アメリカで9月25に開かれた開発者会議。Meta PlatformsがARグラス「Orion」を披露した(筆者撮影)

Meta Platformsは『Orion』(オリオン)と名付けられた製品の試作機を披露した。

詳細は後述するが、100グラムを切るメガネ型デバイスには、ホログラフィックプロジェクターが内蔵されており、パススルー(デバイス越し)で見える視覚像に精細なコンピューター3D画像を重ね合わせるAR(拡張現実)を、実に70度という広い視野角で実現する。

彼らはこの製品を10年かけて開発してきたが、いよいよ製品化に向け”あと数年のうち”にリーズナブルな価格で提供するつもりだ。

しかし、Meta Platformsは、画期的な技術の集合体であるOrionだけでは未来を創れないことも承知している。この数年、Meta Platformsは近い将来に空間コンピューターの時代が来ることを信じて、次世代のプラットフォーマーになるべく準備を進めてきていた。

Reality Labsの10年

アップルがVision Proを発表した際、空間コンピューターという言葉を使い、にわかにMR(複合現実)ジャンルが注目され始めた。しかし、このジャンルに長く投資を行ってきたのはMeta Platformsだ。彼らはMR、AR、VR(仮想現実)を含む、XR(クロスリアリティ)と呼ばれる技術ジャンルで足場を固めてきた。

広告収入が激減した際、巨額の研究開発投資をXRに注ぎ込み損失を出し続けることを投資家に批判されていたCEOで創業者のマーク・ザッカーバーグだが、事業の詳細な構成、投資ジャンルについて再構築したものの、開発に向けた情熱が冷めることはなかった。

Meta PlatformsがOculusを買収、XR技術の研究開発を行うReality Labsを設立してから10年が経過する。筆者を含め、多くの人がこの時に注目していたのはVR技術だ。しかし、次世代ARグラスのOrionが10年という歳月をかけて開発されていることから分かる通り、彼らは最初からVRやMRといった特定のジャンルに絞り込むことなく、XRに対して包括的な研究開発を行っていた。

Meta Platformsによると、VRデバイスやその拡張であるMRデバイスが、自宅やオフィス、出先のカフェなどで使うパーソナルコンピューターだとするなら、ARデバイスはもっとユーザーに近いスマートフォンのようなデバイスだと説明する。

どちらか一方が重要なのではなく、両者ともに将来の空間コンピューティングの時代には利用シーンに応じて使い分けられるものということだ。

この節目を境に、その投資は報われるかもしれない。彼らが投資している大規模言語モデルなどのAI技術や、レイバンとの提携で開発してきたスマートグラスなど、さまざまな方面に展開していた彼らの戦略は、そう遠くない未来にひとつに交わろうとしているように見える。


10年の集大成といえるメガネ型XRデバイス(筆者撮影)

Quest 3Sで狙う拡販の”その先”

Meta Quest 3Sは299ドルから購入できるMRデバイスとして、新たに投入された普及価格帯の製品だ。低コスト化するため、いくつかの工夫がされている。例えば空間認識に使う距離センサーは省略され、ディスプレイやレンズもQuest 2と同等のものが使われた。

それでも体験の質は高く、最上位のQuest 3と同等となっている。MRの特徴である現実空間のVRディスプレイ内の再現も、ほぼ同じレベルだ。

加えて採用するチップは最新版であり、Quest 3とも同一に揃えられているため、開発者はパフォーマンスの違いを意識せずにアプリケーションを作り込める。

かつては“1ドル=100円”感覚と言われたこともあったが、インフレの影響もあって299ドルのプライスタグは日本での3万円よりも安く、2万円台の半ば以下に感じる設定。ホリデーシーズンの手軽なプレゼントにぴったりの価格帯だ。

Meta Platformsが提供しているメタバース空間の「Horizon Worlds」では、常に若年層が集い英語やスペイン語での会話が飛び交い、多様なコンテンツが集まっている。日本市場から見る景色からはやや乖離していると感じるだろうが、この価格帯での本格的なMRデバイスの登場は、デバイス普及の大きなきっかけになるだろう。

実はゲームデバイスとしてのQuestには、大ヒットしたリズムアクション『Beat Saber』以来最大のキラーコンテンツが生まれている。『Gorilla Tag』は、ゴリラになりきってゴリラコミュニティの中に入り、世界中のゴリラになりきったプレーヤーと交流するゲームだが、今年に入ってブレイクすると、すでに1億ドル以上を売り上げた。

大人数が集まるネットゲームだけに、低価格モデル投入のタイミングと相まって普及のきっかけになるかもしれない。

若年層向けのエンターテインメントデバイスとして捉えると、Nintendo Switchが新世代モデルへの切り替えを直前に控えている中で価格的には同じレンジにあり、来年登場する次世代機は300ドル台前半と予想されている。

Quest 3Sはゲーム専用デバイスではないが、今年の年末商戦次第では新たなゲームプラットフォームとしての足場を築く可能性が十分ある。

しかし、Meta Platformsが見据えているのは、デバイス普及のその先だ。


体験の質はそのまま、価格を下げることに成功したQuest 3S(筆者撮影)

オープン化したHorizon OSの適応範囲を大幅に拡大

Meta PlatformsはQuestシリーズで採用してきたOSをオープン化し「Horizon OS」と名付けた。このOSを採用するデバイスはASUS、レノボ、マイクロソフト(Xboxブランド)といった企業から登場する見込みで、その後もパートナーを拡大していく。

Horizon OSは元々AndroidのVR、AR向け拡張をベースに独自開発してきたものだが、現在は拡張と洗練が進められており、完全にオリジナルのOSと言える。

より汎用コンピューター向けプラットフォームとしての性格を強めており、スマートフォンやタブレット向けのプラットフォームに比べると、むしろPC向けOSに近い汎用性をMeta Platformsは与えようとしている。

Horizon OSはMR体験を基礎に機能が見直されており、VRやMRのアプリを実行中に2Dアプリを動かせるようになった。この点はアップルのvisionOSに近いが、Horizon OSでは現実空間の壁に2Dアプリを貼り付けるなどの機能がある。

映像ストリーミングのアプリを壁に配置したり、新たにサポートされたAndroidアプリを空間や壁に配置できるようになる。

また、最大6つまでのアプリを同時に実行可能となり、空間にそれぞれのアプリを配置した上で、各アプリからの音声を空間オーディオを用いて正しい方向間で再現できるようになる。

さらにマイクロソフトとの協力でWindows 11との連携を強め、Macの画面をVision Proの中で表示できるのと同じように、特別なアプリを追加せず簡単にHorizon OSの中に再現し、マルチディスプレイ化できるようになる。

OSのオープン化を発表してから登録アプリ数は10倍に、今後、Androidの2Dアプリも扱うようになるため、さらにその数は増加していくだろう。

さらにMeta Platformsは、Horizon OS向けアプリの開発を助けるため、通常のAndroidアプリに空間表示機能を追加するMeta Spatial SDK、プロンプト入力で3Dオブジェクトのデータを生成できるMeta Spatial Editorを提供する。

自社アプリのInstagramとFacebookをHorizon OSに対応させたほか、Amazon Prime Video、Amazon Music、TwitchのHorizon OS対応版がリリースされた。

ウェブアプリケーションの開発環境にも手を広げ、ウェブのXR拡張規格であるWebXRを用いた開発をサポートするためブラウザの改良が施された。またPWA(ウェブアプリを単独のアプリに見せる機能)もサポート。

このほか、Unity 6やUnreal Engine 5のサポートとパフォーマンス向上など、畳み掛けるように、汎用コンピューターOSとしての基盤を整備している。

Orionがもたらすブレークスルー

MRデバイスが将来、どのようなものになっていくのか。Vision Proは1つの可能性を見せた。Meta Platformsは、Questシリーズを普及価格帯にすることを優先しているため現在は競合していないが、前述したようにOSの面では、着々とその準備を進めている。

一方でARデバイスの面では自社で次世代のデバイスを開発していた。これが冒頭で紹介したOrionだ。最大の特徴はホログラフィックによる70度の視野角にある。屈折率が極めて高いシリコンカーバイドをレンズ素材として用い、ナノスケールの精巧なウェーブガイド(導波管)を形成。レンズ周囲に超小型LEDプロジェクターをRGBの原色別に3基配置し、レンズ内にホログラフィックを投影する。

OLEDを応用したARグラスと一線を画す品質をもち、周囲の照明条件が変動しても実用上問題のない明るさを保ち、70度の有効表示画角で映画クラスの画面サイズや複数のモニターの同時表示をサポートする。

ユーザーは一般的なARグラスと同じように現実世界とデジタル情報の融合した視野を得ることが可能だが、その品質は大幅に進化し、没入感あるコンテンツ表示が行えるようになる。しかし、Orionに組み込まれている最新技術はディスプレイだけではない。

メガネ型フレームにバッテリーが収納され、ヘッドトラッキング、ハンドトラッキング、視線トラッキングのセンサーも内蔵している。もちろん、空間オーディオ対応のスピーカーやノイズに強いマイクも内蔵するが、加えて手首に装着する表面筋電位(EMG)計測リストバンドも組み合わせている。


細いフレームの中にセンサーなどが埋め込まれいている(筆者撮影)

EMGで手首を通る信号を検出し、繊細なジェスチャーを検出して操作するため、ハンドトラッキングよりも確実な操作を、音声操作などを介さずに行えるという。ここにRay-Ban MetaスマートグラスやSNSクライアントで鍛えてきた音声操作を組み合わせる。

「現在の開発状況としては、多くの当初目標を達成している」とザッカーバーグは話すが、ディスプレイをより鮮明にし、小型化とデザインの洗練、製造コストの削減をテーマに製品版の開発を進めているという。

すでにMeta Platforms社内でのソフトウェア開発、および一部の外部パートナーがプロトタイプを使いながらソフトウェアなどの洗練を進めていることから、”未来”と表現するほど先のことではなさそうだ。

これまでのARデバイスは、視野角の狭さなどから制約が多かったが、Orionはユーザーとのインタラクションも含め、大きなブレークスルーとなる可能性を秘めている。またユーザーインターフェイス技術の一部は、Questシリーズにもフィードバックできるだろう。

やがて常識は変わっていく

それでもXRが普及していく未来が見えないと感じるかもしれない。

Meta Platformsが言うように、空間コンピューティングという未来的な世界観の中、MRデバイスを未来のパソコン、ARデバイスを未来のスマートフォンと表現するのは、確かに腹落ちするところもあるが、パソコン世代はヘッドマウントディスプレイを装着してコンピューターを使うことに抵抗を感じるだろう。

しかし、常識は変化していくものだ。

果たして1980年代のビジネスマンが、当時のパソコンに最初に触れた時、あるいは触れたこともない中で、将来は完全ペーパーレスでコンピューターを使いこなすことがビジネスマンの嗜みだと想像できるだろうか。

きっと「俺はノートとペンのほうがいい」と言うだろう。

Quest 3Sでゲームのネットワークコミュニティに入っている子どもたちも、いずれは社会人として大人になっていく。ゲームを中心としたコミュニティに長時間参加することに慣れた世代が、おそらくはるかに快適になっているだろう未来のデバイスで、どのように振る舞うかは、我々の世代の常識では推し量ることはできない。

VR、MR、AR、それにAI、それらを取り巻く開発ツールやコミュニティ。詰将棋のように準備を進めてきたMeta Platformsが向かおうとしている場所が、ようやく見え始めてきた。

(本田 雅一 : ITジャーナリスト)