【西田宗千佳連載】「Copilot+ PC」提供を急ぎすぎたマイクロソフト
Vol.141-3
本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はマイクロソフト が進めるAI 向けに強化された機構を持つPC の普及。「Copilot+PC」と銘打ったモデルの狙いと普及に向けた課題を探る。
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マイクロソフトは、AIをPC内で活用することを前提に策定した新規格である「Copilot+ PC」をアピール中だ。発売自体は今年6月にスタートしているが、売れ行きはさほど良くない。悪いわけではないようだが、「新機種が出たら売れる」いつもの水準に近く、「まったく新しいPCの誕生」で期待される量には達していない。
理由は複数あるが、そのひとつは「マイクロソフトが急ぎすぎた」からだろう。
この2年に起きたAIに関する大きなうねりから考えると、その変化がクラウドだけにとどまると考えるのは難しい。そうすると、「個人が使うデバイス」でいつ、どのくらい有用なものとして扱えるようになるかに注目が集まるのも、また必然である。AI活用をリードするマイクロソフトとしては、他社よりも早く、インパクトのある形でWindows PCにAIを持ち込みたいと考えていた。PC自体の需要を伸ばすにも必須のものだ。
その結果として、まず2023年末から「AI PC」という緩やかなマーケティングキャンペーンをうち、各社が開発中の新プロセッサーを使う形で2024年中に「新世代のPC=Copilot+ PC」をアピールする……という計画になったのは想像に難くない。
ただ問題は、6月の発表の時点では、Windows 11に組み込むべき「AIがないと実現できないこと」がそこまで突き詰められていなかった、ということだ。画像生成などはすでにクラウド型AIにもあり、それだけでPCの購入動機にはなりづらい。
画期的な機能として用意されたのが「Recall(リコール)」だ。AIがPC内での行動履歴を「検索可能な情報」としてまとめ直すことで、PCを使う際の物忘れを防止する機能である。要は「あれ、どうだったっけ?」をなくすことを目指したのだ。
だが、「行動履歴をスクリーンショットの形で記録し続ける」ことそのものが、重大なプライバシー侵害につながる懸念を持たれた。プライバシー侵害を防ぐためのオンデバイスAI利用であり、記録データの暗号化ではあるのだが、PCがハッキングされたときの対策や、そもそもの不安感の払拭といった点で、特に欧米の人々の期待に応えられなかった。
そのため、テスト版の提供開始は6月から10月に遅れている。正式版を多くの人が使えるのは、さらに先のことになるだろう。
最も特徴的な機能がないことは、やはりアピールする上でマイナス要因に違いない。6月に予定されていた公開もテスト版であるし、Copilot+ PC自体の企業への販売は今年後半からだったので、そもそも起爆剤に欠けていた部分はある。しかし、マイクロソフトとしては「いち早く」という強い思いがあったのだろう。結果的には裏目に出てしまったが。
同じようなことはどのメーカーも考えている。Googleは8月末から販売を開始した「Pixel 9」に「Pixel Screenshots」という機能を搭載した。現在は英語での提供のみだが、利用者が撮影したスクリーンショットをAIが解析し、「スマホの中での行動のデータベース」にして物忘れを防止するものだ。
趣旨としてはRecallとほぼ同じであり、違いは「自動記録ではなく、自分でスクショを撮る」こと。自分のアクションで覚えておきたいことを記録するので、Recallのようなプライバシーに対する懸念は出にくい……という立て付けなのである。
発想としてはどの企業も似たものを持っているが、それをいつどのような形で提供するかが重要になってくる。マイクロソフトは少し急ぎすぎ、Googleは状況を見ながら「ブレーキを踏んだ機能」を提供した、と考えることができる。
そして、Copilot+ PCにはもうひとつの懸念がある。「ARMなのかx86なのか」という点だ。ここは次回のウェブ版で解説する。
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