映画『ルックバック』大ヒットの裏で監督が抱いた苦悩…スタジオは「製作委員会方式」とどう向き合うべきか

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藤本タツキの原作をアニメーション化した映画『ルックバック』。本作は、興行収入20億円超え、北米をはじめ海外でも上映され高評価、11月8日からはAmazon Prime Videoで独占配信と多くの話題をかさらっている。本作の押山清高監督にはアニメーター、監督とは別の顔がある。それは同作の制作会社でもある「スタジオ ドリアン」の代表だ。そんな押山をゲストに招き、監督、経営者の両方の側面からアニメーションビジネスについて深掘りしたポッドキャスト番組『流通空論』の内容をもとに再構成してお届けする。

【画像】興行収入20億円超え、2024年最重要作の『ルックバック』

「現在のアニメーション制作会社は悪循環に陥っています。そこから脱するのは無理ゲーに近い感じもする」。そう語るのは映画『ルックバック』の監督、押山清高。

押山は、現在のアニメーション制作会社のあり方に疑問を持っているという。その問題意識のもと、自身で制作会社を立ち上げ、『ルックバック』は生まれた。

アニメーション制作会社が陥る「悪循環」とは

押山は「スタジオ ドリアン」というアニメーション制作会社を2017年に立ち上げた。なるべく人を雇わず、ほぼ押山ひとりでアニメーションを作る小さなスタジオだ。この設立には押山のある想いがあったという。

「僕はフリーランスで15年以上アニメーターをやってきました。すると、制作スタジオの苦しい面ばかりが目に付いていくようになりました。そして、現状でのアニメーションの作り方を続けていると、その悪循環から脱するのは無理ゲーに近いと思うようになってきた」(押山清高、以下同)

「無理ゲー」とはどういうことか。

「アニメーションの制作には、さまざまなハードルがあります。 多くのクリエイターを必要としますし、クオリティを維持するためにアニメーターに無茶な要求をしなければならない。けれど、そもそもがクリエイティブな作業なので、何事も計画通りには進まない。

そんななか、制作スタジオは『作品の納品』という重責を背負いながら、うまく作れるかどうかわからない作品を作り続けないといけない」

作品がヒットしてもお金が入らない

押山が強調するのは、このような重責にも関わらず、制作スタジオにお金が集まりにくい仕組みで映画が制作されていることだ。

「多くのアニメ作品は『製作委員会方式』という方法で作られます。しかし、この委員会に制作スタジオ自体が出資をしないと、作品がヒットを飛ばしてもスタジオにはお金が入らないんです。

公開の利益は委員会に出資した団体に配分されるので、お金を出していない制作スタジオは、制作費しかもらえない。しかも、その制作費もここ10年でほとんど増えていない。

ですから、いいものを作ろうとすればするほど予算やスケジュールを圧迫して、自分自身の首を絞める状況になるのです」

であれば、制作スタジオが委員会に出資すればいいのでは、と思われるかもしれない。しかし、すべての作品がヒットするわけではない。したがって、そんなリスクが伴う出資を避けるスタジオが多いという。

ここに加わってくるのが、近年のアニメブーム。大量のアニメが作られ、視聴者側も質の高い作品を求めるようになってきている。

「視聴者の目も肥えています。だから作品の質がどんどん求められて、各スタジオがクリエイターの争奪戦になっています。けれども、肝心のクリエイターの待遇は一向に改善しない状況なんです」

スタジオ ドリアンの生存戦略とは

こうした状況から抜け出すため、押山は自身のスタジオを設立した。では、その生存戦略はどのようなものだったか。

「アニメを作るにはクリエイターが必要で、その人たちを食べさせるために作品を作り続けて売り上げを出さなければならない。まずは、その状態から抜け出すべきだと思ったので、人件費がかからないように極力クリエイターを雇わず、なるべく少人数で作品を生み出せる体制を整えていきました。

単純に私自身が山ほど仕事をすれば人件費が浮くため、自分を圧迫する感じで『ルックバック』は作っています」

実際、スタジオ ドリアンの短編『SHISHIGARI』は押山1人で原作・脚本・監督・作画を担当しているという。押山は少人数のスタジオの強みをこう分析する。

「小さなスタジオの強みは、スピード感や柔軟性を持って動けること。もうひとつ重要なのは、失敗したときのリスクが小さいことです。私自身さえリスクを被ればなにをやってもいい、という強みがあります」

大規模な制作スタジオでは手堅く売り上げを上げる必要があり、スタジオとしてやりたいことを抑制して仕事を受けなくてはならない。しかし、スタジオ ドリアンの場合、「やりたいこと」を優先して交渉に臨める強さがあるのだ。

そうして作品を作るなかで、徐々に制作のスケジュール感も把握できるようになり、『ルックバック』といった原作モノの作品も手がけるようになっていく。

『ルックバック』大ヒットの裏側

こうして生まれた『ルックバック』の大ヒットはリードにも書いた通り。本作には、随所に押山のこだわりが現れている。それも、チームが少人数だったからこそである。

例えば、そのひとつが58分という尺。長い作品が受け入れられなくなりつつある現代に合わせた「戦略的な尺」だと思われがちだが、そうではないという。

「実は、偶然の産物というか、なにも戦略的にやっていないんです。

最初の企画ではそもそも短編映画の構想で、40~50分ぐらいを想定していた。でも、絵コンテを書いてみると、原作の情報をなるべく削りたくないなと思い、さらに映像化するときに必要な場面を足して、今の尺に落ち着いたんです。

短編映画にする方がビジネス的にはやりやすいだろうという考えもあったのですが、なにより作品のクオリティを重視してこうなりました」

長編とも短編ともつかない、中編とも呼ぶべき映画のジャンルを生み出すことができたのは、押山の作品へのこだわりを反映できたからだった。

これからのアニメーション業界に必要なこと

押山は、今後のアニメーション制作が持続可能なものになるために、製作委員会方式への関わり方も考えている。

「作品に応じて、制作スタジオがどういうポジションでいるのが最適かを考えることが必要だと思います。必ずしも製作委員会に入ることがベストではないですが、基本的には制作スタジオはある程度のリスクを取っても積極的に製作委員会に入るべきです。そこに入らないと、制作スタジオが未来を描くことは難しいと思います。

それに、アニメーションをめぐる権利関係は複雑で、どの権利を自分たちが持つべきなのかを検討することも重要だと思います。僕もまだ詳しくはないので、今後勉強すべき部分ですね」

スタジオ ドリアンの成功と今後の動きは、こうしたアニメーション制作スタジオの苦境、ひいてはアニメーション業界の苦境に一筋の光を照らすことになるのだろうか。ただ、押山は控えめにこう結んだ。

「とはいえ、アニメーションは今、過渡期にあります。若い世代が僕の方法でトライしても、また違う結果になるかもしれません」

それぞれのクリエイターで未来への生存戦略を考えていくべきときなのだろう。


構成/谷頭和希

〈番組詳細〉

『流通空論』

ラッパーでクリエイティブディレクターのTaiTanによるPodcast。
「流通」とはなにかを解きほぐしながら、ゲストたちと⾃由連想形式で「空論」を展開する、新感覚の「放⾔ビジネスプログラム」です。
流通にまつわる既存のルールを変えてきたゲームチェンジャーをゲストにお迎えして、ヒット商品誕⽣の舞台裏から新システム浸透の背景まで、「企て」のすべてに迫っていきます。毎週月曜日朝5時に配信。 

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