公開が遅れた映画『シビル・ウォー』(公式サイトより)

「それにしてもなぜ、日本では洋画の公開がこれほどまでに遅れるのだろう」

 9月25日、朝日新聞内の連載「月刊安心新聞+」でそうぼやいたのは、千葉大学教授で工学博士の神里達博氏だ。

 神里氏は、同記事内で映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』を取り上げたうえ、

《4月末までに世界の主要国六十数か国で公開されている。なんとウクライナやロシアでも、4月に上映を開始している。例外的に中南米の4カ国と台湾が5月に、また中国では6月に公開されたようだ。だが日本だけが単独で半年遅れだ》

 と語っている。映画誌ライターはこう語る。

「『シビル・ウォー』は、すでに興行収入が1億2261万ドル(約176億円)もあるため、日本で公開しても失敗するという可能性は少ない作品です。米国内で内戦が起きる、という内容なので、2023年の『オッペンハイマー』のような、政治的な理由もないはず」

 では、なぜこれほど公開が遅れたのか。背景には日本独自の映画の配給システムが影響しているようだ。

「映画産業は、映画を作る製作会社と、それを買いつける配給会社、映画を上映する興行会社(映画館)に分かれます。洋画は配給会社が海外で映画を買いつけて、興行会社に営業をかけて上映をします。興行収入の50%を興行会社が、20%から40%を配給会社が、残りを製作会社が取ります」

 と、独立系配給会社の関係者が続ける。

「大抵の場合、配給会社は興行会社に対し、製作費の何パーセントかを興行収入の保証として予納します。つまり、配給会社は相当額の先行投資をすることになるわけです。いまは円安もあって、海外から買いつける必要がある配給権そのものが高額です。大きなリスクを背負うことになるので、最近では、海外で公開された直後の客入りの速報値を見てから、実際に値段交渉を始めることになります。そこでまず、時間のロスがあります」

 一歩遅れて買いつけてからも、さらにタイムロスが生まれる。

「配給会社は、字幕版と吹き替え版を製作します。以前は字幕版で公開して、ビデオ化など二次使用から吹き替え版を製作することが多かったのですが、字幕では映像についていけないということで、いまは吹き替え版が主流。日本語版のセリフ作成と声優の手配に、時間が必要になります。こうした理由で、また遅れるんです」

 そして近年、公開が遅れているもっとも大きな理由は、日本の“映画館不足”だ。

「日本国内には、映画館が約500、そして大小およそ3600のスクリーンがあります。これに対し、2023年の場合、邦画が約670本、洋画が約550本も殺到しました。2023年の邦画と洋画のシェア率は、ほぼ7対3です。邦画が圧倒的で、洋画は本数が多いものの、複数のスクリーンを抑えることができないのです。興行会社に調整をしてもらうにしろ、やはり公開待ちが発生してしまうわけです」

 実際、本誌が『シビル・ウォー』の配給元であるハピネット・ファントムスタジオに、公開が遅れた理由を問い合わせたところ、

「本国公開は4月ではあったものの、弊社としてはひとりでも多くのお客さまに観ていただきたく思っており、この作品のためにもっとも多くの上映劇場を確保できる時期が10月4日のタイミングとなった、という形となります」

 と、“劇場不足”を認める回答だった。

「1990年代は比率が逆転していて、映画シェアの7割が洋画という時代がありました。ハリウッドのメジャーな大作映画であれば、日米同時公開はもはや当たり前という時代でしたし、日付変更線の恩恵を受けた『世界初公開』もありましたから、まさに隔世の感ですね。

 さらにいえば、邦画が元気かといわれれば、いわゆるアニメ作品や、アイドルを主演に据えたファン向けの低予算作品などがあふれており、決して業界全体が盛り上がっているわけではありません。Netflixも本格的に日本のエンタメ業界に参入してきており、まさにこれから激変のときを迎えるでしょう」(前出・映画誌ライター)

 世界の流行から取り残されるのは避けたいが……。