パリ五輪開会式での日本選手団

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現地語の順による入場は毎回

 パリ五輪の開会式は、大雨の中をセーヌ川の川下りの船に国ごとに乗ってという奇抜なアイディアが話題を呼んだ。それに加えて、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画「最後の晩餐」をLGBT擁護のパロディにしたらしき見せ方や、マリー・アントワネットの首が歌うなどエッジの効いた演出で大論争になり、なぜか日本では世界で突出して酷評が多かった。

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 対してパラリンピックの開会式は、夕暮れのシャンゼリゼ通りをコンコルド広場に向かって行進するという、オーソドックスかつ息を呑む美しい演出で日本人も安心したようだ。

 ただ、入場順がフランス語表記のアルファベット順だったので、戸惑った人が多かった。早くにドイツ(フランス語で「アルマーニュ(Allemagne)などが登場したのでびっくりだ。

パリ五輪開会式での日本選手団

 しかし、五輪開会式の入場順で世界が驚くのは、今回が初めてではない。現地語の順による入場は毎回で、東京では50音順、北京では漢字表記の頭文字の画数順だった。

 そんなことも含め、パリ五輪・パラの入場順とそこで使われた国名について、東京やロンドン、北京の時と比較しつつ雑学ネタを拾ってみよう。五輪の入場順は、歴史、国際紛争、文化などさまざまな秘密が発見できて楽しいのだ。

想像もつかないフランス語の国名

 五輪開会式では、伝統的に古代五輪に敬意を表して、ギリシャが最初に入場する。日本語の「ギリシャ」や英語の「グリース(Greece)」、フランス語の「グレース(Grèce)」はラテン語の「グレシア」が起源。ギリシャ語では「エレン」(ヘレニズム文明の呼び方と同じ系統)である。

 今回の2番目は難民選手団だった。そして終盤は、次々回開催国のオーストラリア、次回の米国、最後は開催国のフランスがアルファベット順と関係なく入場した。

 前述のドイツはドイツ語で「ドイチュラント(Deutschland)」、英語で「ジャーマニー(Germany)」。日本語の「ドイツ」はオランダ語呼称のようだ。フランス語の「アルマーニュ(Allemagne)」は南ドイツにいた古代アレマン族の名前に由来する。

 ドイツ以外で日本語や英語から想像できないフランス語の国名としては、オランダの「ペイ・バ(Pays-Bas)」がある。フラマン語の「ネーデルランド(Nederland=低い土地)」をフランス語に直訳したもの。英訳では「ネザランズ(Netherlands)」となる。日本語の「オランダ」は独立戦争の中心になった地方の名前で、日本を「ヤマト」と呼ぶのに近い。

 ミャンマーはロンドン五輪だと英語の「Myanmar」だったが、今回は旧名に基づく「ビルマニー(Burmany)」だった。

正式には韓日ワールドカップだった?

 スペインはフランス語で「エスパーニュ(Espagne)」、スペイン語で「エスパーニャ(España)」だ。このように発音は似ているが、ローマ字の頭文字が英語と違うものがある。

 チェコは英語だとCだがフランス語ではT。韓国は英語で「コリア(Korea)」だが、フランス語では「コレー(Corée)」だ。

 この違いは大事だ。IOCとFIFAでは事実上の第一言語がフランス語なので、2002年のFIFA日韓ワールドカップの場合、正式には韓日ワールドカップとなる。このフランス語優先に基づいて、東京五輪の開会式アナウンスも、たとえばオランダなら「ペイ・バ、ネザーランド、オランダ」だった。

 特殊なのはアメリカだ。日本語では「アメリカ合衆国」だが、英語では「ユナイテッド・ステイツ(United States of America)」からなので頭文字はU。フランス語はその直訳の「エタ・ジュニ(Etats-unis)」なのでEだ。

 イギリスは英語で「ユナイテッド・キングダム(連合王国、United Kingdom)」。フランス語の「ロワヨーム・ユニ(Royaume-Uni)」は国連でも使われるが、五輪ではフランス語が「グランド・ブルターニュ(島の名前、Grande Bretagne)」、英語が「グレート・ブリテン(Great Britain)」となる。

韓国世論が激高した大間違い

 日本語表記でなおかつ「英国」のように漢字の場合、本国の人たちが見当もつかない順序になる。北マケドニア、南アフリカや英領、米領が頭に着く植民地がそうだ。

 英語は形容詞が先、フランス語は形容詞があとなので、南アフリカは英語で「サウス・アフリカ(South Africa)」、フランス語で「アフリーク・デュ・シュッド(Afrique du Sud)」だ。

 台湾は英語で「チャイニーズ・タイペイ(Chinese Taipei)」だから頭文字はC、フランス語で「タイペイ・シノワ(Taipei Chinois)」だからTだ。

 フランス語で「コレー(Corée)」、英語で「コリア(Korea)」の朝鮮については、南北が隣り合わせにならない工夫も必要だ。日本語なら「大韓民国」と「朝鮮民主主義人民共和国」で都合良く離れるのだが(北朝鮮は新型コロナの蔓延を理由に東京五輪不参加)、英語のロンドン五輪では韓国が「コリア」のK、北朝鮮は「デモクラティック・リパブリック・オブ・コリア(Democratic Republic of Korea)」のDだった。

 パリ五輪では、韓国がフランス語の「コレー」で順序はCだった。一方、北朝鮮は「コレー・デュ・ノール(Corée du Nord)」とアナウンスでは呼びつつ、順序は「レピュブリク・ポピュレール・デモクラティク・デュ・コレー(République Populaire Démocratique de Corée)」のRに配した。ただ、小細工をしているうちに文書を間違えたらしく、韓国も「コレー・デュ・ノール」と紹介して韓国世論を激高させた。

 マケドニアは「マケドニア旧ユーゴスラビア」(Former Yugoslav Republic of Macedonia)と呼ばれていたが、ギリシャとの論争を経て「北マケドニア(North Macedonia)」と改称し、パリ五輪ではフランス語の「マセドワンヌ・デュ・ノール(Macédoine du Nord)」で参加した。ギリシャは両国を領域としていたアレクサンドロス大王の国名を、スラブ人に使わせたがらない。

ジャパンとジャポンと日本

 日本で「ジョージア」(Georgia)はかつてロシア語読みの「グルジア」だったが、英語読みに変えてほしいとの要請を受けて2015年に変更された。もっとも現地では「サカルトベロ」だ。

 現地呼称と国際的な呼び方が違うところはいろいろある。日本は英語で「ジャパン(Japan)」、フランス語で「ジャポン(Japon)」だが、これはおそらく「ニッポン」がポルトガル語の「ハポン(Japon)」(ブラジルでは「ジャポン」と読む)を通じてなまったものなので、無理することもない。

 しかし、中国が日本には「支那」と呼ぶなといいながら、サンスクリット語の同じ語源から来た(諸説あるが最有力説は秦)の「チャイナ(China)」「シーヌ(Chine)」はいいというのは解せない。朝鮮の「コリア(Korea)」(韓国はRepublic of KoreaまたはSouth Korea)の語源も高麗だから、これも変だ。

 ハンガリーは現地で「マジャロサーク」。ハンガリーはマジャール人より先にやって来たフン族由来だ。オーストリアはドイツ語で「エスターライヒ」。語源は同じだが、オーストラリアと間違えやすいので、こっちにした方がいいような気も。エジプトはアラブ語で「ミスル」だが、エジプトがあまりにも有名すぎるのも変えない理由か。フィンランドはフィンランド語だと「スオミ」だ。

インドが「バーラト」になる?

 日本語訳が変なのもいろいろ。アルゼンチンはスペイン語で「アルヘンティーナ(Argentina)」、英語で「アルジェンティーナ(Argentina)」だが、日本語では英語形容詞「アルジェンタイン(Argentine)」の誤読か。そうした地名国名の雑学に興味があるなら、「365日でわかる世界史」(清談社)という拙著に網羅的に書いてある。

 今後、ロサンジェルス大会までに起きるかもしれない大変化もある。モディ政権下のインドは現地呼称のヒンドゥー語の国名「バーラト(Bharat)」を好んで使うようになっており、もしかするとこちらで登場する可能性がある。ニュージーランドも、語源はオランダのゼーラント州なので、マオリ語の「アオテアロア」になっているかもしれない。

八幡和郎(やわた・かずお)
評論家。1951年滋賀県生まれ。東大法学部卒。通産省に入り、大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任。徳島文理大学教授。著書に『365日でわかる世界史』『日本人ための英仏独三国志』『世界史が面白くなる首都誕生の謎』など。

デイリー新潮編集部