アメリカではBNPLに消費者保護規則が適用されるが、多重債務問題の解決にはつながらず(画像左:クラーナ公式HPより、画像右:アフターペイ公式HPより)

BNPLとは英語「Buy Now, Pay Later」の頭文字をとった造語で、「後払い」サービスを指す。新規上場(IPO)の準備をしていることを5月に発表したスウェーデンのBNPL事業者Klarna(クラーナ)は、アメリカでの今年最大級のIPO案件として投資家の注目を集めており、ソフトバンクグループも出資している。

今後の成長を期待する投資家も多いBNPLだが、その行方に暗雲が垂れ込めている。各国で始まった規制強化の動きだ。

アメリカは消費者保護規則を適用

アメリカの消費者金融保護局(CFPB)は5月22日、BNPL事業者は「クレジットカード発行者」であることを明確化し、貸金業サービスの消費者保護規則(レギュレーションZ)の一部を適用すると発表した。7月下旬から施行される。これにより、BNPL事業者には定期的な明細書の発行や、払い戻し、係争管理などが義務づけられるようになる。

アメリカがBNPLの規制強化へ舵を切るのは、利用者の急増によってトラブルが頻発しているためだ。CFPBも「急拡大するBNPL市場に関する調査を2年以上も前に開始したが、消費者からの苦情が後を絶たない」と指摘している。


BNPLは、その名の通り利用者が商品を購入して、あとで代金を支払えるようにするサービスだ。利用者は電話番号やメールアドレスを入力するだけで即時に商品を購入でき、その後の支払いは主にデビットカードやクレジットカードが利用される。サービスによって支払い方法などに違いがあるが、利用者に利息や手数料がかからない消費者ローンと位置づけられる。

CFPBは今回、利息や手数料なしで4回以内の分割払い返済を伴う消費者ローンをBNPLと定義し、規制の適用対象とした。

BNPLとクレジットカードの違い

従来のクレジットカードとBNPLの大きな違いの1つが「利息の有無」だ。クレジットカードの利用で利息なしの一括払いが一般的な日本と異なり、アメリカでは利用額が多い月であってもあらかじめ設定した一定の金額を利息付きで支払う「リボ払い」が普及している。


CFPBの調査によれば、アメリカのクレジットカードアカウントの3分の2がリボ払いを活用しているとされる。そうした環境の下、利息なしで分割払いが可能なBNPLが支払い手段として好まれていると考えられる。

大和総研で主任研究員を務める矢作大祐氏は「BNPLを利用すれば、FRBによる利上げの影響を受けにくくなる」と話し、消費者の間で利上げ負担の回避策としてBNPLの利用が拡大した可能性を挙げる。

もう1つの大きな違いが「利用までの手軽さ」だ。クレジットカードを作る際には本人確認などのためにカードの発行に時間がかかるのに対し、BNPLは電話番号やメールアドレス等を入力するだけで自動与信審査がなされ、即時に商品を購入できる。

もっとも、与信審査の手軽さには危険性もはらむ。

CFPBの調査によれば、BNPLの利用者は非利用者と比べて多くの負債を抱え、それらの返済が未払いとなっていることが多い。さらに貯蓄も少ない傾向にある。

こうした背景から、BNPL利用者の多重債務問題も顕在化している。大和総研の矢作氏は、「個々の取引は少額でも複数のBNPL事業者から借り入れることで多重債務に陥るリスクがある」と指摘する。

共有されない信用情報

BNPL事業者は、信用情報機関の顧客データなどを基に与信審査を行っているが、BNPL事業者は顧客情報を信用情報機関に共有していないため、顧客のBNPL負債額がブラックボックスとなっている。このことも多重債務を生み出す一因となっている。

CFPBは2022年にブログ上で、信用情報機関は「できるだけ早くBNPLの顧客データを信用情報機関に組み込み、BNPLのデータが正確に反映されるようにすべきだ」と強調している。

「Apple Pay Later」を展開する米アップルは今年2月に主要BNPL事業者として初めて信用情報機関のエクスペリアンに与信情報を提供することを発表した。ただ、その他の主要BNPL事業者は、いまも信用情報機関に顧客の与信情報を報告していない。そのアップルもサービス開始から約1年が経った今年6月に、早くもBNPLサービスの終了を発表している。

こうした中、スウェーデンのクラーナは3月に「なぜクラーナはアメリカの信用情報機関にBNPLの支払い情報を報告しないのか」と題したプレスリリースを公表。信用情報機関で使用されている信用モデルが時代遅れとなっており、BNPLの支払い情報を信用スコアに組み込むと利用者の信用スコアが著しく低下してしまうと主張している。そのうえで、「『ゾンビ債務』を奨励しているわけでは決してない」と述べている。

今回のCFPBによる規則では、BNPL事業者を「クレジットカード発行者」と見なしつつも、消費者保護規則の“一部”を適用するものだ。事業者に対して利用者からの返金やキャンセルに応じ、紛争解決を義務づける内容にとどまっている。直接的に多重債務問題の解決には言及しておらず、信用情報機関への報告義務などについても触れていない。

クラーナなど大手BNPL事業者が加盟する金融テクノロジー協会(FTA)は、今回の規則適用についてのコメントをCFPBと同じ5月22日に発表。「BNPLはクレジットカードとは根本的に異なる」と指摘しつつも、「業界全体で統一された健全な消費者保護を提供するためのガイダンスを歓迎する」と述べた。

大手BNPL事業者は消費者保護の取り組みを従前から実施しており、今回の規則適用による業績への影響は小さいとみられる。現地報道では「何も変わっていない」とする否定的な声も伝えられており、多重債務問題などの根本的な解決にはほど遠い状況だ。

大和総研の矢作氏は「現状はリーマンショックのような金融システム全体を揺るがす大きな問題には至っていない。ただ、家計の苦しさを示すサインとして注視しておくべきだ」と話す。

注目が集まる世界各国の規制

既存の法的枠組みの外で急拡大を遂げてきたBNPLだが、いまやアメリカに限らず、イギリスやオーストラリアでも法規制化が始まっている。今後も世界的な規制強化の流れは続くとみられ、事業者側も各国の規制に応じた対応が求められることになる。

金融のイノベーションによって消費者の利便性を向上させつつ、規制を導入しながら多重債務などの問題をいかに回避していくのか。各国規制当局の「さじ加減」に、事業者や投資家の注目が集まっている。

(郄岡 健太 : 東洋経済 記者)