宇崎竜童「詞を乗せられるようなメロディーを書かないと‥‥」/テリー伊藤対談(2)

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テリー ライブのプロデュースって、阿木さんはどこまで関わってるんですか。

宇崎 全部です。曲のセレクト、曲の順番、それから曲の間のコメントなんかも。映像を使う場合は、どういう映像にするかとか。

テリー ああ、そうなんだ。

宇崎 毛筆の字をスライドで出す時は「この字を書いてください」って言われて、うまくもないのに俺が書くんですよ。5月にいらっしゃるとわかると思うんですけど、照明から何からもう全部言う通りですよね。

テリー 衣装は?

宇崎 衣装はこの頃は、割と事後報告にしてます。買ってしまうんですね、僕が。

テリー 衣装は自分で選んでもいいんだ。

宇崎 でも、「何、それ?」って言われることもあるので、そう言われたら、すぐに変えます(笑)。

テリー ライブが阿木さんのプロデュースになってどのぐらいですか。

宇崎 もう5、6年ですね。

テリー 新曲なんかも2人で考えるわけですよね。

宇崎 そうですね。

テリー それはどういう感じで。例えば詞と曲、どっちが先なんですか。

宇崎 ほとんどはメロディーが先ですね。

テリー じゃあ、宇崎さんが先に曲を作って、そこに阿木さんが詞を乗せる。

宇崎 そうです。詞を乗せられるようなメロディーを書かないと、乗せてくれないですね。

テリー あ、そう(笑)。でも、例えば宇崎さんの気分的に「これから夏に向かってこんな曲にしたい」とか、「逆に今ちょっとブルーな気分だからバラードにしよう」とかってあると思うんですね。それが阿木さんと違ったら詞を書いてもらえない?

宇崎 自分の中で勝手に盛り上がって作りたいと思った時は、自分でまず作詞も作曲もやりますよね。

テリー そうか、なるほど。まず自分で全部作っちゃうんだ。

宇崎 そうですね。で、それを聴いてもらう時もあれば、聴かせないでそのままステージでやっておいて、評判がよければレコーディングっていうこともありますけど。でも、メロディーが先っていうことは、ほぼ変わらないですね。

テリー それは他のアーティストに楽曲提供する時も同じですか。

宇崎 同じですね。例えば、今ありがたいことに、林部智史君みたいな人からオーダーが来たりするんですよ。そうすると僕より音域が全然広いシンガーだから、僕の声ではデモテープが作れないような曲を作るわけですよね。

テリー 林部さん、歌がうまいからね。林部さんに合わせた音域の曲を作るっていうことですね。

宇崎 そうです。で、作って、阿木に聴かせるまでに大体5、6曲は捨てますよ。「あ、これはダメだ」っていう自分の判断の中で。で、それが7、8曲目になった時に「聴いてもらってもいいかな」って聴かせるじゃないですか。すると「うーん」っていう顔して、首がピュッと横へ動いたら、またすぐ作るんです。

テリー そうなんだ(笑)。でも、その中には宇崎さんが絶対自信を持ってる曲もありますよね?

宇崎 ないです。

テリー ええっ、ないの?

宇崎 ない、ない。メロディーが先っていうのは、何にもすがるものがないから、自信を持って提出することはまったくないですね。

テリー そんなもんなんだ。

宇崎 でも、林部君の場合なんかは、あるイメージが僕にも彼女の中にもあって、例えばタイトルだけ先にくれたりするんですよ。それで、「ああ、わかった。じゃあ、こういう曲だね」って作って、一発でOKもらう時もあります。そういう時はやっぱりうれしいですよね。

ゲスト:宇崎竜童(うざき・りゅうどう)1946年、東京都出身。1973年、「ダウン・タウン・ブギウギ・バンド」でデビュー。作曲家としても楽曲を提供し、妻・阿木燿子とのコンビでは山口百恵の「横須賀ストーリー」「プレイバックpart2」などを制作。また、ダウン・タウン・ブギウギ・バンド解散後も「竜童組」「宇崎竜童 & RUコネクション with 井上堯之」など多くのバンド活動を展開し、ソロでも活動。2023年にデビュー50周年を迎え、5/11(土)「デビュー50周年イヤーメモリアルコンサート」を東京国際フォーラムCホールにて、5/25(土)には「宇崎竜童50周年記念公演ダウン・タウン・ブギウギ・バンドを振り返る」を横浜関内ホールにて開催。