34年前の“主役”タイソンが「凶悪」と認めた怪物は熱狂を起こせるか 井上尚弥の夢舞台を楽しもう

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前回のタパレス戦から約半年。井上はその強さにさらに磨きをかけてきている。(C)Takamoto TOKUHARA/CoCoKARAnext

 日本ボクシング界が誇る偉才・井上尚弥(大橋)。「怪物」と称される彼の試合には、これまでも幾度となく魂を揺さぶられてきた。

 鮮烈なラッシュで1回TKO勝ちを収めた18年のジェイミー・マクドネル(英国)戦、右目眼窩底骨折の重傷を負いながらフルラウンドを戦い抜いた2019年のノニト・ドネア(フィリピン)戦など、どれも印象深いものばかりだ。

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 しかし、開始前から、これほど多くの人々が興奮させられ、強い関心を抱いている試合は、初めてかもしれない。5月6日に行なわれるルイス・ネリ(メキシコ)との世界スーパーバンタム級4団体タイトルマッチだ。

 そう仰々しく言うと、ネリがどれほどの「難敵」なのかとカジュアルなファンの方々は思うかもしれない。念のために説明しておくと、下馬評では心身ともに充実している井上を優位と見る声は強い。それも圧倒的に、だ。少なくとも筆者が見聞きした海外メディアや記者たちの予想においてルイス・ネリの勝利を推す者はいなかった。

 かく言う筆者もネリの苦闘は避けられないと見ている。5日の会見で「コンディションはいつもながらバッチリ」と相変わらずのストイックさを垣間見せた井上は、パワー、スピード、テクニックなどあらゆる面で格上。29歳のメキシカンに付け入る隙を与えるとは考えにくい。

 両者の間にある差は明確。ではなぜ、人々は今回の試合に早々と熱狂するのか。理由はさまざまに考えられる。とりわけ大きく影響しているのは、日本人ボクサー、それも世界が「最強王者」と認める男が、東京ドームに立つと言う事実ではないか。

 周知の通り、東京ドームでボクシングの世界戦が行われるのは、マイク・タイソンが沈んだ1990年の世界ヘビー級タイトル戦以来、実に34年ぶり。当時バブル景気に沸き立っていた日本で実現したビッグマッチでは、タイソンが、ジェームス・ダグラス(米国)に連打を浴びる壮絶な形でKO負け。“まさか”の結末に日本のみならず、世界も衝撃を受けた。

 そんなボクシング界で語り継がれているドラマが起きた場で、ふたたび一大興行が実施されるのだ。それもメインマッチを張るのは、奇しくもタイソンが公の場で「凶悪」だと絶賛した日本人というのは、偶然と思わずにはいられない。

タイソンが彩った夢舞台

会見ではネリと健闘を誓った井上。「悪童」を前にして緊張する様子は微塵もない。(C)CoCoKARAnext

 タイソン氏の口から飛び出した言葉に目を丸くした。井上が両国国技館でのアラン・ディパエン(タイ)戦を控えた21年12月だった。タイソン氏は自身のポッドキャスト番組『Hot Boxing』で「『モンスター』と呼ばれている若いボクサーを知ってるか?」と自ら切り出し、こう続けたのである。

「日本人なんだ。『モンスター』と呼ばれている。チェックしてくれ。彼はとんでもない奴だ。お前はヤバい奴を見ることになるぞ。彼はマニー・パッキャオ以上だ。それか同じくらい良い。あいつは凶悪で、モンスターなんだ。どんなやつも簡単にやっつける」

 圧倒的な才覚で一時代を築いた百戦錬磨のレジェンドが「ヤバい奴」と認めたというニュースは、当時に日本でも小さくない話題になったことを記憶している。

 その井上が、他でもないタイソンぶりに東京ドームに立つボクサーになるわけである。国内外からの注目が集まるのは必然なのかもしれない。

 国外からの関心は関係者の顔ぶれを見ても、ひしひしと伝わってくる。井上のプロモートを大橋ジムと共同で行う米興行大手『Top Rank』からは、92歳になる傑物ボブ・アラム会長をはじめ、重役、広報、SNS担当など大勢のスタッフが帯同。さらには殿堂入りを果たしているプロモーターのルー・ディベラ氏も来日し、その姿を見せている。

 すでにチケットも完売寸前だ。アラム会長は「観戦チケットの売り上げはすでに2000万ドル(約30億6000万円)を超えている」と発言し、プロモートに携わった帝拳ジムの本田明彦会長も「最大のイベントですよ。間違いなく」と断言。国内の期待も十分だ。

 5日の会見で意気込みを問われ、「今さら意気込みなんか今聞いてどうすんですか! やるしかないですよ」と笑みを見せた井上。かつてタイソンが彩った夢舞台で「モンスター」は、熱狂を再来させられるか。その一挙手一投足を楽しみたい。

[文/取材:羽澄凜太郎]