日本とポーランドの才能は、独特の映像美で表現する近未来の姿に何を思うのか?

映画『愚行録』、『蜜蜂と遠雷』、『Arc アーク』で独特の色彩とカメラワークによる映像美を生み出してきた石川慶監督とピオトル・ニエミイスキ撮影監督が再びタッグを結成。2人にとって、配信映画初挑戦となるAmazon Original 映画『不都合な記憶』が2024年9月27日(金)よりPrime Videoにて独占配信されます。

石川さんは、これまでにも映像美や画力、撮影演出が評価されている新進気鋭の映画監督。一方、ポーランド出身のニエミイスキさんは、独特の色彩やカメラワークなど日本映画ばなれした映像が特徴的な石川監督作品を支える影の立役者です。

Photo: ギズモード・ジャパン
右から石川慶監督、ピオトル・ニエミイスキ撮影監督

そんな2人が今回挑んだのは、西暦2200年、宇宙ステーションのレジデンス(居住空間)に住む夫婦の物語。SFというジャンルに初挑戦ながら、石川さんは既存のイメージにとらわれず、衣装や小道具のデザインに至るまで緻密に作品世界を構築しています。一方、ニエミイスキさんは、ドキュメンタリースタイルの撮影や独創的なレンズワークで、登場人物の内面に迫っています。

興味深いのは、本作では、AIやメタバースなど高度に発展したテクノロジーが描かれる一方で、陶芸や料理といった人間の手仕事も丁寧に描かれていること。そこに石川さんが考えるテクノロジーと人間の在るべき姿が現れている気がしました。

そこで今回、ギズモードでは、そんな作品の魅力をさらに深掘りするべく、ニエミイスキ撮影監督の撮影に関するこだわりや近未来SFという作品の世界観に込めた石川監督のメッセージなどについて、2人に話をお聞きしました。

独特の淡い色みの映像。特別な照明システムを構築していた

──石川さんの代表作である『愚行録』『蜜蜂と遠雷』『Arc アーク』は、いずれもニエミイスキさんとのタッグで制作され、日本映画にはない独特の映像美や画力、撮影演出が高く評価されています。グレーディング(色調補正などの仕上げ)もポーランドで行なわれているそうですが、その理由を教えてください。

ピオトル・ニエミイスキ(以下、ピオトル):ポーランドでカラーグレーディングを行なうのは、僕のアプローチや仕事のスタイルをよく理解してくれる仲間がいることが大きな理由です。つまり、同じ感性を持ったアーティストと一緒に作業することが、僕にとってはすごく大事なんです。

──今作も日本映画ではあまり見られない独特の淡い色みの映像が印象的でした。これはどういったアプローチで作られたのでしょうか?

ピオトル:映像の色の濃淡やカラーパレット、つまり色彩作りは映画にとって鍵となる要素だと考えています。

そして、色彩作りと照明は密接に関わっているので、それらを登場人物やストーリーにどう結びつけるかは常に重要視していますね。

幸いなことに、そうした技術は日々進化しているので、映画の色彩や照明は、自分たちでより細やかにコントロールできるようになってきていると感じています。

今回の作品では、石川監督と話し合う中で、登場人物のレジデンスの色彩や照明を、シーンや人物の感情、役者の動きに合わせて変化させるアイデアを思いついたんです。そのアイデアを実現するために、コントロールパネルと連動した特別な照明システムを構築することにしました。

たとえば、登場人物が廊下を移動すると、光が追随し色が変化するシーンがありますが、こうした演出は作品の舞台が近未来の設定だからです。単純にスイッチのオン/オフだけで照明がつくよりも、そういう未来感のある演出ができたら面白いと考えたんです。

そこで、iPadなどでひとりで制御できる機材を導入し、各シーンの色を設定した上で、全てLEDで動く照明システムをセットを構築する段階から組み込んでいきました。

また、今回は普通の映画というよりは、まるで劇場の舞台でいろいろなストーリーが繰り広げられているような作品になっています。僕は演劇やオペラにも関わっていたことがあって、今回はそれに似たイメージというか、それをもっとモダンにしたバージョンのようなものだと思っているんですよ。

石川慶(以下、石川):要するに、今回は宇宙船という大規模なセットをひとつ構築して、演劇やオペラの舞台のように捉えながら、同じような演出のアプローチをやっているというわけです。

なので、通常の映画のようにワンカットごとに照明を変更するのではなく、このセットの中で動き回る役者に追従するかのように変化する。そんな照明にしないと、セット全体を同じように作る意味がないという話になりました。

それでさっきピオトルが言ったように、できるだけ舞台のように役者が動けるシステムを作りたいということで、この照明システムを導入することにしました。

──なるほど。では、その照明システムを活用した象徴的なシーンはどのシーンでしょうか?

ピオトル:象徴的なシーンといえば、マユミが夕食の支度をしようと中庭に向かい、何を作ろうか考えているシーンが思い浮かびますね。

そのシーンでは、家自体が光で食材を照らし出しているんです。まるでマユミが食材を選ぶのをサポートするかのように、照明が彼女を導いていくんですよ。これは、さっき話した照明の使い方の分かりやすい例だと思います。

SF設定の構築には「なぜ」が重要

──今回SFに挑戦されましたが、石川さんならではのSFの世界観を作る上で、特にこだわったのはどのようなところでしょうか?

石川:これまでにもSFは数多く作られてきたので、「未来はこんな感じ」、「宇宙船はこんなデザイン」、「宇宙服はこういうものだろう」といったイメージがある程度固まっていると思うんです。でも、それらは実際に宇宙で生活した人が作ったわけではないんですよね

だからこそ今回は、そういった既存のイメージを何も考えずに踏襲するのではなく、ひとつひとつ丁寧に、なぜこのような服なのか、なぜこのようなシステムの部屋なのかということを、自分たちなりに考えて作り上げていったんです。その作業は今回の作品ですごくこだわったところですね。

──そういえば、登場人物の服装自体は近未来というよりは現代人が着ているものとそれほど変わらない印象でした。一方で、靴のデザインはすごく未来的なデザインでしたが、これには何か狙いがあったのでしょうか?

石川:極端な話、この作品の登場人物は2人きりで生活しているわけで、他に誰にも会わないのであれば、服を着る必要があるのかという疑問があったんですよね。

ただ、衣装デザイナーとの議論を重ねた結果、ファッションというのは単に機能性だけではなく、もう少し人間の根源的な欲求と結びついているはずだという結論に至りました。それで、ちゃんと服を着るという設定ができあがったんです。

一方で、靴についてはどうだろうと考えたとき、やはりもう少し何らかの機能性を持たせる必要があると思ったんです。つまり、宇宙は無重力だということを考慮すると、靴のデザインにも影響を与えるはず。

だから、ここは普通とは少し違うアプローチが必要かもしれないねということでまた議論を重ねました。その結果、生まれたのがこの靴の未来的なデザインというわけです。

ドキュメンタリースタイルで撮影することを意識した

──今作の映像におけるこだわりはどういったところにあるのでしょうか?

ピオトル:こだわったのは、登場人物にできるだけ寄り添っていくということですね。

SF作品ではありますが、これは2人のキャラクターの物語であり、彼らが問題を抱えているという話なんです。つまり、いいときもあれば、悪いときもあるというストーリーが描かれているんですよ。

なので、基本的な考え方としては、SFという側面やビジュアル的な部分にあまり捉われず、あくまでも役者の動きに焦点を当てていこうと考えました。ビジュアルに関しても、そういった考え方に基づいて、さまざまなレイヤーを設けて構成していきましたね。

── なるほど。では、そういった考え方に基づきながら、実際の撮影ではどのような手法を用いたのでしょうか?

ピオトル:今作には複数のプロットがありますが、メインのプロットは登場人物がレジデンスに住んでいるというところです。

そこではカメラを手持ちで撮影して、登場人物を追いかけていく手法を用いたんです。役者にあらかじめ設定した動きをしてもらうのではなく、どちらかというとドキュメンタリースタイルで撮影することを意識しましたね。まるで誰かの日常を覗き見ているような、そんなイメージです。

一方、メインのプロットとは別にメタスペースの設定もあるんです。メタスペースは非常に非現実的な空間なので、メインの空間とは異なるレンズを使用して、カメラのポジションも変えて撮影しました。そして、役者にはできるだけ動きを抑えてもらうことを心がけて撮影していきました。

もうひとつ特徴的なのは、登場人物のフラッシュバックシーンですね。

ここではチルトシフトレンズを使用しましたが、マユミが記憶喪失であるという設定を考慮して、その状態をどのように表現しようかと考えた時に、このレンズの特性が非常に適しているしていると思ったんです。

ビジュアル的にすこしぼやけているというか、あまりクリアではない映像で、フォーカスしたポイントだけが際立つ。その特性のおかげで、同じシチュエーションでも人によって違う部分にフォーカスを当てて撮影するなど、さまざまなアプローチが可能になりました。

このように状況に応じて異なるレンズを使い分けることで、より効果的な表現ができたと思っています。

創作を自分たちで楽しめるようにするためにこそ、テクノロジーがあるべき

──今作では、AIやメタバース、アンドロイドなど、現在すでに実用化されつつある技術がさらに発展した近未来の世界が描かれています。今後、AIが映像や音楽をボタンひとつで作ってしまえるようになることが考えられますが一方で、そういった高度に発展したテクノロジーの世界でも、陶芸や料理といった従来の人間の手仕事が描かれているのが非常に印象的でした。そこに石川さんのテクノロジー観が現れているように感じたのですが、人間にとってテクノロジーとは、どのような存在であるべきだとお考えでしょうか?

石川:確かにAIをはじめ、テクノロジーが発展することで、映像や音楽の分野でも大きな変化が起きるかもしれません。

でも、最近よく言われているように、映画を2倍速で観て、タイムパフォーマンスを追求し始めたら、それはエンターテイメントでも何でもないですよね。そういう形でテクノロジーを使う今の社会の考え方自体に少し疑問を感じているんです。

料理についても同じことが言えます。栄養摂取というだけであれば、点滴をしていればいいと思うんです。でも、おそらく何百年経っても人間は絶対に料理をするはずです。

なぜなら料理するという行為にはそれ以上の意味があると考えているからです。それは陶芸も映画も同様で、たとえば、AIのボタンを押すだけで陶器や映画ができるようになったとしても、果たしてそれでいいのかという感覚があります。

そういった疑問を持ちつつも、テクノロジーに期待している部分もあります。

たとえば映画で言えば、予算のかかる撮影にはAIを使用し、人間はクリエイティブなストーリーを考えたり、そういった点により多くの労力と時間を割けるようになることも考えられます。

そもそも創作するという行為は、人間が生きるという本質的な部分に関わっていると思うんです。それをテクノロジーで丸ごと代替するなんて、おそらく誰も望んでいないのではないでしょうか。むしろ、そういった創作を自分たちで楽しめるようにするためにこそ、テクノロジーがあるべきだと思います。

──今、AIの話が出ましたが、石川さんとしては、今後人間はAIとどのように向き合っていくのが最善だと考えていますか?

石川:僕自身はそれほど強い意見を持っているわけではありませんが、AIを特に脅威だとは思っていません。もともと理系の人間ということもあって、むしろ、AIをうまく活用していけば、とても良い方向に進むだろうと考えています。

ただ、やはり使う側の価値観や倫理観がアップデートされていないと、良い結果につながらないだろうなと思うんですよね。今回の映画でも、そういった世界観を描いている部分があります。

たとえば、亡くなった妻がAIによって完璧に再現されたとしても、それに向き合う人間が不完全であれば、うまくいかないという設定があります。つまり、言ってみればこれはテクノロジーの問題ではなく、人間の側の問題なんですよ。

AIで映画の制作方法は大きく変わるかも

──では、AIを今後の作品に活用することに興味はありますか?

石川:AIを映画制作に使うという話で言えば、最近、動画生成AIが東京の街並みを再現した映像を、今準備中の映画のスタッフと一緒に見たんです。その時に、早くこの技術が実用化されないかなという話になりました。

今はちょっとした背景を作るのにも、膨大なリサーチと予算が必要になるんですよ。でも、もしAIでそういったものが作れるようになれば、映画の制作方法も大きく変わるはずです。

──つまり、AIを活用することで、これまでのコストを削減できるだけでなく、クリエイティビティの面でも可能性が広がると考えているということでしょうか?

石川:そうですね。もしAIがそれを担ってくれるなら、僕たちはよりクリエイティブな部分、たとえば、ストーリーやデザインなどにもっと注力できるようになると思います。そうなれば、映画自体の質が間違いなく向上していくでしょうね。

もちろん、それによって背景制作に携わっている人たちの仕事が一時的になくなる可能性はあります。でも、基本的にはAIを上手に活用することで、映画制作がより良い方向へ進んでいくことになると思っています。

Source: Amazonプライム・ビデオ

Amazon Original『不都合な記憶』作品概要

タイトル:Amazon Original『不都合な記憶』

配信日:2024年9月27日(金)よりPrime Videoにて世界独占配信

キャスト:伊藤英明 新木優子 水間ロン ジアッブ=ララナー コーントラニンほか

監督:石川慶

脚本:石川慶 ブラッド・ライト

撮影監督:ピオトル・ニエミイスキ

本編約1時間58分

作品視聴ページ:https://www.amazon.co.jp/dp/B0DCHYTHXC

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