『ラブジェネ』木村拓哉の名セリフ「ちょ待てよ!」の誕生、演出家だけが知る「意外なきっかけ」
「大滝詠一に仕事を」そんな売り込みから…
'97年3月3日、東京都渋谷区恵比寿の蕎麦屋「翁」で、とある会食が開かれていた。
客単価3万円はくだらない高級蕎麦店で、3人の男性がテーブルを囲んだ。一人は、永山耕三氏。『東京ラブストーリー』('91年)、『愛という名のもとに』('92年)、『ロングバケーション』('96年)など、数々のヒットドラマを世に出した、フジテレビの演出家だ。4月スタートの『ひとつ屋根の下2』の準備に追われる中、「憧れの人」との面会に胸を躍らせ、時間をつくった。
もう一人は、この会食を設定したソニー・ミュージックエンタテインメントのディレクター。そして上座で微笑むのが、当時48歳ながらすでに仙人のような雰囲気を漂わせていた、大滝詠一である。
伝説のロックバンド「はっぴいえんど」のボーカル・ギターとして知られ、吉田美奈子『夢で逢えたら』、松田聖子『風立ちぬ』、薬師丸ひろ子『探偵物語』……など数多の名曲を提供し、さらにオリジナル・アルバムとして日本音楽史に残る名盤『A LONG VACATION』('81年)を生み出した、言わずと知れた著名ミュージシャンである。
会合の目的は、一つ。大滝に月9ドラマの主題歌を制作してもらうこと。始まりは、ソニー側からの売り込みだった。永山氏が述懐する。
「大滝さんになんとか仕事をさせたい、というのがソニーの思惑でした。それで、付き合いのあった私に連絡がきたんです」
ことのあらましはこうだ。
永山氏は、『ロングバケーション』で本格デビューした松たか子に旧知の芸能事務所を紹介していた。松たか子が所属したその事務所社長は、もともと大滝本人と親しかった。ソニーは大滝詠一のために「ダブル・オー・レコード」をつくったものの、こだわりの強い大滝は、『EACH TIME』('84年)から13年間、まったく自身の新曲をリリースしていなかった。なんとか、大滝を奮い立たせられないだろうか。ソニーのディレクターから相談を受けた事務所社長が、永山氏と大滝を引き合わせたのだった。
「松たか子という人に興味があった」
「ソニー側は、同じ『ロンバケ』のよしみで、と言うわけですよ(笑)。ドラマのほうの『ロングバケーション』は脚本家の北川悦吏子さんから提案されたタイトルで、大滝さんとは何も関係がなかったんですけどね」(永山氏)
大滝のひさかたぶりの新曲を、月9主題歌に使用できる。永山氏からしても願ってもない話だった。飲みの席ではクレイジーキャッツや西鉄ライオンズの話がはずみ、最終的に大滝は「オッホッホ」と笑いながら、オファーを快諾する。
「いま思うと、大滝さんは松たか子という人に興味があったんだと思います。後に歌番組で松さんが曲を歌った際に、その音源に自らコーラスを重ねて、ミックスしたくらいですからね」(永山氏)
こうしてドラマ『ラブジェネレーション』の主題歌として大ヒットを記録することになる、『幸せな結末』の制作プロジェクトが始まったのだった……というと、やや事実とは違っている。
実は大滝が最初に依頼されたのは、'97年10月スタートの「田村正和と松たか子が主演する月9ドラマ」の主題歌だった。
当時のフジのドラマは、キャスティング主導でつくられていた。例えば『東京ラブストーリー』では、'91年1月スタートの月曜9時の枠で、鈴木保奈美主演とまず決まってから、その後に内容〈柴門ふみ原作のラブストーリー〉が決まり、さらにそれに合わせて脚本〈坂元裕二〉と決まっていった。
もう一度『ロンバケ』のようなヒットドラマを
同じように、'97年10月からの月曜9時放送予定のドラマも、まず田村正和の主演が決定していた。さらに、人気急上昇中の松たか子が相手役を任されることも決まり、そこから、どんなドラマにしていくかを詰めていく段階だった。
しかしそんな中、同年7月、田村正和が体調不良によって活動を休止すると関係者に伝えられる。演出を担当する予定だった永山氏は、『ひとつ屋根の下2』の撮影がようやく一段落したところでその報せを受け、プロデューサーの小岩井宏悦らと、代替策を迫られることになった。
妙案が浮かばぬまま8月になり焦る永山氏のもとに、ある人物のマネージャーからこんな電話がかかってくる。
「木村拓哉で、もう一度『ロンバケ』のようなヒットドラマをつくってくれませんか」
SMAPブーム絶頂の中、『ロンバケ』で連ドラ初主演を果たし、国民的俳優へと駆け上がった「キムタク」が、勢いのままさらなるヒット作を生み出したい、と直訴してきたのだ。ちょうど10月の枠がぽっかりと空いている。しかも、相手役は『ロンバケ』での共演後、ますます世間からの評価を高めていた松たか子がそのままスライドできる。話はトントン拍子で決まった。
「お盆に木村さんと会って、方向性が決まりました。親知らずが痛み出して、でもお盆休みで歯医者がどこも開いておらず難儀していて、木村さんにことわって早々に帰って休んだのでよく覚えています」
と、永山氏はいたずらっぽく笑う。
こうして、「木村拓哉と松たか子主演の月9ドラマ」という基盤が、放送開始のわずか2ヵ月前に整うことになった。
台本は「ちょっと待てよ」だった…!
「強いキャストだけ決まっちゃって、さてどうしようかと。企画を熟成させる時間がなかったので、種も仕掛けもないラブストーリーを作ろうということになりました。出演者の魅力を前面に出すシンプルな話にしよう、と。そうやって決まったのが、『ラブジェネレーション』です」(永山氏)
決まった企画は普通の会社員と、普通のOLの、普通の恋愛劇。スポーツ用品メーカー社員の赤名リカと永尾完治の恋物語だった『東京ラブストーリー』への「先祖返り」を目指すことにした永山氏は、リカとカンチが結ばれなかった「結末」を、今度は「ハッピーエンド」でやり直そう、と考えた。
脚本を任せたのは、浅野妙子。フジテレビが新人脚本家を発掘するためにつくった「ヤングシナリオ大賞」で、'94年に佳作を獲得し、これまでに連ドラ2本を手掛けていた新進気鋭の脚本家だ。
浅野は、プロデューサーの小岩井と'97年4月スタートのドラマ『ミセスシンデレラ』(薬師丸ひろ子主演)でも一緒に仕事をしており、ラブストーリーの作劇に光るものがあった。撮影とほとんど同時進行、自転車操業での執筆が求められる過酷な現場に、駆け出しの期待の脚本家として飛び込むことになったのだ。
「なので、脚本が定まりきらないまま撮影に入り、木村さんと松さんとでコミュニケーションをとりながら、現場で台詞を完成させるなんてことも多かった。ただし、木村さんが演じる片桐哲平の口癖『ちょ、待てよ』は、浅野さんのアイデア。場面を止める時に使いやすくて、ホンにはよく『ちょっと待てよ』と、書いてあった。しかし哲平が『ちょ、待てよ』と言っているように聞こえたおかげで、モノマネであんなにネタにされることになるなんて……」(永山氏)
【後編記事】『大滝詠一に残る永遠の謎「なぜ名曲『幸せな結末』の歌詞を、松本隆は書かなかったのか?」』へつづく。
「週刊現代」2026年7月20日号より

