過去には焼身自殺も…駐韓米大使襲撃を凶行した男の過激な素顔
現役の駐韓米国大使が襲撃されるという前代未聞の事件が起きた。韓国の活動家キム・ギジョン容疑者は3月5日、リッパード駐韓米大使を襲撃。顔や手を刃物で刺し、80針を縫う重傷を負わせた。事件発生直後、パク・クネ大統領はキム容疑者の犯行を「米韓同盟に対する攻撃」だと厳しく非難した。
はたして、キム容疑者が駐韓大使を襲った理由は何なのか。
キム容疑者は反日運動家、統一運動家、そして反米運動家という顔を持つ、韓国で名の知れた左翼運動家だ。米軍の軍事的関与を排し、民族自決の精神に則った朝鮮半島の統一を果たすことを政治的悲願として掲げていた。そして、今回は米韓合同軍事訓練の中断を主張し、凶行に及んだとされる。またキム容疑者が北朝鮮に幾度となく訪問した過去もあきらかになっている。その思想的背景に北朝鮮の主張が見え隠れすることに起因してか、キム容疑者と同国の繋がりもまことしやかにささやかれ始めた。
韓国当局の発表もメディアと歩調を合わせているように見える。政府担当部署や検察は「事件の背後関係を洗う」と強調。北朝鮮の事件への関与を暗にほのめかしながら捜査をすすめる意向だ。
「おそらく背後関係を洗うというのは、国民に向けたポーズでしょう」
そう話すのは、政府の動向に詳しい韓国軍のOBだ。
「北朝鮮がキム容疑者をけしかけてテロを企てたとは考えにくい。韓国では、一度でも北朝鮮を訪問した人間は厳重な監視下におく。北朝鮮側がそれを知らないはずもありません。キム容疑者が韓国当局の制止をふりきって、北朝鮮を訪問していたのは明白だった。そのような目立つ人間を北朝鮮側がけしかけるというは、あまり合理性がありません。仮にやるとしたら秘密裏に、また自分たちのコントロールできる人間を使うでしょう。そして、韓国政府としてもそれを理解している。キム容疑者は、きわめて個人的な動機で大使襲撃に走った可能性が高い」
焼身自殺未遂の過去で韓国左派も「相手にできない」キム容疑者は運動家として経歴のなかで、韓国保守団体の襲撃を受けた過去を持つ。それは、脳に損傷を受けるほどの深刻な傷だったという情報もある。また、同じ左翼運動家の中からは、「うつ病で精神を病んでいた」、「過激すぎて相手にできない」などと言った証言も散見される。
「キム容疑者が過去に政府への抗議のために焼身自殺を図ったことは、韓国社会ではすでに広く知られている。非常に極端な人物なんです。今回の事件は、冷静かつ正常な思考をできなくなった活動家の、突発的な凶行というのが正しい結論ではないでしょうか」(前出の韓国軍OB)
それでも懸念されるのは、米韓の外交関係の同盟関係だ。例えば、韓国『朝鮮日報』は米国で嫌韓感情が巻き起こり、2国間の同盟関係に亀裂が入ることを憂慮している。韓国政府にとっては由々しき問題であることに変わりはない。
「今回の事件で米韓関係に亀裂が入るのではという意見もありますが、実際は逆。中東などでは米大使が殺されることも珍しくありませんし、オバマ政権は北東アジアのパワーバランスを案じ、外交的、軍事的関係をより一層深める動きを見せるはずです。そう考えると、北朝鮮が今回の事件を仕向けたというのは、ますます現実味がない。米韓の乖離が目的だったとしたら、まったく反対の結果を生む訳ですから。まぁ、今ごろ米国に駐在している韓国大使は平謝りだとは思いますが」(同)
今回の事件は、米政府が中国の台頭を牽制しながら、北東アジアの外交、特に日米韓の同盟関係を強化しようとする大局の中で起きた事件でもある。米韓の同盟関係が“雨ふって地固まる”状況になるとして、日韓関係はどのように変化していくのか。ひとつのターニングポイントとなりそうである。
(取材・文/中川武司)