●「テンサイはわすれたころにやってくるのだ!」- OpenAIが23年の主役に

年末・年始恒例のゆく年くる年、今年も前編で米テック産業の2023年を振り返り、後編で2024年の動向を展望します。2023年は「生成AI」の賢さに、驚き、笑い、戸惑い、感動した1年だったということで、前編の小見出しは「天才バカボン」の言葉です。

いきなり脱線話で恐縮なのですが、私の今年のベストアルバムはboygeniusの「the record」でした。音楽や映画でその年のベストを1枚だけ選ぶというのは難しいことです。しかし、今年はboygeniusが頭一つ抜けていました。

Nirvanaの表紙オマージュが大反響を呼んだboygenius(@RollingStoneから)、サタデーナイトライブにはビートルズのエド・サリヴァン・ショーのスタイルで登場しました

boygeniusはクラシックロックをレスペクトしていて、デビューEPのジャケットはクロスビー、スティルス&ナッシュのデビュー作へのオマージュだし、ポール・マッカートニーと会話して感動泣きし、Rolling Stoneの特集にはNirvanaのコスプレで登場したりするから、私のようなおじさんの心をつかみます。しかし、そのレスペクトは温故知新なのです。boygeniusは昔風のバンドではなくユニットであり、3人全員がソングライターでフロントウーマンです。boygenius(天才少年)という名前は「男性だから優れている」という偏った見方を揶揄したものです。が、彼女たちの自由な活動を見ていると、むしろ「天才クソガキ」と前向きに笑い飛ばすように訳した方がはまります。「天才バカボン」みたいな感じですね。

そしてboygeniusはインディアーティストです。テイラー・スウィフトがERASツアーで動員記録を次々に塗り替え、チケット争奪戦の社会現象を起こし、TIMEの「今年の人」に選ばれたのと同じ年に、一方でboygeniusのようなアーティストが注目を集めるというのは、ストリーミング時代の音楽エンターテインメント・ビジネスが成熟域に達し、足下で次の大きな動きが芽吹き始めたのを感じさせます。

米国のテック産業もまた、成熟と変化の年を迎えました。世界時価総額ランキングの上位10社中、7社を米国のIT関連企業が占め、GAFAMにNVIDIAとTeslaが加わって「マグニフィセント・セブン」と呼ばれるようになりました。しかし、順風満帆というわけではありません。中東での武力衝突で社会情勢がさらに悪化し、インフレと利上げによる景気の減速でITを含む多くの産業でリストラと人員削減、労働組合と企業の衝突が続きました。PCやスマートフォンの販売が低迷。利上げは止まったものの、経済環境の不確実性は来年の前半まで長引く見通しです。

そんな重苦しい空気が、人々の変化を求める気持ちを強めています。例えば、アプリ配信・課金システムが独占に当たるとしてEpic GamesがGoogleを訴えた裁判で、12月にEpicの訴えを認める評決が下されました。Googleが敗れた理由はいくつかありますが、この裁判は陪審員裁判であり、そしてGoogleが支配的すぎるというコンセンサスが欧州だけではなく米国でも高まっていることが大きな理由の1つに挙げられます。

そうした中、昨年末に登場したOpenAIの「ChatGPT」が瞬く間に数千万人の月間ユーザー数を記録し、Googleの背筋を震わせました。

OpenAIがデータを提供していないので正確なアクティブユーザー数は不明ですが、Google検索に比べたら「ごくわずか」でしょう。実際に周りを見回しても日常的に使いこなしている人はまだ少ないのが現状です。しかし、ChatGPTから始まったAIブームによって、AIチップとツールで圧倒的シェアを持つNVIDIAの株価が年初比で3倍以上も爆上がりしました。同社は半導体年間売上高で初のトップになる見通しで、昨年の12位から一気にごぼう抜きです。Intelが新世代のPCプラットフォームを「AI PC」とアピールし、Qualcommも次期スマホ用チップで、生成AI機能をオンデバイスで高速処理できることを強化点としています。そして11月末に、バイデン大統領がAIの安全性を確保するための大統領令に署名しました。AI規制と言われていますが、Web、モバイルに次ぐITの大きな時代に備えて米国がリーダーであり続けるための措置となる大統領令です。この1年で、「AIを活用して働く」「AIでより便利に暮らす」という未来に向けた動きが加速しています。

NVIDIAは仮想通貨ブームでの躍進に続いて、AIブームでさらに成長

●「ふしぎだけどほんとうなのだ」- シリコンバレーの海賊ふたたび

CharGPTはテキストベースのAIチャットです。AIと対話するサービスなんて音声チャットを含めてこれまでにいくつも登場し、そして今ひとつ大きく普及できずに多くが消え、残りはくすぶっていました。なぜシンプルなテキストチャットのChatGPTが成功できたのでしょうか?

昨年末にシンプルなAIチャットとして始まった「ChatGPT」、この1年でWeb検索や画像生成AIサービスの統合、カスタムインストラクション、拡張機能など数多くの機能が組み込まれました

ChatGPTが瞬く間にユーザーを増やせた理由の1つが「誰でも使えるシンプルなユーザーインターフェイス(UI)」です。AlexaやSiriのような音声インターフェースが停滞している理由の1つは、ユーザーが様々な使い方を覚えるのに苦労していることです。音声だから簡単なのだけど、コマンドのようなフレーズを覚えないと使いこなせないというジレンマです。ChatGPTは音声より面倒なテキストチャットですが、その言語モデルは、ユーザーが質問したいこと、やってもらいたいことを自然な言葉で伝えるだけで柔軟に対応してくれます。このAIの優れた対話力は「UIの革新」であり、GUI(グラフィカルユーザーインターフェース)の時のようにAppleが真っ先にやってみせてくれなかったは残念な点でした。一方で、Windows 1.0の時のようにタイミング良く取り入れ、再び「シリコンバレーの海賊」となったMicrosoftはさすがでした。

Microsoftは2月にOpenAIの対話AI技術を用いた対話AIサービスをBingで開始、秋にはWindowsにCopilotを統合しました

優れたUIであっても、実際に体験してもらわないとその価値は伝わりません。CharGPTが成功したもう1つのポイントは、招待制のような制限を設けずに基本サービスを無料で使えるようにしたことです。無料サービスに慣れきった私たちは無料をつい当たり前に思ってしまいますが、「画像生成で携帯を充電できる」と言われるほど生成AIにはお金がかかります。

それを無料で使えるようにするのは未来への投資です。これはGoogleが、Webメールのオンライン容量がわずか数MBだった2004年に、1GB(1,024MB)のオンライン容量を持つGmailを無料で提供し始めた戦略と同じです。当時のGoogleにとってGmailの無料提供は大きな負担でしたが、それによって誰もがGoogleアカウントを持つようになり、そしてPCのローカル環境で全てが行われていた時代にクラウドサービスを浸透させたことがモバイル時代へのシフトの礎になりました。

無料アクセスを可能にしているのはMicrosoftです。同社はOpenAIに100億ドル規模の投資を行っており、その多くを現金ではなく、Azureへのアクセスという形で提供しています。Statcounterによると、12月25日時点のMicrosoftのBingの検索シェアは3.19%です。Googleは91.54%。OpenAIの対話AI技術をBingに取り入れても、Googleとの差はあまり縮まっておらず、Microsoftは「ババを引いている」という声もあります。でも、それは近視的な評価でしょう。

MicrosoftのAI Copilot(副操縦士)は、同社のサブスクリプション型のビジネスモデルと相性が良く、Microsoft 365の今後の成長ドライバーになると期待できます。また、Microsoftは統合開発環境とクラウドサービスを提供する企業です。数年後にAIがコモディティ化するとしたら、今年のNVIDIAやTSMCと同様にAI時代へのシフトから大きな収益を得られるようになるでしょう。

OpenAIとのパートナーシップについて、「OpenAIはAIモデルの現状を前進させるための画期的な取り組みを行なっており、このパートナーシップにオールインすることに興奮しています」とMicrosoftのサティア・ナデラCEO

このように今年のカンパニー・オブ・ザ・イヤーとなったOpenAIですが、年末に誰もが予想しなかった騒動を起こしました。そう、サム・アルトマンCEOの突然の更迭(最終的に復帰)です。

boygeniusが敬愛するNirvana、古くはJoy DivisionやSex Pistolsなど、音楽の世界では革新的なサウンドで新たなムーブメントを起こしながら、成功の大きさと摩擦から短命で終わってしまったバンドがいくつも存在します。テック産業でも、Transmeta、3dfx、Palm、Netscapeなど、大きなインパクトを残しながら勝ち筋を逃した会社がいくつもあります。OpenAIも危うくその1つになってしまうところでした。

●「はんたいのさんせいなのだ!」- 世界を巻き込んだお家騒動

「みやこの西北、ワセダのとなり」、そこにあるのはバカ田大学です。成績優秀者の就職先トップは「無職」(正しくは"自由人")、そして同大で最も有名な卒業生であるバカボンのパパの知能指数は12,500なのだ。

賢い人たちが集まっているシリコンバレーで、なぜアルトマン氏解任のようなドタバタ劇が起こってしまうのか。なぜイーロン・マスク氏は暴走するのか。それは、そこが「天才クソガキ」の集まるシリコンバレーだからです。

シリコンバレーは熱帯雨林に見立てられます。熱帯雨林では様々な要素が組み合わさり、思いがけない新しい動植物を生み出しながら生態系の進化を支えてきました。同様にイノベーションの生態系も単純な生物学的システムではなく、才能、アイデア、資本といった様々な栄養素が流れる環境であり、その栄養素の豊かな混じり合いから革新が生み出されてきました。しかし、そこで文化と常識の軋轢が生じます。

アルトマン氏の電撃解任は、理事会(OpenAIの研究成果を事業化する営利法人を監督)との対立でした。2019年に同氏はスタッフ向けのメールで、組織内の対立について、OpenAIには異なる部族(tribe)がいると表現しました。そこで「部族」という言葉を使ってしまうところがシリコンバレー的です。彼らはITの未来を築く賢い集団であると同時に、現代社会の常識、法やルールの枠に捉われない自由人であり、その点では部族なのです。

OpenAIは11月6日に初の開発者カンファレンス「OpenAI DevDay」を開催、その後もアルトマン氏は精力的に活動していただけに、突然の解任は業界に大きな衝撃を与えました

OpenAIは501(c)(3)で、そのミッションを「金銭的リターンを得る必要性にとらわれず、人類に利益をもたらす汎用人工知能(AGI)を構築することである」としています。

AGI開発を目標とし、闇落ちすることなく目標に突き進むために「金銭的リターンを追求しない」を部族のルールとしています。それが機能するように、営利活動する会社(OpenAI Global LLC)を、非営利組織(OpenAI Inc.)が支配するという二重構造組織になっているのです。

OpenAIの組織図

アルトマン氏の部族は、OpenAIをより伝統的なテック企業に近づけている部族です。アルトマン氏が解任された週末の技術系SNSでの議論では、理事会がこれほど巨大な価値をあっさり焼却してしまうことに対して「理解できない」という声が圧倒的でした。しかし、アルトマン氏が社員向けメールで書いていたように、理事会もまた「人類に貢献する安全なインテリジェンス」を価値観とする部族なのです。なので、ビジネスのルールを気にすることなく、従業員にも、最大のパートナーであるMicrosoftにも発表の直前まで知らせずにばっさり大ナタを振いました(結果、従業員とMicrosoftの怒りを買いました)。

解任騒動はアルトマン氏の復帰でひとまず落ち着きましたが、理事会が解任の決断に至るまでの詳細はまだ公開されていません(現在調査中)。理事会は刷新され、今は暫定的な体制ですが、適切な理由であったのなら、理事会はアルトマン氏を解任する権限を与えられています。理事会の権限の濫用だった可能性もありますが、実状はまだ明らかになっていません。

2つの部族の対立がこじれたとはいえ、OpenAIはAIの安全性を重視してきた組織であり、独自の二重構造を持つ組織であったから、逆風を避けて「天才クソガキ」が伸び伸びと活動できていました。新体制でも微妙なバランスを保つ信頼を構築できるのか。2024年の注目点の1つです。

●「わすれようとしても思い出せない」- 明暗わかれたXとMeta

「X」になってしまったTwitter。変わったのは名前だけではなく、XはXであり、最近は「X(旧Twitter)」という注釈付きの表記が減りました。

1年前のゆく年くる年で、メディア、テクノロジー、金融など、Twitterを他にはない価値のあるSNSにしていた分野で離脱が加速すると予想しました。4月にマスク氏から「国営メディア」のレッテルを貼られたNPRが離脱したことで、メディアのTwitter離れが本格的に始まりました。予想外だったのは、そうしたユーザーだけではなく、ブランドへの影響という点から広告主の本格的なX離れも始まったことです。マスク氏はトラフィックとアクティブユーザーが今も多いことをアピールしてますが、それなのに広告主が大量離脱しているというのは、ユーザーが減少して広告を失うより問題の根が深いことを意味します。デス・スパイラル感が強まる一方です。

Xと対照的に信頼を取り戻したのがMetaでした。昨年の後半から今年の前半にかけて、米国経済はAppleの「App Tracking Transparency(ATT)」の影響を色濃く受け、「ATT不況」という言葉も造られました。最も手ひどいダメージを受けた企業がMetaであり、広告収入が減少し、株価も急落しました。

しかし、Xと違ってコアとなるユーザーはFacebookから離れておらず、Instagramのエンゲージメントも急落してはいません。さらに大規模リストラを実施して、将来に向けたビジョンにより集中する体制に絞り込み、短期間で成長の見通しを取り戻してします。

「Meta Connect 2023」(9月27〜28日)でMetaは、「Meta Quest 3」ではなく、AI統合を進めたスマートグラス「Ray-Ban| Meta smart glasses」を最後に発表しました。そしてCEOのマークザッカーバーグ氏は、メタバースと並んでAIを優先していく方針を示しました。

Metaのスマートグラスの第2世代製品は、前世代の主要機能を強化し、さらにAI機能を導入して、日常生活の中で簡単にAIチャットを利用できるデバイスに進化させました

メタバースが伸び悩んでいるから生成AIに路線変更とからかう人もいますが、ビル・ゲイツ氏がそうであったように、変化の激しいテック産業の経営者には激流を柔軟に操舵できる修正力が求められます。今の「Ray-Ban| Meta」がスマートグラスとして成功できるかは分かりませんが、そこへの投資をMetaが強化することに納得できる基調講演でした。

「これまではホログラムやディスプレイなどが整った後にスマートグラスがユビキタスになると考えていたが、昨年のAIのブレークスルーで、他の拡張現実(AR)機能と同様にAIの部分が重要になると考えを改めた」と語るマーク・ザッカーバーグ氏

●「つれますか? これからです」- AIブームは革新に変わる?

さて、これを読んでいる方の中にはChatGPTやCopilotを活用している方も多いと思いますが、それ以上にたまにしか使っていないという人が多いのではないでしょうか。これが本当に革新的なものなら、以前には戻れない不可逆的な存在になるはずです。しかし、プログラマーやナレッジワーカーの一部を除くと、使い途をまだ見出せていない人が大半ではないかと思います。

1994年にカシオのデジタルカメラ「QV-10」が発売され、2007年にAppleの初代「iPhone」が登場した時も同じでした。騒がれたけど、実際の使い途に悩むデバイスであり、まだフィルムカメラやフィーチャーフォンを手放させるようなものではありませんでした。しかし、デジタルカメラやスマートフォンはインターネットと組み合わさることで瞬く間に新たなコミュニケーションや情報共有の方法として市場を広げ、私たちの暮らしや社会を変えるものになりました。

このAIブームは、インターネット、スマートフォン、ソーシャルメディアに続く変革になる可能性があります。しかし、単なる技術的飛躍で終わってしまう可能性もあります。どちらに進むかは、2024年により明らかになってくると思います。

最後にGoogleの話をすると、同社は最新のLLMで動作する「Bard」の実験的な提供を開始し、12月にOpenAIのGPT-3.5を超えるアップデートを行いました。猛烈な勢いでOpenAIを追っています。

OpenAIの躍進に対して、Googleは同社のAIチームとDeepMindを統合してAI研究開発体制を強化、さらに最初からマルチモーダルで訓練した先進的なAIモデル「Gemini」の提供を12月に開始しました

ただ、今年のGoogleには、1990年代後半のEastman Kodakを想起させるところもありました。Kodakの株価が最高値を記録したのは1997年です。銀塩フィルムでの有利な立場から同社はデジタルカメラ技術にも積極的に投資していました。それにも関わらず、デジタルカメラをアマチュア向けと位置付け、プロ向け市場で銀塩フィルムの延命に努めていました。その判断は短期的には正しく、フィルムが不要なデジタルカメラを低価格帯のカメラに限ることで収益は安定しました。しかし、利便性でフィルムを上回っていたデジタルカメラが画質面でもフィルムに追いつくと、瞬く間に市場は塗り変わり、2012年にKodakは破綻しました。

技術、資金、データセンター、ユーザーと、Googleは生成AIを非可逆的なものに高められる全てを持っています。しかし、MicrosoftにとってCopilotが同社のサブスクリプション型のビジネスモデルと相性が非常に良いのに対し、Googleの大きな収益源である検索・広告のビジネスモデルは最終的にユーザー(人)の判断(クリック/タップ)と手間に依存しています。つまり、AIが効果的に情報を提供するほど、今日のように広告収益を上げることが難しくなる可能性があるのです。従来の検索・広告事業を一旦破壊する覚悟で、生成AI技術の本格的な導入に邁進することができるでしょうか。個人的には、2024年のGoogleに期待をもって注目しています。

それらに加えて、後編の2024年の展望では、オンデバイスAI、X代替サービス、フェディバースとソーシャルメディアの細分化、AppleのVison Proなどを取り上げます。お楽しみに!