「下着に手を…」エリート会社員がアプリで出会った女性と一泊し不同意わいせつの被疑者にされるまで
■初めてのお泊りでキス
弁護士に依頼がくる美人局被害の相談内容はさまざまですが、今回は高収入の男性向けに美人局の被害にあった人のケースを紹介します。
依頼者は50代で女性慣れしていなさそうな技術職の男性。「女性から『不同意わいせつの被害を受けた』と言われて困っている」と電話をかけてきたのです。
相手は小柄な20代女性。2人はマッチングアプリで知り合い、3カ月ほどかけて、食事やデートを重ねていました。正式に付き合うという話はまだしておらず、男性は奥手なこともあり、性交渉は一度もなかったといいます。ある日、女性に「家に行きたい」と言われ、男性は、女性に好意をいだいていたため快諾しました。そこで、流れでキスをし、翌日も笑顔で別れたそうです。ただ、二人の間には性交渉はありませんでした。
その後男性は仕事が忙しくなり、数日ほど自分からの連絡をしませんでした。すると、女性の方から連絡が来て「お泊りのときに望んでいないのにキスをされたことは犯罪行為だから警察に被害届を出そうと思っています。でも、おおごとにしたくないし早く解決したいからお金を払ってくれたら示談にします。今週土曜日のお昼に、指定するカフェまで来てください」と唐突に告げられたのだそうです。
■性犯罪に多い「相手も嫌がっていなかった」という言い分
そこで男性はいったん返事を保留にして、ネットで探した弁護士事務所に相談の電話をしたという流れです。事実確認をすると、男性いわく「キスはしたが嫌がってはいなかった」と言います。性犯罪系だと「相手も嫌がっていなかった」という言い分はよくある話なので、それをそのまま鵜呑みにする弁護士はいませんが、状況を詳しく聞いていくと女性の態度や行動もおかしいのです。
お泊りした翌日の朝、男性は先に家を出て、女性に「出るときに玄関のドアを締めて、郵便受けに入れておいてくれたら」と鍵を渡しています。つまり、後から女性が立ち去ったわけです。男性が帰宅してみると鍵は郵便受けに入っていましたが、冷蔵庫には、女性が作ったと思われる、忙しい男性がすぐに食べられそうなおかずがいくつも入っていました。
被害者が、被害に遭ったあと加害者のために料理をして帰るというのは違和感があります。また、示談を持ちかけるにしても、被害者が直接加害者と会おうとする点にも違和感があります。被害者の多くは、例え人目がある場所であったとしても、怖さや嫌悪感から加害者に会いたくない、会えないとなるケースが多いからです。
そこで、男性の依頼を受けた弁護士が、代理人となって女性と交渉することになりました。弁護士が電話で「大変お辛い状況とは思いますが、被害の状況をお聞かせ願えますか?」と聞くと、女性からは「ブラジャーの中に手を入れられました」と回答が。しかし、もともと女性が男性に伝えた被害は「無理やりキスをされた」という内容でした。内容が当初の話からエスカレートしていることに、担当弁護士は不信感を持ったといいます。男性に確認すると「そんなことはしていない」とのことでした。
不審な点がもう一点。「おいくらの弁償額をお考えですか?」という質問に、「検討しますが、そちらからも提示してもらえませんか」以外の回答がいつまでもないのです。早く解決したいなら、相応の具体的な値段を言ってくるはずです。仮に美人局だった場合、相手側に金額を提示させてから「それでは足りない」と上乗せしてくる手口があります。静観しているうちに3週間ほどが経ちました。
■被害内容がどんどんエスカレート
女性がこの間に警察に被害届を出すかもしれないので、担当弁護士は先手を打って男性とともに警察に同行し、これまでのやりとりなども全て警察に共有したといいます。
そのあとで女性に「弁償額について、いかがでしょうか」と再度連絡すると、しばらくしてから「警察に被害届を出しました」との返事。この時点で、男性は不同意わいせつの被疑者になってしまいましたが、またも女性側に不審な点が。警察に女性が申告したという被害内容がさらにエスカレートしていて「羽交い絞めにされて、泣いていたのに、無理やり押し倒された」というものに変わっていたのです。
被害届が出されたことで、男性は、被疑者として取調べを受けることになり、精神的にとても辛かったと言います。ただし、事前に男性側からも弁護士を通じて、警察には状況の説明やお金を請求されていると相談しており、性加害の証拠が不十分であることから、男性は不起訴となりました。
ただ、男性は、その後女性不信になってしまったそうです。
■男女ともに「密室」は危険な理由
密室では何が起こっても、起こってなくても客観的な証拠となるものがありません。また、男性は最初のデートで女性に名刺を渡し、職場がどこかを教えてしまっていたそうです。これもトラブルになったときに、職場に来られるリスクがあるのでNG。実際、男性もその点の不安が大きかったのではないでしょうか。
美人局は、男性が「性犯罪の被疑者になった」というレッテルを世間に貼られたら大打撃になることへの不安を利用し金銭を要求してきます。性交渉はしなかったものの、奥手な男性が、お付き合いの前に女性を家に泊め実際にキスはしてしまったことの後ろめたさも利用されているのです。
男性の良かったと思われる行動は、いくつかありますが、「お金を払ってください」と言われたときに保留にし、弁護士に相談したこと。
とりわけ、女性に「警察沙汰にしますよ」と言われた場合への覚悟ができていたことは、重要なポイントでした。男性には「自分は犯罪行為などしていないから絶対に弁償などしたくない」という強い意志があったそうです。被害届を出されたくなかったらお金を払うしかなくなってしまっていたので、弁護士と共に戦うと腹をくくっていたことが、彼の不起訴へとつながったと思います。
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鮫島 千尋弁護士
東京弁護士会所属。鮫島法律事務所所長。犯罪被害者支援委員会委員・紛議調停委員・あっせん人補。日本交渉学会員・全国マンション問題研究会会員。一般社団法人弁護士業務研究所理事。週刊誌・NHK・民放番組等でコメントや番組監修を担当。弁護士向け研修講師を担当。熊本大学大学院(交渉紛争解決実践コース)にて、交渉・紛争解決学、弁護士実務における紛争解決スキルの実用性の研究を行う。現在は、犯罪被害者支援に注力しつつ、多くの民事・刑事事件を対応し、刑事では無罪判決を獲得している。また、対話による円満解決をモットーに、交渉学や紛争解決学の知見を活かし、日々活動を行う。
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(弁護士 鮫島 千尋 文=土居雅美)