朝ドラ「おむすび」が"ちむどん再来"ではないワケ
「食」「平成」「ギャル」の3モチーフは物語をどう彩っていくのか(画像:NHK「おむすび」公式サイトより)
9月30日、橋本環奈さん主演の朝ドラ「おむすび」(NHK総合)がスタートし、第1週の放送を終えました。
同作のコンセプトは、平成元年生まれのヒロインが、栄養士として、人の心と未来を結んでいく“平成青春グラフィティ”。ホームページのトップ画面には、「どんなときでも自分らしさを大切にする“ギャル魂”を胸に、主人公・米田結が、激動の平成・令和を思いきり楽しく、時に悩みながらもパワフルに突き進みます!」という紹介文がアップされています。
Xでは「ちむどんどんの再来」との声
主なモチーフは「食」「平成」「ギャル」の3つであり、いずれも第1週の放送からフィーチャーされていました。ただ、そのコンセプトやモチーフは放送前から不安視する声があがり、スタートしてからも「退屈」「微妙」「離脱決定」「ハシカン(橋本環奈)の無駄づかい」などの厳しい声が散見されます。
Xには「ちむどんどんの再来」「ちむどんどんの悪夢が」などと、否定的な声が目立った同作(2022年度の前期朝ドラ)に重ね合わせる声が続出。
特にゆったりとしたストーリーと、ギャルの描写が多用されることへの不満が散見されますが、実際のところ今後に期待できそうなドラマなのか。それとも、「ちむどんどん」のように連日“#反省会”が盛り上がってしまうのか。
以下、ホームページやガイドブックなどで発表されている多少のネタバレを含みます。できるだけ情報のない状態で見たい人はご注意ください。
放送前から不安視されてしまったのも無理はありません。そもそも「おむすび」は、制作サイドが厳しい目で見られる難しさを承知で制作している作品なのです。
朝ドラの放送時間が15分前倒しされて8時からになり、それまでの低迷期を脱出した2010年以降、数多くの“現代劇”が放送されてきました。
しかし、「ゲゲゲの女房」「カーネーション」「花子とアン」「マッサン」「あさが来た」「とと姉ちゃん」「まんぷく」「スカーレット」「エール」「らんまん」「ブギウギ」などの“戦前戦後の偉人伝”が支持を集める一方、「てっぱん」「純と愛」「まれ」「半分、青い。」「おかえりモネ」「ちむどんどん」「舞いあがれ!」などの“オリジナルの現代劇”には厳しい声があがるケースが続いています。
視聴者からの支持を集め、一定の数字を得た作品は「あまちゃん」のみと言っていいのではないでしょうか。
難しさを承知で「現代劇」を選択
前作「虎に翼」も日本初の女性弁護士・女性判事の三淵嘉子さんがモデルで、戦前戦後の時代を描いた物語でした。「おむすび」に早くも「退屈」「微妙」などの声があがっているのは、序盤からシビアなシーンが続き、終盤まで緊張感のあるエピソードが続いた「虎に翼」からの反動が感じられます。
実際、批判のコメントには、「こんなことを言うのは早すぎるとはわかっていますが」などと気持ちの切り替えができていない様子がうかがえるものもあり、もどかしさを感じているのでしょう。
ちなみに朝ドラの次作は、やなせたかし・小松暢夫妻がモデルの「あんぱん」、次々作は小泉八雲・セツ夫妻がモデルの「ばけばけ」を放送予定。どちらも著名人かつ戦前戦後の物語であり、2010年以降における王道パターンが選ばれています。
脚本を担う根本ノンジさんは、そんな現代劇の難しさを覚悟していました。
NHK出版発行のガイドブックに「昨今の朝ドラのオリジナル現代劇は良くも悪くも、いろいろな意味で注目される。そのため正直オリジナルを描くことを躊躇した」「それでも描くべきだと強く思ったのは、オンエア中に2025年を迎えること。その年は阪神・淡路大震災から30年目の節目の年になる」などと語っていたのです。
戦争に劣らぬ震災のシビアな描写
根本さんの「2025年は阪神・淡路大震災から30年目の節目」というコメント聞いて、震災が扱われることに初めて気づいた人もいるのではないでしょうか。
ただ、制作サイドは第1週からそれを匂わせています。
第1話では、主人公・米田結(橋本環奈)の祖母・佳代(宮崎美子)の「あげん小さかった結が高校生ね」と、母・愛子(麻生久美子)の「もう9年だもんね」という会話に、父・聖人(北村有起哉)が「9年と2カ月と20日や」と細かく訂正を入れるシーンがありました。
さらに第5話でも、スナックの店主・ひみこ(池畑慎之介)から「やっぱり神戸帰りたいと?」と聞かれた聖人が「はい。まあいつになるかわかりませんが。向こうで床屋ばやりたいです」などと語るシーンがあったのです。
物語は2004年(平成16年)4月からスタートしただけに、聖人の言う「9年2カ月と20日前」は1995年1月あたり。作品の舞台が福岡県糸島と兵庫県神戸であることは各所で明かされていただけに、「阪神・淡路大震災を描くのではないか」「結たちは神戸から糸島に移住してきただろう」と気づいた人もいるでしょう。
むしろ制作サイドは、「見たくない人が不意に震災のシーンを避けられるように、内容を適度に事前公表する」などと配慮する姿勢を見せていました。また、阪神・淡路大震災を描くにあたって、被災者を中心に取材を重ね、多くの資料を集めたことも明かされています。
震災当時はどんな状況や心境であり、それが時間の経過とともにどう変わっていくのか。それとも、なかなか変われないのか。主人公の家族が被災者だけに、震災を真っ向から描くことになるのでしょう。
それらの描写は、朝ドラ王道の戦争に劣らぬシビアさがあり、「『誰かのせいにできない』という点で自然災害のほうがつらい」という人もいるかもしれません。第1週を「退屈」と感じた人や“戦前戦後の偉人伝”を好む人も、震災のシーンを見たら「おむすび」の印象が変わるのではないでしょうか。
冒頭にあげた通り、結が栄養士になり、令和まで描くことが予告されていますから、震災は序盤の段階から描かれるでしょう。
さらに、第15週の75話(金曜日)に震災から30年となる1月17日を迎えるだけに、当日の放送でどんなメッセージを伝えるのか。制作サイドの真摯な姿勢を見る限り、少なくともそのころまでには「退屈」という声は消えている気がしてならないのです。
令和の重苦しいムードを吹き飛ばす
朝ドラは平日5日×半年間の長丁場だけに、第1週のようなほのぼのとしたムードのみで描き切るのは難しいところがあります。ほのぼのとしたムードからガラッと変わる瞬間が作品の評価を左右する1つの勝負時であり、それは阪神・淡路大震災の描写になるのでしょう。
根本さんは「監察医朝顔」(フジテレビ系)で東日本大震災を真っ向から扱った経験があるほか、深夜帯ではさらにシビアな人間模様を描いてきました。
「銀と金」では裏社会の勝負事、「スモーキング」では殺し屋、「フルーツ宅配便」ではデリバリー風俗(いずれもテレビ東京系)など、重苦しい世界観やそこでの人間模様も得意としているだけに、見応えのあるシーンが期待できます。
とはいえ、「おむすび」は重苦しい世界観や人間模様がベースの作品ではありません。景気の低迷などで、どんよりとしたムードが漂っていた平成時代を明るくたくましく生きるギャルの姿が描かれるようです。
ギャルたちは自分と仲間を大切にし、他人と比較せず、社会のムードには染まらない。今を楽しむことに長け、「自分大好き!」「ウチら最強!」と自己肯定感が高いことも強みの1つです。
令和の現在も、疫病、戦争、天災、経済不安などに悩まされる中、そんなギャルの姿は多少の困難を乗り越える1つの生き方として、回を追うごとに令和の視聴者にフィットしていくのかもしれません。
第1週の結はギャルについて「嫌い」「今どき古い」などと言い切っていましたが、その意識がどのように変わっていくのか。また、夢を見つけ、ギャルを卒業してからも、そのマインドを持ち続けることで、どのように道を切り拓いていくのか。このあたりの描写も共感を集めるポイントになりそうです。
ギャルがたくさん登場することも話題に(画像:NHK「おむすび」公式サイトより)
普通の人が笑い泣きする「人生賛歌」
「おむすび」を語るうえで、もう1つ重要な「食」というモチーフについてもふれておきましょう。
これまでも杏さん主演の「ごちそうさん」など、「食」を扱った朝ドラはありましたが、今回は栄養素や献立まで掘り下げることを制作統括の宇佐川隆史さんや根本さんが明言しています。
第1週から結の家族が営む「よねだ農園」のシーンが多く、色とりどりの野菜が登場。今後は食卓のシーンだけでなく、栄養素や献立にもスポットが当てられるシーンが増えていくのでしょう。
そして、「よねだ農園」を継ごうと考えていた結が栄養士になることで、その傾向が一気に加速するほか、さらに病気の人なども対象にした管理栄養士になって困っている人々を救う展開も推察されます。
栄養士という職業について、根本さんは、幼子の離乳食から学生の給食や学食、会社の社員食堂、病院での食事など、老若男女が対象の仕事であることを指摘していました。その意味で同じ「食」を扱ったドラマでも、栄養士の活躍シーンは飲食店の料理人以上にバリエーション豊かなのではないでしょうか。
根本さんは焼き鳥店の子どもとして育ち、調理師免許も持っているそうですし、「食」を扱う脚本家としてはベストに見えますし、栄養士としての活躍が描かれる中盤以降の物語が今から楽しみです。
番組名の「おむすび」には、食べるおにぎりだけでなく、「人と人を結ぶ」という意味も込められているそうです。また、震災当日について調査する中で出会った「比較的被害が少なかった丹波地域に住む女性たちがおむすびを握って被災地に届けた」というハートフルなエピソードが物語のきっかけになったことも明かされています。
当作には歴史上の偉人はおらず、登場するのはどこにでもいる普通の人ばかり。しかし、だからこそ、笑ったり泣いたりしながら、日常のささいな幸せを見つけて生きていく姿を描いた等身大の物語になるのでしょう。
そんなエピソードの数々は地味ではある一方で安心感や共感度は高く、フィクションではあるもののノンフィクションに近い。私たちにとって身近な人生賛歌のような朝ドラになりそうです。
橋本環奈は実は「ギャルそのもの」
第1話で、帽子を海に落として泣いている子どもを見た結が飛び込んで拾うシーンがありました。その際、結は「人助けって。これ絶対、米田家の呪いやん」とつぶやいていましたが、米田家全員が「人を助けずにはいられない」という性格なら、家族同士や周囲の人々を救うハートフルなシーンが増えるのでしょう。
たとえば第1週では姉・歩(仲里依紗)は問題児のように扱われていましたが、本当は優しい心の持ち主で妹のことも思っていた……そんなシーンが期待できます。ギャルたちのエピソードも同様で、派手な見た目にとらわれがちですが、純粋さとのギャップが感動を呼ぶシーンがありそうです。
最後に主演の橋本さん自身に注目すると、「明るく前向き」「一本芯が通っている」「仲間思い」などのキャラクターはギャルそのものにも見えます。ギャル仲間の真島瑠梨を演じる現役ギャル・みりちゃむさんも認める「ギャルっぽさ」があるだけに、橋本さんが演じることで、見た目で損しがちなギャルのイメージが変わるかもしれません。
橋本さんにとって「おむすび」は、結と同じように高校生まで過ごした地元・福岡が舞台の作品。第1週ではどこか寂しげな姿のシーンが多かったものの、放送が進むたびに生き生きとした結の姿を見せてくれるのではないでしょうか。
(木村 隆志 : コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者)