同じ色なのに、塗装が違うだけで車内の温度が5度下がる――。そんなSF作品に出てくるような塗料を、日産自動車が開発している。“メタマテリアル”と呼ばれる技術を活用した「自動車用自己放射冷却塗装」は、車内温度の上昇を抑制しながら、エアコン使用時のエネルギー消費を減らし、燃費・電費の向上に繋がるという。2024年8月、メディア向けに公開された実証実験の模様とともに、その仕組みや将来の展望について紹介したい。

自己放射冷却塗装車。見た目には通常塗装の違いはわからない

羽田空港で「自動車用自己放射冷却塗装」の実証実験が公開


■自然界にありふれた“放射冷却”を、自然界にない材料技術で実現

自動車用自己放射冷却塗装は、放射冷却製品の開発を専門とするラディクール社と日産自動車が共同開発した塗料。放射冷却とは、物体が外部に熱を電磁波として放射し、温度を下げていくことを言い、それ自体は自然界にありふれた現象。一例を上げれば、晴れた冬の朝に地面に霜ができるのも、夜間に放射冷却で地面が冷えることが関わっている。

通常塗装に比べ、ルーフパネル表面温度はマイナス12度、運転席頭部空間はマイナス5度の効果


そうした放射冷却を、人工的に引き起こすのが自動車用自己放射冷却塗装の原理。自動車を自己放射冷却塗装で覆うことで、熱エネルギーを塗装面から宇宙空間に向けて放出し、外装、そして車内の温度が上昇することを抑えられるというのだ。

このメカニズムを支えるのが「メタマテリアル」と呼ばれる材料技術だ。直訳すれば「超越した材料」という意味になるメタマテリアルは、自然界に存在しない物理特性を人工的に実現した構造のこと。特殊な材料そのものを作るのではなく、材料の構造を工夫することで本来起こらない物理的な振る舞いを実現するというのがポイントだ。

日産自動車が研究するメタマテリアル


今回の塗装に使われている“熱のメタマテリアル”は、塗料の塗膜の中に、温度が上昇すると特定の波長の電磁波を放出する粒子がこめられている。この電磁波には大気に吸収されない波長を含むという特徴があり、電磁波に変換された熱が、大気を通り越して宇宙へと放出される仕組みだ。

■塗装で室温が“5度下がる”肌で感じる冷却効果

とはいえ、聞き馴染みのない言葉が多く、説明だけだとなかなかどういうものかわからないもの。その効果が体感できる実証実験が公開されたのが、厳しい暑さとなった8月、真昼の羽田空港だ。

自己放射冷却塗装車。見た目には通常塗装の違いはわからない


日産自動車は、羽田空港をはじめとする空港ターミナルを管理運営する日本空港ビルデングの協力のもと、羽田空港で使用されているANAエアポートサービスの車両に自動車用自己放射冷却塗装を実装。実証実験では塗装による冷却効果、常時太陽光が降り注ぐ環境での塗装の耐久性、塗装の上に日産車で通常使用されているクリアトップコートを塗っても冷却効果や耐久性に変化はないかの3点を検証しているという。

今回は実証実験に用いられている自己放射冷却塗装車と、通常塗装車とが駐車場に用意され、それぞれの温度の違いの比較体感が行われた。白く塗装された二台は、見た目にはまったく同一で、言われなければ塗料が違うとは気付けない。

炎天下に駐車された通常車の表面温度は43.5度


通常車の真横に置かれた自己放射冷却塗装車の表面温度は36.6度


だが、車体表面を温度計で計測すると、通常車が43.5度なのに対し、自己放射冷却塗装を施された車両は36.6度と、約7度も温度に差があった。この温度差は数字上のものだけでなく人間が実感できるもので、エアコンを付けていない車内に入ってみると、室内の空気から感じる熱気の強烈さが自己放射冷却塗装は明らかに和らいでいると感じた。

実はこの技術は既に羽田空港内の各所で採用されており、塗装と同様の技術で作られたラディクール社のフィルムがボーディングブリッジや連絡橋の構造やガラス面に貼られ、表面温度は8.3度から9.7度、室内温度は4.5度から5.0度低くなるという冷却効果が得られているという。

■冬は冷えずに夏は冷える「都合のいい材料」の課題は量産車向けの“厚さ”

実験会場には、同塗装の開発を担当した日産自動車の三浦進さんも出席。三浦さんは日産の総合研究所で先端材料・プロセス研究の主任研究員として、これまでにも車内の静粛性を向上させる「音響メタマテリアル」の開発も担当。サイエンス誌に自己放射冷却をするメタマテリアルの論文が掲載されたことをきっかけに自動車向けの開発がはじまったと語る。

日産自動車の三浦進さん


現時点では、色は白一色のみという同塗装。質疑応答で実用化への課題を聞かれた三浦さんは「現在、通常の塗料よりも厚みがございます。ですので、現時点では量産車への採用というのは非常に厳しい状況でございます」と、塗料の厚さが障壁になっていると話す。

メタマテリアルの技術を利用した放射冷却塗料は既に建築用途での使用がはじまっているが、自動車の塗装はエアスプレーで塗布され、さらに塗装の上からクリアトップコートを重ねる関係上、塗膜をより薄くする必要があるからだ。開発当初の120マイクロメートルから大幅な薄膜化を遂げ、一般的な自動車塗装に用いられるエアスプレーでの塗装にも成功したものの、量産車向けの薄さにはまだ至っていない。一方、実証実験で使用されているような商用車両、救急車やトラックなどの特別塗装車であれば、膜厚が多少厚くとも塗装が可能なため、現時点では特装車への採用を検討中だという。

二つの塗装のサーモグラフィー


塗装の比較


また、塗装が放射冷却することで、気温の低い冬場などは通常車より車内が冷え込んでしまうのではないかという質問には「冬について、効果がなくなるとは言い切れないのですが、温度差はほぼ感じられないレベル」という回答が返ってきた。これは、放射するエネルギー量が塗装膜の温度に比例するからだそうで、絶対温度の4乗に比例して放射エネルギーが強くなるのだという。つまり、気温が低く塗装膜も冷えているときはほとんどエネルギーを放出せず、気温が高く日光や放射熱で熱せられる夏場は多くのエネルギーを放出する形。三浦さんの言葉を借りれば「非常に都合のいい材料」というわけだ。

■エンジンだけじゃない、日産のカーボンニュートラルへの取り組み

さまざまな分野で、温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させ、差し引きをゼロにする「カーボンニュートラル」の実現を目指している現代。自動車で言えば電動化・ハイブリッド車など動力に関わる部分に注目されがちだが、自動車用自己放射冷却塗装で空調効率が向上すれば、その分エネルギーの消費が抑えられる。本塗装は、カーボンニュートラルに繋がるアプローチとしても大きな意義を持っていると言える。

本技術は白色以外でも実現は不可能ではないそうで、現在カラーバリエーションを増やせるよう開発が続いているという。見た目は変わらず、けれど塗装が室温を下げ、省エネにも繋がる――。そんな未来を感じる新技術が、実用化に向け確実に動き出している。