サブリナ・カーペンター『Short n’ Sweet』

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 2024年も折り返し地点を迎え、上半期を総括するムードが漂うこの頃。とはいえ、ポップミュージックの魅力といえば全く予測できない出来事がよく起こるということであり、去年の今頃にサブリナ・カーペンターが特大ブレイクを果たしたり、『Coachella Valley Music and Arts Festival(コーチェラ・フェスティバル)』のラナ・デル・レイのステージ上でプレイボーイ・カルティのヴァース(「I LUV IT(feat. Playboi Carti)」)が鳴り響いたり、テイラー・スウィフトが一つのアルバムに対して30種類以上のバリエーションを用意してチャートをハックすると予想していた人はほとんどいなかったはずだ。きっと上半期を総括したとしても、下半期にはまた新たな出来事に振り回されるのだろう。

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 今回ピックアップした5曲も、一見すると何気ない新曲のようでいて、そのどれもが予想外のサプライズに満ちたものだ。2024年の後半も、そんな新たな驚きに期待したいところである。

■Sabrina Carpenter「Please Please Please」

 ついにこの曲で自身初の全米チャート1位を達成した、現在大ブレイク中のサブリナ・カーペンター。「Espresso」の大ヒットと併せて「2024年に最もブレイクしたアーティスト」の称号を獲得するのは、もはや間違いないだろう。現在の音楽業界を代表する存在となったジャック・アントノフ(テイラー・スウィフト、 ラナ・デル・レイなど)をプロデューサーに迎えた本楽曲は、初夏のムードを彩るのにぴったりの最高に風通しの良いポップナンバーだ。「Espresso」から続く物語を描いたMVでは、刑務所を舞台に(現実でも交際中の)バリー・コーガンと情熱的なドラマを繰り広げており、こちらも話題沸騰中である。

 自分自身が歩むドラマティックな物語を、あくまで等身大で親しみやすい形でポップな楽曲として表現するサブリナらしさは本楽曲にもたっぷりと詰まっており、「俳優との恋愛に抱く不安」という直球の題材を、柔らかでキラキラとしたシンセサイザーの音色と印象的な〈Please please please〉というフレーズを巧みに使ってとびきりキャッチーに描いている。今年のトレンドでもあるカントリーポップの影響を取り入れた開放感のあるサウンドも素晴らしく、何度でも聴きたくなるくらいに心地よい。8月23日にリリースを控える待望の最新アルバム『Short n' Sweet』への期待が高まるばかりだ。

■Camila Cabello「Chanel No.5」

 今年の『コーチェラ・フェスティバル』におけるラナ・デル・レイのステージへの(予想外すぎる)サプライズ出演も話題となったカミラ・カベロによる、最新アルバム『C,XOXO』(6月28日リリース)からの先行シングル。本稿執筆時点ではまだアルバムリリース前のために実際の作品がどうなっているのかは分からないが、少なくとも本楽曲が(前述のステージでも披露された)「I LUV IT」から連なるポップエクスペリメンタル路線における一つの集大成的な会心の仕上がりであることは断言してもいいだろう。「I LUV IT」ではまだ笑うことを許されるようなユーモラスなムードがあったが、この奇妙で切ないポップバラードにはそのような余地はなく、「シャネルの5番」を手首に吹きかける仕草を起点にして、意中の相手を思うがままに操ろうとする自身の姿を巧みに描いている。

 現在のカミラの楽曲が、PC Musicを中心としたいわゆるハイパーポップの影響を受けていることは(印象的なシンセサイザーの使い方に象徴される過剰なポップネスや、奇妙なアートワーク・MVなどから)明らかだが、調子の外れたピアノの音色が本楽曲の世界観に脆さを与えているように、今のカミラはそこにあるムードを的確に抽出して自身の表現へと落とし込むセンスを持っているように感じられる。それは、ただ日本語の単語を取り入れるだけではなく、しっかりと語尾で韻を踏むことで余韻を生み出すという、まさに「侘び寂び/wabi-sabi」に満ちたリリックからも分かるのではないだろうか。アルバムの仕上がりにも期待したい。

■Shaboozey「My Fault(feat. Noah Cyrus)」

 ビヨンセ『COWBOY CARTER』でも重要な役割を果たした、アメリカ バージニア州出身のヒップホップ/カントリーアーティストのシャブージー。4月にリリースされた「A Bar Song (Tipsy)」がロングヒットを記録するなど、現在のポップシーンにおけるカントリームーブメントに新たな動きを生み出す存在として注目を集める中、その勢いに乗るように最新アルバム『Where I’ve Been, Isn’t Where I’m Going』(5月31日リリース)が発表された。同作は全米/全英ともにカントリーチャートで上位(全米2位、全英4位)を記録し、自身の存在を改めてシーンに刻み込んでいる。

 同作に収録された中でも、特に人気の高い楽曲の一つが、アメリカ・ナッシュビル出身のシンガー、ノア・サイラスをフィーチャリングに迎えたこのデュエットナンバーだ。〈Is it my fault you're lost?(あなたが彷徨うようになってしまったのは私のせい?)〉と二人が歌う本楽曲は、相手が失意の底に落ち、自身が苦しむ姿を互いに歌い上げるという容赦のないハートブレイクソングであり、優しく寄り添うカントリーの音色がさらに切なさを増幅させる。偉大なるカントリーの先人たちにリスペクトを捧げながらも、あくまで既存の流れとは異なる自分らしい在り方で、その影響を表現し続ける二人の歌声の相性も素晴らしい。

■Feid「SORRY 4 THAT MUCH」

 昨年はSZAやラナ・デル・レイらを抑えてSpotifyの年間最多ストリーミングアーティストの一人に名を連ね(グローバル6位)、バッド・バニーやJ・バルヴィンといった多くのトップアーティストとの共演でも知られるコロンビア出身のレゲトンシンガー Feid。多作で知られる彼だが、今回の新曲が特にスペシャルなのは、意中の人物に浮気されたことによる傷心を相手への感謝の想いへ何とか変換しようとする自身の姿が率直に描かれたリリックと、その複雑な感情が隅々まで染み込んでいるかのような感傷的なサウンドと力強いビートにどうしようもないほど魅了されるからだろう。自身の武器でもあるエモーショナルなメロディセンスは今回も見事に炸裂しており、聴くたびにどうしようもない気持ちになってしまう。

 本楽曲のもう一つの特徴は、なんとMVが全編日本で制作されているという点だ。それも、いわゆる観光感のある映像ではなく、しっかりと楽曲のムードを投影した仕上がりになっていることにも、Feidのこだわりを強く感じることができる(妙に朝の番組の解像度が高いのもポイントだ)。米ビルボードのラテンチャートでも(客演なしの楽曲として)自身最高位の4位を記録するなど、今のFeidはさらに自身のキャリアのピークを更新しようとしている。ここまで日本への愛を示してくれているのだから、勢いに乗る今だからこそ、願わくば待望の来日公演を実現してほしいところだ(なぜか今年4月にMARVEL STOREでのサイン会のみ実現している)。

■Eminem「Houdini」

 帰ってきた、いや、「きやがった」と言うべきエミネムの悪名高いオルターエゴことスリム・シェイディ。「Without Me」などの自身の大ヒット曲を楽曲やMVの随所に引用していることや、全体を覆う自虐的なムードなどからも分かるように、今回のエミネムは明確に自身の全盛期と、あれから約20年を経てすっかり時代やシーンに馴染めなくなった自分自身の姿の対比を描いている。そうしたテーマ自体は近年の楽曲でも取り扱ってきたものだが、今回はスリム・シェイディという存在そのものを引っ張り出すことによって、その構造をさらに分かりやすく浮き彫りにしている。

 近年の作品ではどこか無理をしているような印象もあったエミネムだが、サウンドやライム自体が原点回帰しているということもあってか、本楽曲における彼のラップは聴いていてとにかく気持ちが良く、久しぶりの大ヒットを達成したことも頷ける(全英1位/全米2位)。一方で、差別的な内容満載のリリックに関しては「酷すぎる」の一言なのだが、本人としては(これまでもそうであったように)本心で言っているのではなく、「もし、スリム・シェイディが現代にいたらどんなに面倒か(≒過去の自分がいかに厄介か)」をある種のコメディとして出したつもりなのだろう(何せ、MVの後半では現代の「白人の悪ガキ」を代表するピート・デヴィッドソンと自身の姿を重ねている。もちろん、だからといって肯定できるわけではないが)。だが、その反響を眺めていると「よくぞ言ってくれた!」という感想も少なくはなく、「それって『サウスパーク』のカートマンや『ザ・ボーイズ』のホームランダーを本気で崇めるようなものなのでは?」という疑問が頭から拭えないが、それもまた今のシーンの実情なのかもしれない。

(文=ノイ村)