渋谷系企業が"社員の猫背"を注意するワケ

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会社の業績アップにはなにが必要か。いまDeNA、ミクシィ、東急電鉄といった「渋谷系」の企業が、「そのためには従業員の健康が必要だ」と考え、健康経営に取り組んでいる。病気を治すのではなく、パフォーマンスを上げるための“健康”とは、一体なにか。後編はミクシィと東急電鉄の事例を紹介しよう――。

※本稿は、雑誌「プレジデント」(12月4日号)に掲載した「なぜ、渋谷の会社で『健康経営』ブームが拡大中か?」を再編集したものです。

■組織の健康推進者、動く

2016年7月、ウェルネコに加わったミクシィの場合、渋谷区観光協会の理事長から森田仁基社長に入った1本の電話がきっかけだった。DeNA CHO室の平井孝幸が観光協会を訪れ、「健康経営を渋谷で広げていくために何か一緒にできませんか」と話すと、その場で電話を入れてくれたのだ。

ミクシィは渋谷で事業を続けてきた企業として、夏祭りなど渋谷を盛り上げるイベントを企画してきた。人事部企画グループの根岸久美子は「渋谷の活性化のお役に立てればと思いました」。ただし根岸は最初「健康経営」という言葉を聞いたときに「会社を健全に経営することかな?」と思うくらいに疎かった。だが、個人的には健康に人一倍関心があった。

「新卒で入った会社を、健康を害して辞めてしまったんです。若いのを過信し、食事や睡眠より目標達成だとがむしゃらに働いて数年でダウンしてしまいました」

健康だから自分の本来の力を発揮できる。そう思い知った根岸は、いまは毎日朝5時に起きて2時間、20キロほど走っているという。もちろん、会社として健康経営に取り組むとなると「部署としてコミットする必要がありますから」と気を引き締める。

ウェルネコへの誘いを受けて健康経営を本格的にスタートさせたミクシィと違い、東急電鉄は健康経営銘柄に3年連続で選ばれる企業だ。東急病院を有し、電車の運行という安全第一の事業なので当然とはいえ、以前から社員の健康管理に力を入れてきた。人材戦略室の下田雄一郎と小松原岳が、平井から「渋谷からの発信であるからには東急を外すわけにはいかない」とアプローチを受けたのは16年4月のことだ。

小松原は以前の部署で東急沿線のヘルスケアの企画も担当。それ以前にはフィットネスクラブの立ち上げに携わっている。学生時代に体育会野球部だったというバックグラウンドもあったことから、開業後はインストラクターを務めた。

「フィットネスクラブに通う人と触れ合う中で、健康であれば毎日生き生きと充実することを肌感覚で知りました。健康経営にはすごく興味がありましたし、当社もちょうど渋谷のブランディングを考えていたので、渋谷を切り口にオフィスワーカーの健康を発信するのは面白いと感じました」(小松原)

健康経営の先達にも平井の手法は学ぶ点が多かった。たとえばDeNAで推進していたセミナー活動にならって、自社でも睡眠セミナーを開催してみた。

「参加者は年齢層の高い人が多いと予想していました。でも、仕事の生産性を上げる睡眠を強調すると、若い人もたくさん参加し、睡眠と仕事の質の関係に多くの人が興味を持っていることがわかりました」(下田)

東急電鉄が渋谷からの健康発信に関し、今後仕掛けたいと思っているのが「ウォークビズ」だ。クールビズのウォーク版で、自社では歩きやすい靴(機能的な革靴やスニーカー)での通勤・勤務を推奨し、ひと駅歩くことや社内もエレベーターでなく階段を利用しようと呼びかけてきた。それを渋谷の街全体に広げたいと構想する。

■日本を健康にする「とっておきの仕掛け」

ウェルネコは参加企業対象の健康アンケート実施や、1カ月に1度程度開く、お互いの取り組み状況などを話し合う情報交換会、さらには健康を気遣う渋谷の飲食店を紹介するアプリ「ウェルメシ」の開発を行ってきた。

アンケートは、健康経営を進めるうえで自社の立ち位置を知る材料となる。自社内でアンケートしても他社と比べて健康度が高いのか低いのかわからない。ウェルネコのアンケートで、健康に関心がある人は87%と高いのに、健康だと思っている人は54%と落ちる。さらに睡眠で十分休養が取れている人は27%。それに比べて自社はどうかと比較することができ、KPI(重要業績評価指標)作成のヒントになる。

50社以上の企業に健康経営のヒアリングをしてきた結果、平井は上手くいく企業の共通点は「明確な数値目標」の設定にあると捉えていた。

「KPIを作成してゴールを設定すれば、健康経営を経営に資する(貢献する)取り組みとして位置づけることができる。この『明確な数値目標』に加え、『成果の見える化』『現場目線』の3つが健康経営を企業文化に根付かせるためには必要です」(平井)

こうして平井が渋谷の企業を巻き込みながら大きくしてきた健康への取り組みが、いままたさらに広がろうとしている。今年8月30日に一般社団法人日本健康企業推進者協会(JWCLA)を設立。関係者へのプレ講義などを経て、11月中旬より自社の社員に健康を普及させる「健康企業指導員」の育成を目的にした研修をスタートさせる。

「『渋谷』で蓄えたナレッジを体系化し、プログラムとして渋谷の外にも公開していけば、日本全体が健康になっていきます」(同)

ウェルネコによる今後のプロジェクトとしては、来春に東急電鉄発のウォークビズのイベントの開催も計画される。さらに平井はその先を見据える。

「渋谷駅からヒカリエに続く通路に電光掲示板があります。いまは液晶に広告などが映りますが、1、2年後にはその前を通る人の歩く姿を映したい」

永らく温めていたこの企画の実現に向けても日々奔走し、そこで会う人々に想いを伝え続ける。

「健康経営を進めていくと数年後には、歩く姿勢や健康状態がこんなに変わるんだと証明したい。そうすれば日本中の自治体が健康経営に興味を持ち、もっともっと大きなうねりを起こせるはずですから」(同)(文中敬称略)

▼すぐに使える! 健康になる歩き方

悪い歩き方の典型は、頭が少し前に出て、膝が緩み、腰が引けた姿勢です。一方、よい歩き方は腰が入った姿勢。母指球(足裏の親指付け根のふくらみ)と膝と腰の位置が一直線になるような姿勢を保ち、胸を張り、右、左、右と、踏み出したほうの足に全体重をかけて歩きましょう。目線が上がり、呼吸量も増えて脳に酸素が回りやすくなるので、気分も爽快です。

よい歩き方を身につけるためには、ちょっとしたレッスンがあります。即効性があるのが踵歩き。膝の緩みがとれて、下半身の動きがスムーズになり、疲れづらくなる。もう1つは後ろ歩き。自然と首が伸びて頭の位置が高くなるので、見た目もよくなります。(平井)

■渋谷発「健康経営」組織はこうしてつくられる

導入編 ミクシィ
社員の健康課題を吸い上げて、施策を次々実行

「社員に長く働いてもらいたい」という森田社長の意向のもと、2015年にマッサージルームを設置したミクシィ。

健康取り組みへの下地があったものの、健康経営の必要性を感じはじめたのは、ウェルネコへの参加の誘いを受けてから。社員の腰痛や肩こり、睡眠不足、不規則な食生活などの健康課題をつかんだのは、16年4月に新入社員の歓迎会を開いたときに全社員に行ったアンケートだ。自由記入欄に「もっと身体を動かしたい」という意見が書かれていた。

「社内交流イベントを2カ月に1回くらいの頻度で開くので、身体を動かすイベントも企画しやすい。その意見を受けて、平井さんからお力添えもいただき、実際にヨガ教室を開催しました」(根岸)

それからは健康対策として、バランスボードやトランポリンの試験的導入、添加物を極力減らしたお惣菜をオフィスに常備するサービスを展開する「オフィスおかん」の導入など次々に施策を展開。

現在、ウェルネコで他社の健康経営事例を参考にしながら、ミッションや健康経営の達成度を評価するためのKPIの作成に追われている。

展開編 東京急行電鉄
都や国を巻き込んだウォーキングイベントを計画

「『人の成功と失敗の分かれ目は、第一に健康である』と創業者の五島慶太は言っています」(下田)

その言葉通り戦後に東急病院を設立し、社員の健康管理に注力してきた東急電鉄。健康経営への本格的な取り組みは2015年からになる。16年2月には現副社長がCHOに就き、従業員の健康とともに沿線住民の健康を充実させる目標を立てて健康宣言を制定した。健康経営の重点施策として、「がん対策」「メンタルヘルス対策」「生活習慣・運動対策」の3つを掲げる。

生活習慣・運動対策は、駅ごとに社員の肥満度を表すBMIを調べ、数値の悪い駅をピックアップ。職場対抗で半年間のプログラムを行うと、肥満社員には一定の効果があった。一方、半年間の間に「参加者に中だるみもあった」(小松原)と反省する。

そこで16年秋から、日々、歩く習慣を身につけるためにウォーキングの推進に注力。職場対抗で部署ごとに平均歩数と参加者数の両方を評価軸とするウォーキング選手権やウォーキング大会を実施した。

今年9月に開催されたウェルネコでも、最初に「ウォークビズ」と言いはじめた博報堂と一緒になって「FUN+WALK」のプロジェクトを進めている様子を発表。都やスポーツ庁を巻き込んでのムーブメントを渋谷から起こそうとしている。

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平井孝幸
DeNA CHO室 室長代理/渋谷ウェルネスシティ・コンソーシアム理事長健康経営アドバイザー
2004年慶應義塾大学商学部卒業。OA業界の営業職、ゴルフのレッスンコーチを経て11年DeNA入社。人事部所属中の16年1月、CHO(Chief Health Officer)室を創設。
 

根岸久美子
ミクシィ 人事部企画グループ
 

下田雄一郎
東京急行電鉄 人材戦略室 労務厚生部 統括部長
 

小松原 岳
東京急行電鉄 人材戦略室 労務厚生部 労政課主事
 

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(Top Communication 撮影=小野田陽一、小田駿一、市来朋久)