4月11日にソニーが発表したワイヤレスイヤホン「Xperia Ear Duo」(4月21日発売、直販価格2万9880円)。イヤホンではあるが、実はまったく新しいジャンルの製品だ(筆者撮影)

近年、“ヒアラブル”という新しいジャンルの製品が注目されはじめている。ヒアラブルとは“Hearable”。すなわち、“聴覚”と“身にまとう”の2つをつなげた造語だ。音声認識技術と音声合成、それにAI技術の進歩が生み出した新しいジャンルは、昨年、一部で話題となった。しかし、個人的にはヒアラブルなデバイスに、あまり強い興味は惹かれなかった。

ヒアラブルデバイスを評価するうえでのポイントは、日常生活へどこまで溶け込めるかにある。

たとえば音楽を聞くために特化したワイヤレスイヤホンとヒアラブルデバイスの違いはどこにあるだろうか。それを結論から記せば、スマートフォンに対する情報のインプットとアウトプットの有無だ。これだけではピンと来ないかもしれない。詳しく説明していこう。

ヒアラブルデバイスは別カテゴリーだ

ヒアラブルデバイスが、単なるワイヤレスイヤホンではなく、別のカテゴリーとして定義されているのは、スマートフォンを中心としたアプリケーションやサービスを利用するためのデバイスとなっているためだ。ヒアラブルデバイスとワイヤレスイヤホンの違いは、一般的なスピーカーとスマートスピーカーの違いに近い。

ヒアラブルデバイスは「音声認識による操作」「音声ガイダンス」「音声による通知や情報の読み上げ」といった要素を耳に装着する装置へと集約、商品の企画を再構成したものと言える。これまでにもいくつかの提案がされていたが、個人的には今ひとつ“これは未来を示している”とは思えないものが多かった。

しかし、4月11日にソニーが発表した「Xperia Ear Duo」(4月21日発売、直販価格2万9880円)は、まったく新しいオーディオジャンルを作り出す可能性を秘めている。この商品を「長所」と「短所」の両面からみていこう。


「Xperia Ear Duo」はソニーのロゴ入りケースに収められている(筆者撮影)

まず製品の「長所」からみていこう。

タッチパネルを使ったジェスチャーで音声アシスタントを呼び出して情報を引き出したり、あるいは音声でスマートフォンを操作、あるいは着信した情報の読み上げなどを行ってくれる点などは、ヒアラブルデバイスとして順当な機能といえる。

装着したことを検知し、その時点での最新ニュースを読み上げてくれたり、前回の使用中に音楽を再生していたならば、読み上げ後に自動的に音楽を再生してくれたり、1日の始まりにニュースを伝えたりしてくれる。

多くの場合、アプリやサービスがもたらす機能や価値は過大な評価が与えられがちだ。アプリとサービスに共通する部分、すなわちソフトウエアで実現できる機能は、あっという間に真似をされ、時にはもっと進化した形で“我こそがオーソリティである”と宣言されることすらある。いや、あらゆる形でハードウエアが開発され尽くした現代では、それでもアプリやサービスで差異化をしなければならないのかもしれない。

しかし、Xperia Ear Duoはオーディオという成熟した技術の枠組みの中で、他とは決定的に異なる価値観を引き出してみせた。今後、この製品の後を追う製品が出てくるかもしれないが、それでも本製品のユニークさ、先進性が色褪せることはないだろう。

Xperia Ear Duoは、いわゆる左右独立型の“完全ワイヤレス”なステレオイヤホンだが、その位置付けはハイファイ向けのイヤホンとは少々異なっている。

音質ではなく機能面でのユニークさを訴求した製品に、同じくソニーモバイルコミュニケーションズが発売していたXperia Earがある。しかし、この製品が片耳だけに装着するモノラル構成だったのに対して、Xperia Ear Duoは左右の耳に装着するステレオ構成になった。

そして、このステレオである点が、後述するように、本機がきわめてユニークな存在と言い切れる理由にもなっている。

スマートフォンを活用するためのデバイス

ヒアラブルデバイスといっても、そのコンセプトはメーカーごとにさまざまだが、スマートフォンとともに使用し、身にまとうように装着するオーディオデバイスという点は共通している。一般的なイヤホンと異なるのは、音楽を聞くためだけではなく、スマートフォンを活用するうえでつねに装着したいと思うデバイスであるということだ。

そして、Xperia Ear Duoは毎日、常時装着していても快適で、しかも周囲の音を100%遮断しないという点が実に新しい。

本機で聞く音楽は決して“最高の音質”というわけではない。一般的なオーディオ用イヤホンの枠組みで言えば、低域が不足しているうえ、解像力も限定的。情報量が少ないため、音場に漂う空気感を表現しきれない……といった評価になるだろう。

しかしながら、Xperia Ear Duoの本質はそこではない。“最高に快適”に聴覚を通じたコミュニケーションをもたらす、まったく新しい感覚のデバイスなのだ。

装着して音楽を聞いていても、周囲の音はそのまま聞こえてくる。街中を歩いているなら、装着していないときと同じぐらい周囲の状況を詳細に感じられる。好きな音楽をバックグラウンドに流しながら、友人から話しかけられれば、そのまま会話を続けることができる。かつて、このようなデバイスがあっただろうか。

こうしてXperia Ear Duoで音楽を聞きながら原稿を書いている間にも、キーボードを打鍵する際のパタパタというノイズがそのまま耳に飛び込んでくる。


左右独立型のワイヤレス設計(筆者撮影)

まるで喫茶店の店内に流れる音楽やラジオと同じように、いつもの生活の中に自然に音だけが漂っている感触だ。この感覚は、他のあらゆるオーディオレシーバでも味わったことがなく、イヤホンやヘッドフォンというカテゴリに縛られない。

しかも、これだけ軽快、開放的な装着感でありながら、Xperia Ear Duoを適切な音量で使っている限り音漏れが少ない。静かな部屋ですぐとなりにいれば、何かの音が出ていることはわかるが、少しでもざわついた環境ならば、ほとんどの場合、気づかれもしないだろう。いわゆる、“シャカシャカ音”は気にしなくていい。

軽快さと安定性を両立

本体を下側から耳の裏に通し、音導管がぐるりと耳たぶを迂回する形で耳に引っ掛ける本機の装着方法は、慣れるまでなかなかスムーズに装着できないかもしれない。しかし、その装着感の軽快さは、見た目よりもさらに軽い。バッテリー持続時間は連続再生4時間だが、4時間、バッテリーが切れてしまうまで使い続けても、違和感を覚えることはない。

しかし、驚くべきはその安定性だ。

初めて装着したときにはあまりに開放的で装着している感触が薄いため、落ちてしまわないか不安になったものだが、左右独立型のワイヤレスイヤホンの中ではトップクラスの安定性がある。

本機を装着してジムでトレーニングやストレッチを行ってみたが、寝っ転がっても身体をねじってもまったく問題ない。たとえば、ランニング用イヤホンなどは、着地時に下向きにかかる衝撃を利用して外れにくい構造にしているが、寝っ転がってストレッチをしていると外れやすい。

ところが、Xperia Ear Duoはその両面(すなわちランニングでの使用)も含めて実に快適だ。汗を大量にかくような気温で使ったとしても、そもそも耳道を密閉しないため汗がたまることもない。

気温20度の中で40分ほどランしてみたが、周囲の状況を完全に把握できるうえ、安定して外れる心配がなく、トレーニング中に緊急のメッセージが入ったら音声で教えてもらえる。もっとスポーツ時の利用に関して、ソニーは訴求すべきだろう。

さらに耳たぶを迂回させる装着法は、メガネの装着を邪魔しない。普段からメガネを使っている人はもちろん歓迎だろうが、たとえばサングラスを好む人にとっても喜ばしい。


タッチパネルのジェスチャーはカスタマイズできる(筆者撮影)

タッチパネルのジェスチャーを用いれば、音声アシスタンスはもちろん、音楽再生などの操作も簡単。着信メールの読み上げを途中でやめてほしければ、右タッチパネルに一秒間触っているだけでいいし、左タッチパネルをワンタップすれば音楽の再生/停止となる。もちろん、こうした操作の割当はカスタマイズが可能だが、実はもうひとつ面白い機能がある。それがヘッドジェスチャーだ。

たとえば通知内容の読み上げを中断させる際、前述したようにタッチパネルでも操作は可能だが、単純に首を左右に振ると即座に止めることができる。アシスタンスがイエス・ノーの確認を行う際にも、音声ではなくうなずくか首を振るかで意志を表示可能だ。

既定値ではオフになっているが、顔を右あるいは左に向けたうえで正面に戻すと、楽曲のスキップを行うこともできる。

さらに日本向けには特別な改良が行われたことも発表されている。

日本市場向けに追加されたいくつかの機能

スペイン・バルセロナで開催されたモバイルワールドコングレス(2月26日〜3月1日開催)ですでに発表されていた本機だが、日本市場に投入するにあたっては特別な機能がいくつか追加されている。

ひとつがLINEへの対応だ。

着信したメッセージの読み上げなどは、他アプリケーションも含めAndroid自身の通知機能を通じて行ってくれるが、さらに音声を使ってのLINEメッセージ発信、LINE MUSIC再生、LINE Clova呼び出しなどを行える。

LINEの発信相手は本名やIDなどではなく、LINEのアプリ上で設定する名前を使って行う。これはAssistant for Xperiaが認識、発信しているのではなく、Clovaを通じてのLINEメッセージ送信を呼び出しているようだ。実際に発信してみたが、かなり高精度の音声認識が実現できていた。また送信時にはClova経由であることが相手にもわかるので、万が一、音声から文字へぼ変換が少々おかしくても、相手は笑って許してくれるだろう。

もうひとつはradikoの呼び出しである。Assistant for Xperiaは登録したアプリを音声起動できるが、radikoに関しては内蔵機能として呼び出しに対応しており、アプリさえインストールしておけば、いつでも呼び出せる。

漂うように音が聞こえてくる自然なリスニング感覚は、ラジオとの相性が極めてよい。特別に対応したのは大正解だ。

ダークサイド、ライトササイドと言いつつ、明るい面ばかりの絶賛調となってしまったのは、Xperia Ear Duoに現状、ライバルと思える製品がないことが理由だ。

本機のハードウエアはイヤホンというよりも補聴器に近い印象だが、そうしたハードウエア構成を採用しながらも、音質面で“嫌だ”と思わせるところがない。高音質か否かという切り口で言えば、一般的なイヤホンのほうが高音質である。しかし、音の質の面で言えば上手に整えられている。そこはさすがにソニーという会社のDNAなのだろう。

続いて「短所」についてもみていこう。Xperia Ear Duoにはいくつか改善すべき点もある。

課題は「バッテリー持続時間」

まず、ないものねだりであることを承知で書くならば、たった4時間のバッテリー持続時間はいかにも短すぎる。バッテリー兼用ケースを使えば16時間使えるのだし、一般的なイヤホンならば、4時間でも不満は出ないかもしれない。しかし、本機は常時装着することで、スマートフォンに届く通知・情報を音声で知ることができる道具でもある。

本機を使いながら本を読んだり、アイデアを練っているとスマートフォンの画面に目を落とす機会が激減する。なぜなら、画面を見なくとも、誰からどんなメッセージが入っているかを知ることができるからだ。同じ理由で、駅での電車乗り換え時などに新着メッセージのチェックをいちいち行うなどの癖もなくなり、他のことに集中したり、リラックスして周囲の状況に注意を払えるようになる。

こうした素晴らしい特徴を生かすためにも、最低でも再充電なしに8時間程度のバッテリー持続時間は欲しいところだ(なお、筆者が実際に利用したところ連続で5時間ほど利用できた)。

次にAssistant for Xperiaは音声の認識率はいいのだが、機能が極めて限定的だ。LINE対応やClova連携機能、radiko連携機能など日本向けの対応が行われており、グーグルのアシスタンスサービス(iPhoneの場合はSiri)を呼び出せるのだから、本格的な音声操作はそれらを経由して行えばよいという意見もあるだろう。

しかし、radikoに対応している……というのなら、Xperia Ear Duo単体でradikoの選局ぐらいはしてほしい。


音声でClovaのアシスタンスサービスを呼び出す(筆者撮影)

radikoは曲スキップ操作で選局する機能があるため、ヘッドジェスチャーを使えば選局できるが、目的のラジオ局の周波数が遠いところにあった場合には何度も首を振らねばならないうえ、どの局が選ばれたのか音声アナウンスがないため特定局を指定しようとすると、スマートフォン本体に手を伸ばさなければならない。

音声でClovaやGoogleのアシスタンスサービス呼び出したあとに、それらの音声アシスタントに尋ねなければならない。複雑なことは本格的な音声アシスタントサービスに任せなければダメというのでは自己矛盾だ。“タッチパネル操作をカスタマイズして、直接呼び出せばいいではないか”との意見もあるだろうが、こうした製品は、そうした使いこなしを求めるべきものではないと思う。

もうあと少し柔軟性があればいいだけだ。

細かい点をもうひとつ。“今日の天気は?”と尋ねて天気予報と最高気温、最低気温を知ることができるのはいいが、“現在の気温は?”と尋ねて同じ情報が出てくるのはやはり違和感がある。コンビニに行くとき、軽くジャケットを羽織るかどうかを知りたい、あるいはランニングに出るときにパーカーを着るかどうか決めたいだけなのだから。

iPhoneユーザーは機能に制限がある

またヘッドジェスチャーも、現時点ではやや慣れとトレーニングが必要と感じる。ファームウエアでの改良もおそらくは可能になっていると予想する。より洗練された操作性への改良を期待したい。

なお、iPhoneでの利用時、音声アシスタント機能は直接Siriを呼び出すこととなり、音声読み上げ通知なども行えないという。これはiOS側の制約であり、ソニー側の責任ではないが、iPhoneユーザーは“何ができないか”を公式ウェブサイトでよく調べておくことを勧める。

昨年からいくつかのヒアラブルデバイスを体験してきたが、どれもいまひとつ食指が動かなかった。コンセプトには賛同できても、長時間の装着に耐える快適性が得られないとも感じていたからだ。

しかし本機はハードウエア面での差異化が明確にされている。ソフトウエア側での改良が継続的に行われることを期待できるのであれば、現時点での不満も将来的には緩和する可能性もある。他に明確なライバルもいない。

ひとたび使い始めれば、手元を見ながらスマホ歩きしたいという衝動も大幅に少なくなる。スマートフォンの使い方が変わる画期的なデバイスを使ってみたい。そう思うならば、迷わず手にするべき製品といえるだろう。