土星の第6衛星であるタイタンは、62個ある土星の衛星の中で最も巨大で、太陽系内で地球を除いて唯一表面に安定的な液体を持つ天体として知られています。そんなタイタンの湖には謎が多い「魔法の島」が出現することも知られていますが、物理天文学者のシンティン・ユー氏らが2024年1月に発表した研究によると、この魔法の島は「雪」からなるものだと考えられるそうです。

The Fate of Simple Organics on Titan's Surface: A Theoretical Perspective - Yu - 2024 - Geophysical Research Letters - Wiley Online Library

https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2023GL106156

Floating 'magic islands' on Saturn's moon Titan may be 'honeycomb' snows | Space

https://www.space.com/floating-magic-islands-saturn-moon-titan-swiss-cheese-snow



タイタンは分厚いメタンガスの層に覆われているため、惑星の大気の下を詳細に調べることが難しく、太陽系の中でも謎めいた存在です。2020年にはNASAの科学者チームがタイタンの大気圏内に「生命の起源となり得る分子」を発見したり、2022年にはスタンフォード大学の惑星地質学者が率いるチームが「本来なら存在できないはずの地球のような砂丘」について仮説を展開したりと、さまざまな研究が進められています。

2014年には、NASAと欧州宇宙機関(ESA)によって開発された土星探査機のカッシーニが、タイタンの地表に巨大な何かが出現し変化し続けている様子を観測しました。タイタンを取り囲むオレンジ色のモヤの中に移動する明るい点として観察される島のような塊は、どのように現れてなぜ簡単に消えてしまうのか謎に包まれており、「魔法の島」と呼称されています。

土星の第6衛星タイタンに謎の「進化」が見られたことを探査機カッシーニが記録 - GIGAZINE



by Gray Lensman QX!

タイタンに浮かぶ魔法の島を説明するための理論は、大きく分けて2種類が提唱されてきました。ひとつは、島が幻のようなもので、島のように観察されるだけで実体はないとする理論。もうひとつは、観察通り島には実体があるとする主張です。

魔法の島が幻だとする理論には、衛星のメタンやエタンからなる湖の波によって生じた、あるいはこれらの液体の下で発泡する物質に関連した「泡の連鎖」によるものだという主張があります。フランスのランス・シャンパーニュ・アルデンヌ大学の惑星科学者であるダニエル・コルディエ氏は2017年に、タイタンにおける気泡の流れに関する論文を発表しました。論文では、タイタンの表面はメタンが豊富で、深部はエタンが豊富であるため、風や寒暖差により地表の混合物は下方に流れる可能性があり、表面で生じた気泡はタイタンに浮かんでいるように見えた後、下方に沈むように分散していくと考えています。気泡は電波の反射率が高いためレーダースキャンでは明るく見えることから、明るい魔法の島と誤認されたのだろうとコルディエ氏は主張しました。



一方で、テキサス大学サンアントニオ校の物理天文学者であるユー氏は、魔法の島が幻ではなく実体のある有機物である可能性を発見しました。ユー氏の研究によると、タイタンの上層大気には有機分子が密集しており、それらが凝縮して凍結し、衛星の表面やメタン湖、エタン湖に雪として降り注いだものが魔法の島だと考えられるとのこと。

この仮説を検証するために、研究チームはまずタイタンの有機分子からなる「雪」について調査しました。結果として、この雪は解けやすい水ではなく、さまざまな有機分子で構成されるもののため、液体のメタンやエタンに降り積もってもすぐに解けてしまうことはないと結論付けられています。雪はしばらくの間は湖に浮かびますが、いずれ固まって沈んでいくため、「突然形成されて、突然消える」という魔法の島の性質が観察されるというわけ。

しかし、これまで観察されたタイタンの物質から考えると、タイタンの液体領域であるエタンとメタンは表面張力が低く、密度が高い氷の塊をしばらく浮かべたままにしておくことは難しいです。そのため研究チームは、有機分子からなる雪の塊が「スイスチーズのような多孔質」であるという仮説を提唱しています。蜂の巣状に固まった雪は密度が低いため、内部の穴や管にメタンやエタンが浸透してしまうまでは、しばらく液体に浮いたままである可能性が高くなります。このプロセスは氷山分離と呼ばれる、地球の氷河に巨大な氷の塊が浮かぶ様子と類似しています。



研究では、観察される魔法の島のサイズから考えられる「それが有機物である場合に浮かんでいられる時間」も重要なポイントとしています。観察されたタイムスケールに基づくと、研究チームは「多孔性の粒子というアイデアは、一時的に浮かんで消える魔法の島現象を説明する唯一の妥当なメカニズムであることを示唆しています」と主張しています。