護衛艦「いずも」「かが」を改造し、F-35Bを搭載するという案が大きく取り沙汰されて久しいですが、運用まで考えると、はたしてどれほどの戦力になるのでしょうか。フォークランド/マルビナス戦争における英海軍の事例をもとに考察します。

いずも型「軽空母」は実現可能かもしれないけれど…?

 近年、海上自衛隊が保有するいずも型ヘリコプター搭載護衛艦「いずも」「かが」に対して、垂直離着陸戦闘機F-35B「ライトニングII」を運用する能力を与えるか否かという問題が大きな話題となっています。実際2018年5月には、ある全国紙において離島防衛のためにも導入すべきであるという社説が掲載されました。


空対空装備の「シーハリアーFRS.1」。「インビンシブル」から発艦する様を再現。この展示機は実際にフォークランドで「ミラージュIII」を撃墜した武勲機(関 賢太郎撮影)。

 もし、いずも型にF-35Bを搭載した場合、どの程度航空戦力が増強されるのでしょうか。いずも型とほぼ同規模であるイギリス海軍空母「インビンシブル」「ハーミーズ」が垂直離着陸戦闘機「シーハリアーFRS.1」と「ハリアーGR.3」を搭載し実戦を行った1982(昭和57)年の「フォークランド/マルビナス戦争」から、その実態を探ってみましょう。

 フォークランドに投入された両艦の艦載機は、補充や損失があるため時期によって多少前後しますが、空対空戦闘能力を持つ「シーハリアーFRS.1」の20機(両艦の合計値)が主力となりました。また「ハーミーズ」にのみ空軍の対地攻撃機「ハリアーGR.3」が5機程度艦載されました。合計が31機を上回ったことはなくおおむね20機台であり、おそらくいずも型も1艦あたりの戦闘機搭載数はほぼ同等の10機強となるでしょう。

 この戦いにおける「シーハリアーFRS.1」の戦果は伝説的です。戦争期間を通じ「シーハリアーFRS.1」は、空中戦では1機の被撃墜なく20機前後のアルゼンチン空軍機を撃墜するという圧倒的な大戦果を挙げています。また「ハリアーGR.3」も爆撃によって地上部隊を支援しました。

 ただ「シーハリアーFRS.1」「ハリアーGR.3」は、華々しい活躍とは裏腹に、その運用はかなり厳しいものでした。これら戦闘機1日あたりの出撃数は、1機あたり1回強に過ぎません。戦闘機は必ず2機編隊で行動するため、「シーハリアーFRS.1」は空母2隻をもってしても事実上、1日に10個編隊しか作戦を行うことができず、また航続時間は1飛行時間に限られるため、艦隊防空はほぼ1個編隊だけで行わなくてはなりませんでした。

「インビンシブル」、もう少しで沈んでた?

 空母2隻あわせても常に1個編隊しか飛ばすことのできない穴だらけの防空網しか実現できなかったにも関わらず、イギリスが勝利することができたのは、相手がアルゼンチン軍であったということに尽きます。アルゼンチン軍には強力な攻撃機であるフランス製の「シュペル・エタンダール」と、これに搭載可能な空対艦ミサイル「エグゾセ」がありましたが、導入したばかりでありほとんど数がありませんでした。


イギリス海軍のインビンシブル級航空母艦1番艦「インビンシブル」。1980年就役、2005年退役(画像:イギリス国防省)。

 しかしそれでもアルゼンチン軍は、駆逐艦「シェフィールド」、そして補給のために「シーハリアー」「ハリアー」を積んでいたコンテナ船「アトランティック・コンベイヤー」を撃沈することに成功。特に「アトランティック・コンベイヤー」はイギリスの両空母から2kmないし3km程度しか離れていない場所を航行中にエグゾセが命中しており、たまたまエグゾセの誘導装置が「アトランティック・コンベイヤー」を捉えたため、たまたま空母が助かったにすぎませんでした。

 もしアルゼンチン軍があとほんの少しでも多くの「シュペル・エタンダール」とエグゾセを持っていたならば、「インビンシブル」「ハーミーズ」の両空母を待ち受ける運命はかなり厳しいものであったはずです。

 イギリスの空母は1艦あたり約10機を搭載した「シーハリアーFRS.1」を、なぜ1日に2回3回と出撃させることができなかったのでしょうか。

 その理由は「インビンシブル」「ハーミーズ」ともに小型の空母であるという点にほぼ集約されます。戦闘機の発着時は甲板を占有してしまいますし、整備も限られたスペースでなんとかやらなければなりません。「インビンシブル」や「ハーミーズ」、いずも型のような2万tクラスの軽空母は1日に全体でおよそ40出撃回数が限界となってしまいます。1日に40出撃回数と聞くと少なく思えるかもしれませんが、発艦40回と着艦40回の合計80回を狭い甲板でこなすのですから大変な数字です。

戦闘機の発着だけじゃない空母の役割

 空母の役割は戦闘機の運用だけではありません。対潜哨戒ヘリコプターを常に1機パトロールさせるには、これも1日に12回は出撃しなくてはなりません。もしヘリコプター型早期警戒機もパトロールさせるならばさらに12回。離島防衛などの任務では輸送ヘリコプターも発着させなくてはなりません。さらに戦闘機の発着時には救難ヘリコプターを滞空させておく必要があります。

 こうした任務をこなしつつ戦闘機を運用するのですから、いずも型にF-35Bを10機強搭載しても、やはり1日に1機当たり1回、最大限戦闘機の運用に特化し夜間の出撃を行ったとしても1機当たり2回の達成は厳しいでしょう。


海上自衛隊いずも型護衛艦1番艦「いずも」。2015年3月に就役。艦名は出雲国に由来し、日本の艦艇としては2代目にあたる(画像:海上自衛隊)。

 小型空母に比べれば、陸上飛行場の出撃回数はほとんど無制限と見なせます。たとえば那覇空港は滑走路1本しか持ちませんが、それでも1日あたり200機以上の旅客機が発着し、さらにF-15J戦闘機50機をはじめP-3C哨戒機、E-2C早期警戒機、CH-47J輸送ヘリコプターほか多数の機種を運用しており、小型空母では物理的に困難な5分以内に2機を出撃させるスクランブル発進や10機以上を同時に発進させるといった運用も余裕です。

 空母に搭載された戦闘機は、フォークランドでの例のように本国から遠く離れた場所で運用してはじめて意味を持ちます。外国で作戦を行うならともかく、離島防衛を目的にF-35Bを艦載する意義はまったくありません。それならば既存の基地に通常離着陸型F-35Aと空中給油機を追加配備した方が、同じ投資ではるかに大きな戦力を実現できるでしょう。

【写真】フォークランド戦争といえば「エグゾセ」ミサイル


フォークランド戦争へ実戦投入され広く知られたフランス製の「エグゾセ」ミサイル。空対艦(写真最左)ほか各種バリエーションがある(画像:prestonia/123RF)。