほとんどの人は十分に余暇が取れて、仕事のストレスが相対的に少ないからでしょうか、他人に親切で優しい印象を受けます。電車や街中でイライラしている人が圧倒的に少なく、東京でよくある車内でのケンカなどはほとんどありません。障害者や子連れに手を差し伸べる人がとても多いのにも驚かされます。


こうした日々を送っていて思うことは、「もっと日本企業も有給休暇をより取りやすい空気にし、残業を減らす方向に変えるべき」だということです。また、外食などのサービス業での「低価格なのに高品質」に慣れすぎている消費者が、過度にそれを求めることをやめなければ、労働条件の改善は実現できません(日本のサービスはすばらしいのですから、取れるところは取って、もっと価格を上げるべきです)。そうしないことには、値段が上がらず、給料も上がらないという悪循環から抜け出せません。

こう言うと、「物やサービスが売れなくなる」「それはきれいごとで、仕事が回らなくなる」と思われるかもしれません。しかし、シンガポールの1人当たりGDP(2017年)は9位(5万7713ドル)と、日本の25位(3万8439ドル)よりもずっと高く、日本より生産性が高いことがわかります。

日本の商品やサービスは良い割に値段が安すぎます。まずは、「値段を上げる」、もしくは「過剰なサービスを削る」などをして労働環境の改善をどんどん進めるべきです。