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『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』の加藤貞顕
『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』の柿内芳文
『織田信奈の野望』の上林達也

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『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』『織田信奈の野望』が集まる。出版業界アベンジャーズ!

9月20日、「cakes×星海社新書 今こそ編集を語ろう! ヒットメーカーが考えるコンテンツのかたち」が開催された。


今年の3月に、初の著書を出した。が、大ヒットということばとは無縁だったので、売り上げ100万部、いや、10万部ですら未知の世界だ。
この場に集ったのは、いずれも何十、何百万部という本を世に送り出している、新しいことをやろうとしている編集者たち。
出版不況とずっと言われ続け、若い人が入ってこない。
「こんなことどうでしょうね」と企画を出しても受け入れられない。さまざまな出版社から交通費、経費がどんどんとカットされていく。
おれ以外の20代のライターなんて、数えるくらいしか見たことがない。同年代を見つけても、次々と辞めていく。
ライター仕事は楽しいし、自分にも合っているが、出版業界の体質は……正直面白くない。

でも、面白いことをやろうとしている人たちがいる。そんな噂を聞きつけ、イベント会場のB&Bに足を運んだ。
このイベントの内容は、出版業界以外の人にも参考になる話だと思う。


出演者は、加藤貞顕、柿内芳文。司会は上林達也(『織田信奈の野望』(シリーズ累計100万部突破)など)。
出版業界の最前線で活躍している編集者たちによるイベントだ。


「兄と父親が編集者だったからなんですよ。本当に入りたかったのは映画業界でした」と柿内。164万部以上を売り上げた『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』や、『99・9%は仮説』『若者はなぜ3年で辞めるのか?』 などを編集し、現在は星海社新書編集長だ。

加藤といえば、なんといっても270万部以上を売り上げた『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』。ほかにも『スタバではグランデを買え!』『英語耳』などのヒット作品がある。。9月11日にコンテンツ配信プラットフォーム「cakes」を立ち上げた。ライター、編集者の飲み会の席では、必ず名前が上がる、いわゆる時の人だ。
「僕は会社員になれる気がしなかったんですよ。あんまり人に関わらなくていい仕事を探したら、学者だと思って大学院に行きました。でも、あまり勉強すきじゃないなと途中で気付いちゃって(笑)。本を読むのが好きだったから、ずっと本を読んでいても怒られない職業はなんだろうなということで編集者に」

大ヒット作をいくつも手がけている加藤と柿内、最初から編集者志望じゃなかったのか。
もともとやりたかった仕事ではないだろうに、なぜ、そんなに売れる本をつくれるのだろか? そのモチベーションはどこからきているのか。意外とシンプルなところに答えは転がっていた。

「『投資信託にだまされるな!』をつくったときは、僕がちょうど株で大損していた時期。これは素人には無理だなと(笑)。調べても、お金をもらって書いているような提灯記事や本しかしかないわけですよ。一番いい情報が載っているのは2ちゃんねるの投資スレくらい(笑)。いい情報をちゃんと本にしたかった」と加藤。2ちゃんねるが一番だなんて、そんなに本が信用出来ない状態があるものなんだ。
『英語耳』をつくったのも同じ理由だという。当時、英語を勉強していると、たまたま英語を勉強している人のサイトを見つけた。その勉強法のなかから、リスニングにフォーカスを当てて、本にした。なんでリスニングの本なのか、それは加藤が苦手だったから。極めて個人的な解決案だった

不満をたくさん抱えていて、それを解決できる人(著者)がいる。つなげると企画になる。

柿内が乗り出す。
「『電車ではどういう吊革の持ち方をするんだろう』とか『なんでマイクを持つときの握り方はみんな違うの』みたいに、当たり前、暗黙のルールを疑うのが社会学。ツッコミみたいなものです。『さおだけ屋』をつくったのも、あるとき、『たけや〜さおだけ〜、1本で500円、2本で1000円〜』と家の前をトラックが通った。これだ! と。10年前も1000円だったよな? と思ったんです。
ちょうど会計学の本をつくろうとしていて、何年経っても潰れない不思議な店を探していた。そのとき、さおだけ屋を見て腑に落ちた。

「無理に企画を立てなくていい。ふつうの生活をしていれば企画が出てくる」
だけど、日常での疑問や、当たり前に対するツッコミ目線をもってるだけでは、あそこまでの大ヒットは出せないだろう? と考えていたら、
「自分の疑問を本にしただけといっても、やっぱり売るには、もっと技術がいるものだと思うのですが、読者のことはどう意識しているんですか?」。司会の上林が聞いてくれた。相変わらず早口だ。

「読者に向けてということばをよく使うんだけど、嘘です。自分を対象にしていれば、あとから読者がついてきます。幻冬舎の見城徹さんが『違和感のある場所に長く立ち止まれ』と言っているんですが、そのとおり。不満があるときってチャンスなんです」と柿内。
そうそう、ひとつの記事を書くときなら、まだ読者の顔は見えるが、書店に並ぶ本をつくるときの読者の顔って、茫洋としていた。だから、おれも最終的には、自分が読みたい本という感覚を大切にした、自分が納得いく本をつくった。「対象は自分でいい」と言われてうれしい。
でも、読者が付いてくるってのは、どういうことなんだろう。どうなんだ柿内さん。

「僕はプロの素人でいようとしている。いま法学の本をつくっているんですけど、著者と一年も話していると、僕もわかった気になっちゃうんです。わかってるレベルで本をつくってしまうので、その本が必要な読者には届かない。だから最初に原稿を読んだとき、どんなに小さな理解できないことや、疑問に思ったことでもメモしておかないと。最初に読んだときの感覚って、どうしても忘れちゃいますからね」

柿内のことばに、大きくうなずく加藤。

「そうそう。『上から目線で偉そうに書くな!』と言われる。アスキーでパソコン雑誌をやっているときに編集長に叩きこまれましたね。エクセルを使えないおじさん向けなのに、どうしても専門知識をつかって書いてしまうんですよね。いまは徹底的に上から目線になっていないかをチェックして、ひとつも残さないようにしています。あと、眠いときに読むといい(笑)。流れがわかりにくいなってすぐ気付く」

以前、エキレビ!で「cakes」取材をしたときに、加藤が「1%の法則」ということばを使っていた。
〈本の部数はその本がターゲットとする潜在顧客数の1%が最大〉というもの。日本の人口を1億人として、全員をターゲットに出来る本なら、うまくいけば100万部売れる。すべての人に届けられる具体的なテーマは、「親子の物語」「青春もの」「恋愛もの」「健康」「お金」などがそうらしい。

そして『英語耳』で「英語学習」というカテゴリがそこに入ることも証明した。

「英語に興味がある人は4千万人くらいで、リスニングに興味がある人は半分の2千万人くらいはいるでしょう。うまく届けられたら、1%の20万部。そうでなくても10万人が買ってくれる本をつくることができるのではないか」と語る加藤。結果的に『英語耳』(2004年)は、3年で35万部も売れ、2010年に新CDを追加した改訂版も発売される大ヒットとなった。

「10冊の本をつくるとしたら、そのうち7冊は10万部を超えるものにしたい」ということも、加藤はよくインタビューで言っている。出版の世界では、基本的に10万部売れたらベストセラーだ。
次々とベストセラーを出している加藤と柿内の思考はいったいどうなっているのか。おれには到底理解できないんじゃないかと思っていたけど、けしてそうではなかった。ごく当たり前のことを、しっかりとこなしているだけだ。その「当たり前」を続けるのは、言うだけなら簡単だけど難しい。

加藤はダイヤモンド社を辞め、株式会社ピースオブケイクを創業。9月11日から「cakes」を立ち上げた(エキレビ!での記事はコチラ)。
柿内も、「武器としての教養」をコンセプトに星海社新書を立ち上げた。
いま自分ができること、やりたいことに向かい、常にコンテンツとはなんなのかを考えているふたり。こんな面白いことを考えている人たちが出版業界にいるということを知って、まだまだこの世界で生きていける気がした。これからどんなことをやってくれるのかはとても楽しみだ。コンテンツを提供する側として、同じ目線から、そこに自分もどんどん関わっていきたい。
(加藤レイズナ)