新聞記者は、議論を中立的な立場で進めてより良い結論を導く”ファシリテーター”の役割を果たすことができるだろうか(写真:shimi / PIXTA)

技術進化の中で変化を繰り返してきたメディアが直面している課題とは何なのか。インターネットの普及が加速した2000年代に新聞、雑誌などのメディアで活躍してきた面々が一堂に集まり、これからのメディアに求められる機能について、議論が盛り上がった。

この座談会は2023年11月18日に都内で実施。出席者は坪田知己(元日本経済新聞社日経メディアラボ所長)、藤村厚夫(スマートニュースフェロー)、松井正(FM栃木東京支社長、元読売新聞記者)、柳瀬博一(東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授、元日経BP記者・編集者)。司会進行と取りまとめは、校條諭が務めた。

メディアの究極の目的とは?

校條:まずは日経電子版の「生みの親」とされる坪田知己さんから、現在のニュースメディアの課題について問題提起をお願いします。


坪田 知己(つぼた ともみ)/文明デザイナー・著述業/東京教育大学卒。日本経済新聞社で主に企業取材、IT分野の記者。「電子新聞の開発」を提案し、インターネット事業の企画を担当、「日経電子版の生みの親」とされる。慶應義塾大学大学院特別研究教授を兼任。2009年、日経メディアラボ所長を最後に定年退職。総務省・地域情報化アドバイザー。著書に『マルチメディア組織革命』『2030年メディアのかたち』『21世紀の共感文章術』『サービス文明論』など(撮影:校條諭)

坪田:私が1993年に日経社内で「未来は電子新聞だ」と断言したのは、情報の本質から言って、紙によるニュース伝達は読者を裏切ることになるという確信があったからです。

「情報とはそもそも何なのか」というと、情報は、行動のネタなのです。そのまえに判断=意思決定がある。ちゃんとした情報がないと意思決定を間違ってしまう。だから正確で早い情報取得が必須になる。とくにビジネスの現場はそれを求めています。

つまり、メディアというのはデシジョンサポートシステム=DSSなのです。メディアの究極の目的は意思決定の最適化です。これ以外ない。その意思決定のスタイルが大衆レベルから個のレベルに移っている。

日経が先行したのは、経済は、何かが起こったら、株価が動く。昔は、印刷に頼るレベルでよかった。しかし、今は、リアルタイムで知らないといけない。例えばイスラエルとかウクライナの情勢がどうなっているのか。事態が動いた瞬間に世界中の株価が連動する。経済ニュースは今のネット時代に相性がいい。だから日経が先行できることは明白でした。

「協考」という私がつくった言葉があります。「コラボレーション=協働」って言葉がありますが、働くではなくて、一緒に考える=協考のメディアというのをつくらないといけない。そういう広場、議論する広場をつくる必要がある。それは一般のメディアがチャレンジするべきテーマだろう。面白い問題提起をして、勘のいいファシリテーター(中立的な立場で多様な意見を整理する人)がついて、質の高い議論と、よりよい合意形成をできたら面白い。

日経は今、有料購読者の獲得でリードしていますが、独走する時代はいつまでも続かない。第2段階はカスタマイズ情報、つまり個人に特化した情報の発信で、第3段階は「協考」になると考えています。

校條:意思決定のためのサポートについてですが、例えば日経新聞で考えたときに、株価のような個人の利害におおいに関わる情報をリアルタイムで知りたいコア読者がいるということはそのとおりだと思います。しかし、日経新聞は2002年には300万部以上売れていたし、現在も電子版を合わせて約250万部になる。これは「社会に出たら日経くらい取らなきゃだめだよ」と言われて購読を決め、軽く斜め読みをするような層がかなりの量を支えているのだと思います。コア読者に対して、幅広い経済教養を求める一般読者とでも言いましょうか。

一般読者は、意思決定と言っても、例えば国際情勢や政治のことを知っておこう、経済動向を知っておこうという次元だと思うのです。広い意味での意思決定ではあるけれども、株価の類いのような短期的な強い実利志向のニーズとは異なるものです。

広告テクノロジーの進化は止まっている


松井 正(まつい ただし)/FM栃木取締役東京支社長 高知県出身。早稲田大学第一文学部心理学専修卒。読売新聞東京本社入社。盛岡支局、電波報道部、科学部を経てメディア局。2004年から1年間、米国新聞協会(NAA、米バージニア州)客員研究員。メディア局企画開発部長、専門委員などを経て22年6月から現職。単著「超高速・常時接続ネット通信の最新常識」、共著「中国環境報告―苦悩する大地は甦るか」、「図説 日本のメディア」、「『ニュース』は生き残るか メディアビジネスの未来を探る」など(撮影:坪田知己)

松井:個人の意思決定に資するような情報を配信するのは、テクノロジー的には当然の方向だと思います。

本人にニーズを尋ねるのでなく、その人の行動のデータを取れば、かなり確実に記事のレコメンドをできる。グーグルがGoogle Discover(おすすめの記事)という、各人の行動データからその人が興味関心を持つような記事を配信していますが、そこを一度見ると、クリックしたい記事が山ほどあり、あたかも私の好きなものを徹底的に向こうが知っているかのようです。

藤村:ただし、行動の意味を深くは考えないのが、いわゆるアドテク(広告テクノロジー)の行き着いた世界です。

アドテクは深い分析をしているわけではない。どこそこのお店を検索したとか、あるいは検索キーワードとしてこれを使ったといったことをつかんで、繰り返しそのキーワードに関連した記事コンテンツを提案します。行動データの蓄積が十分な量になれば、そこから得られる解もそれなりの精度になる。複数の要素を組み合わせて高級な分析をしているわけではないので、あくまで”それなりの精度”が出ているにすぎないのだけれども、ずっとこの状態が続いている。僕は、この数年間、広告テクノロジーの進化は止まっていると思っているんです。

柳瀬:メディアの歴史は、”テクノロジーが先”で、”コンテンツが後”なんですよね。この順番がひっくり返ることは絶対にない。

ラジオ受信機とラジオ放送技術ができてラジオ放送が生まれた。テレビも同じ。テレビというメディアは、テレビの放送技術と受像機が登場してから今日まで、今に至るまで本質的にほとんど技術的構造が変わっていません。一方、インターネット上のメディアの場合、特に2007年(日本では2008年)にiPhoneが登場して以降は、ハードウェアも伝える技術もどんどん進化する。その進化のスピードにメディアコンテンツのほうが広告も含め、全然追いつけていない。

だからオールドメディアで仕事をしている当事者は混乱するし、新しいテクノロジーにあったコンテンツをつくれないからクオリティも落ちる。広告が典型で、インターネット上に表れる広告は見る側からすると障害でしかない。テレビコマーシャルなどと比較にならないほど鬱陶しい。皮肉にもかつてのテレビコマーシャルがよくできていたことを思い出します。

アテンションエコノミーに翻弄されるメディア

校條:いわゆるアテンションエコノミー(関心経済、注目経済)というものがメディア全体を覆っているように感じます。アテンションエコノミーは現在のメディア状況のキーワードのひとつだと思います。あちこちのコンテンツからコピペをして作っているコタツ記事とか、思わせぶりの釣り見出しとか、目に余るものがあります。


柳瀬 博一(やなせ ひろいち)/東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授(メディア論) 慶應義塾大学経済学部卒。日経マグロウヒル社(現日経BP社)入社後、日経ビジネス記者 、新雑誌開発、出版局立ち上げと書籍編集、日経ビジネスオンライン(現日経ビジネス電子版)開発に携わった後、現職。著書に『カワセミ都市トーキョー』『親父の納棺』『国 道16号線』。共著に『混ぜる教育』『「奇跡の自然」の守りかた』『インターネットが普及したら、ぼくたちが原始人に戻っちゃったわけ』など(撮影:坪田知己)

柳瀬:そうなんですよ。1回も取材していない、場合によると噂だけで書いてしまう記事でもアクセスが多く集まりPV(ページビュー)を稼げる。そういう記事のほうがコストをかけずに続けることができる。メディアサイドもそっちに収斂しちゃうわけですよね。

坪田:PVを稼げるコタツ記事は、無料のメディアの世界の話。日経のようにお金を払っている人たちを惹きつけるコンテンツをどうやってつくるかという戦略と、無料の世界でどうやってマネタイズするかは、まったく違うと思うんですよね。

校條:有料メディアであっても、X(ツイッター)やニュースレターで随時新しい記事のアピールをしています。特に日経電子版や朝日新聞デジタルは、かなりたくさんの種類のニュースレターを出しています。もちろん、それらはコタツ記事などとは違うまっとうなものですが。

また、XなどのSNS上では、一般個人が有料・無料のメディアの記事を紹介していて記事への入り口になっています。コタツ記事からそれらまで含めたトータルがアテンションエコノミーを形成していると言えるのではないでしょうか。

松井:坪田さんの言われる行動選択のための情報に対して、コタツ記事は明らかにエンタメなんですね。暇つぶしです。スマホを持っている人にはものすごく暇つぶしの機会があるわけで、電車を待つちょっとの間に、コタツ記事の方がアテンションが高いのでつい読んでしまう。しかもSNSの発達で、個人が求める楽しみの情報も行動選択の情報も、自分の知り合いの投稿からやって来ることが多くなってきています。

柳瀬:エンタメ業界が参考になるかもしれない。NetflixやAmazonプライムなどのサブスク消費が伸びると、映画館での興行収入が減るのではないか、とささやかれていた時期があります。

しかし、うまく仕掛けると興行収入が大きく増える場合がある。2020年10月公開の『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』の史上最高のヒットは、サブスクのお陰でしょう。多くの人たちがNetflixやテレビ放映などを通じてこのシリーズを見ており、すでに「予習」が終わっている。その盛り上がった状態で映画が公開されるわけなのでウワッと観客が集まる。すごい仕掛けです。

とりわけ漫画原作のアニメと映画ではこの方程式が確立しました。サブスクで消費したお客さんの一部はそこにとどまらず、リアルな世界でさらにリッチな消費をしてくれる。僕はこの流れがニュースメディアにとってもすごく参考になるんじゃないかなと感じています。

松井:似た構図としては、本から一部抜粋してウェブに書いて、本の販売サイトに誘導しつつ、著者が講演する講演会を企画して、そこでもお金を取るというのがありますね。

坪田:体系的にものを考えている層がいるわけです。そういう人たちは情報をしっかりと深掘りしたい。それはお金を払ってでもやりたいわけです。そういう層と、ザッピングカルチャーで無料のものをつまみ食いしていく層がいるわけです。これから、この二極分化がもっともっと進んでいくと感じています。

わかった気にさせるというのは重要な価値


藤村 厚夫(ふじむら あつお)/スマートニュース メディア研究所フェロー、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)副理事長。法政大学経済学部卒。アスキーの書籍・雑誌編集者、日本IBMなどを経て、2000年にアットマーク・アイティを起業。合併を経てアイティメディア代表取締役会長に就任。2013年よりスマートニュース執行役員(メディア事業開発担当)を経て、同社フェローおよびメディア研究所フェロー(撮影:坪田知己)

藤村:ざっくりわかった気にさせるっていうのが、紙に印刷する新聞には可能です。いろいろな事象が(紙面に)扱われていて、ページをめくるだけで見出しが目に入って、世界がこんなふうに動いてるんだな、となんとなくわかった気になります。

わかった気になる(させる)というのは、実は非常に重要な価値だと僕は思っています。ところがウェブになることで、そうした新聞ならではの役割は希薄化してきた。なぜなら、ウェブでは無償で読めるものでも、ざくっとわかった気になる。ざくっとわからせるという役割は、新聞以外のメディアでもできるようになったからです。

となると新聞の役割は深掘りすることかということかもしれない。ところが、その領域にまだ入りきれていないというふうに僕は思っているんですね。だからインターネットの時代に新聞はどっちのほうに行くんですか?と問いたいのです。

校條:新聞はどこにポジションを取っていくのか、ということですね。確かに以前はひとつの記事の長さが800字程度というのが標準だったし、それほど長い記事はなかった。でも今、主要な新聞ではかなり長い5000字級のストーリー記事が増えています。紙にも載せていますが、デジタルなら長さの制約がありません。

藤村さんが言われるような”深掘り”の水準には達してないかもしれないですが、ザッピング的な水準よりは物事を体系的に考えるという人に合っているのではないでしょうか。そこからもっと深掘りしたいのであれば、たとえば新書がテーマごとにたくさん出ていますよね。

地方紙は別として、新聞の目指すべきポジションはそれしかないんじゃないでしょうか。ただ、その場合、これまでのような大部数は諦めるという割り切りが必要だと思います。


「メディアの近未来」について語り合った(撮影:坪田知己)

藤村:とはいえ今情報があふれているので、限られた時間でザッザッとザッピングできる、つまり”信頼できる要約”にはそれなりに価値があります。今の若い人たちの多くは、長文に耐えられない。でもその人たちが誰に頼るのか、という課題がいずれ顕在化します。その役割を新聞が担うと言い切れるほど僕は楽天的になれませんが、新聞にも可能性はあると思います。

ただ、ここから怖いストーリーも考えられる。”信頼できる要約”を生成AIがやることになるかもしれない。つまりカスタマイズされた生成AIであるマイAI君に頼んで、「時間がないから今重要なニュースを教えてよ。5分でわかるように情報整理して」と問いかけると、5分で説明してくれるわけですよ(笑)。

ネット上ではテレビのニュースが人気化

柳瀬:短時間でインパクトのある情報を伝える、という点では映像に注目する必要があると思います。

私が教鞭を執っている東工大の学生の場合、この数年の間に登場したテレビ局による映像付きテキストメディアが新聞サイトより多く見られている。アンケート調査をしたところ、NHKニュースウェブ、フジテレビFNNプライムオンライン、TBSニュースディグなどテレビ局のウェブメディアは、新聞や雑誌のウェブメディアの2倍以上見られていました。

映像はテレビ局の独壇場です。一方、テキストは新聞や雑誌だけではなくテレビ記者でも作れるわけです。ネット上ではテレビのニュースが若い人に見られやすい。非常にシンプルなことが起きちゃっている。

坪田:情報は指数関数的に増えている。その中で信頼できる情報とは何なのかを判断することには、大きな市場価値があると思う。

今はオールフラット(全員が平等)ということをベースにしてものを考えているけど、ある種の階層化が進んでいくと思う。それをどういう形のプラットフォームにしていくのか。誰かが思いついてサービスを始めたら面白いことが起こりそうな気がします。

松井:現状では、オールフラットを志向し続けると思います。今の日本の新聞社としては、一覧性があって、どんなニュースが起きているのかをちゃんと知ってほしいという考えがまだまだ強い。個々人がそれぞれの興味だけを突き進めてしまうと共通の知識や理解が失われ、民主主義の根幹が揺らぐという懸念を、新聞社は持っているからです。

もちろん共通の知識や理解のもとになるべき各記事の信頼性には課題がある。そこで、新聞社やネットメディアなどが連携して、OP(オリジネーター・プロファイル)という、情報空間の信頼性を担保できる仕組みをつくろうとしています。コンテンツに情報発信者をひもづけ、信頼できる発信元だとわかるようにするものです。

記者はファシリテーターへ

柳瀬:ウェブ上で1000万人の有料会員を獲得したニューヨーク・タイムズの成功の背景を見ると、テクノロジーにものすごく投資したということがあります。ニューヨーク・タイムズは、インターネットの時代のプラットフォームを自分でつくらないとダメだと判断したんです。

ニューヨーク・タイムズは従来の新聞の形を捨てたから生き残れたと言えます。デジタル上の総合メディアということで、ゲーム、クッキングに加えて商品レビュー、スポーツといったサービスないしメディアを、従来のニュースメディアとセットで販売する戦略をとってきました。


校條 諭(めんじょう さとし)/メディア研究者。新聞からテレビ、SNS、ネットメディアまでを視野にメディアの動向を考察。野村総合研究所やぴあ総合研究所などで情報社会・メディア産業・消費者行動の研究を経て起業、オンラインマガジンやコミュニティサービスを提供。「情報屋台」同人。主著『ニュース メディア進化論』(インプレスR&D、2019年)。NPO法人みんなの元気学校代表理事。ネットラーニングホールディングス顧問。1948年神奈川県茅ヶ崎市生まれ。東北大学理学部卒(撮影:坪田知己)

校條:そうですね。コンテンツからサービスに、読者から会員に転換したわけです。そして、入り口の価格は思いきって安くする価格政策を一貫してやってきたということも言えます。

松井:冒頭に坪田さんの言われた「協考」という言葉は重要な意味を持つと思います。

テクノロジーの力によって読者と一緒に考えるプラットフォームを作り、メディアがそこに橋渡しできるとしたら、それはすごいことだと思います。

坪田:情報を提供すると同時に、ファシリテートする能力を、僕は新聞記者は持っていると思う。そうした社会的な問題を扱うファシリテーターが日本国中にたくさん生まれて、そこでいろいろ議論が起きていくことが民主主義の正しい姿なんだと思う。

特に地方紙はそういうファシリテーションをするキーステーションになるべきだと思っています。

藤村:おっしゃる通りだと思いますけど、新聞記者にそういう能力があるのかというと、たいへん心もとない気がするのですが(笑)。

坪田:素質はあるけど、やっぱりトレーニングしなければダメですよね。でも、まあ、やろうと思えばできますよ。

(校條 諭 : メディア研究者)