フリーアナウンサー・神田愛花『初めての始球式!!』

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5月4日(土)午後1時半。青空の下、私は広島東洋カープの本拠地、マツダスタジアムのマウンドに立っていた。私の手にはプロ野球の公式球は大きく、滑る。念のためロジンバッグを3回、パフパフした。バッターボックスには横浜DeNAベイスターズの1番バッター、桑原将志選手が。(お願いします!)と心の中で言いながら会釈をすると、スタンドから大きな拍手が起こった。想像していたよりもしっかり聞こえてくる拍手に、(応援ってこんなに届くのか!)とびっくりした。

私の母は50年来のカープファンだ。子どもの頃は一日30分しかテレビを見せてもらえなかったが、プロ野球中継だけは例外。その影響で中学生になると野球観戦が大好きに。愛花少女はおのずと、カープに愛着を持つようになった。

当時の私の推し選手は、大野豊投手と達川光男捕手。NHKに入局後、プロ野球解説をされていた大野さんとの会食に参加させていただいた。以来20年近く、大野さんのお誕生日には毎年「おめでとうございまーす!」とお電話している。

そんな私は、始球式に呼んでいただける日を心待ちにしていた。そしてついにオファーが。テレビ新広島さんが、『ぽかぽか』の番宣のためにカープの試合を一日、″ぽかぽかDay″にしてくださったのだ。念願の始球式、しかもカープの本拠地で!! ものすごく嬉しかった。硬球を投げたことはないけれど、幼稚園に入る前から兄と野球もどきの遊びはしてきたし、ピッチャーのモノマネだってしてきた。(絶対に成功させるぞ!!)と強く誓い、冒頭のシーンを迎えた。

審判が右手を挙げた。この動作の後、速やかに投げるルールだと聞いている。(よし、いよいよだ)。ボールを持つ右手を腰の後ろに回し、前屈みになった。

このタイミングでどうしてもやりたいことがあった。″サインがなかなか決まらないという流れ″だ。キャッチャーが球種をサインで指示する際、ピッチャーが「違う」と思うと、首を振ってサインの出し直しを求める。昔からその流れにプロ魂を感じ、憧れていた。

ただ、私ごときがこの場でそんなおふざけをして、観客は受け入れてくれるのか。いざマウンドに立つと不安になった。(大丈夫だ愛花、萎縮するな!)と言い聞かせ、3万人強の観客に(伝わってー!)という思いで、首を大きく横に振った。そして(もう一回だ愛花!)と、もう一度大きく首を横に振った。この間、怖くて観客の反応は覚えていない。(よぉし! 次のサインでGoだ!!)と、実際には一度も送られていない會澤翼捕手からの三つ目のサインに、首を大きく縦に振った。

無音の中で聞こえた声援

そしてセットポジションに入った時、観客が一人もいなくなったかと思うくらい、静まり返ったのだ。(ピッチャーってこんな静かな中で投げてるの!? 孤独だ)と心細くなった時、どこからか女性の声で「アイカ――!!」という声援が聞こえた。無音の中、その声だけがしっかりと。ハッとして(はい! アイカです!!)と心の中で返事をした。観客全員が応援してくれているような不思議なパワーを両肩に感じ、急に肝が据わった。

そこからは鮮明に覚えている。直前の投球練習で友人の秋山翔吾選手に教わった通り、腕や足の動きを一つ一つ確認しながら丁寧に、でも思い切り遠投をした。放たれた白球は高く大きな放物線をゆっくりと描きながらも、迷いなく會澤捕手のもとへ。(頼む! 届いて――!!)。そして……パシッ!! ボールがミットに収まる音と共に、スタンドから「オ――!!」という大歓声が。外角高めのギリギリストライクだった。(決まった――!!!)。その時の動画を見ると、私が首を振った時、ちゃんと笑いが起きていた。一方で、「早く投げろ――!」という声も録れていた(笑)。

この時投げたボールには、解説のために球場にいらっしゃっていた大野さんと達川さんに、サインを書いていただいた。私が投げた白球の上で、永遠に黄金バッテリーを組み続けるお二人。宝物だ。

さらには、私の投球姿が公式のプロ野球カードになるそうだ。親族にあげたいと思い「6枚だけ私用に頂戴できませんか?」とお聞きしたところ、「100枚差し上げます」とのこと。有り難いけれど、そんなに沢山!? どうやって捌(さば)こうかな。

かんだ・あいか/1980年、神奈川県出身。学習院大学理学部数学科を卒業後、2003年、NHKにアナウンサーとして入局。2012年にNHKを退職し、フリーアナウンサーに。以降、バラエティ番組を中心に活躍し、現在、昼の帯番組『ぽかぽか』(フジテレビ系)にメインMCとしてレギュラー出演中

『FRIDAY』2024年6月7・14日号より

イラスト・文:神田愛花