総工費500億円の聖地に"マザームーン"の住居が…旧統一教会の「取材NG最深部」でライターが見たもの
■教祖を模した“黄金色の巨大な像”
私の目の前に、文鮮明氏と韓鶴子氏がいる。
言わずと知れた、宗教団体「世界平和統一家庭連合」(旧統一教会)の創立者と、現在は教団の総裁をしている妻のことだ。文氏は両手を下げて、やや広げた姿で、穏やかな笑みを浮かべて立っている。そして、その傍らには、韓氏がやはり穏やかな微笑みを浮かべて寄り添っている。
といっても、これは本人たちではなく高さは3〜4メートルほどの立像だ。この黄金色の巨大な像は「天地人 真の父母像」と呼ばれるもので、世界中から「聖地巡礼」に訪れた信者たちは、この像まで5メートルほどのところまでやってきて、自身の信仰の「原点」に立ち戻るのだという。
「一般の信者の方もここまでしか入れませんが、今日は特別に許可をもらっています。もうちょっと近くでご覧になってください」
そのように私に促してくれたのは、韓国の教団本部の幹部職員である。彼に言われるまま前に進んで、「天地人 真の父母像」の目の前までやってきた。すると、視界に飛び込んできたのは、頭上に広がる巨大なドーム型の天井と、そこに描かれたキラやかな宗教画だった。若い時の文氏と韓氏の姿や、合同結婚式の参加者たちに祝福をしている2人の姿などが描かれている。
「あの天井画には、ご夫婦がこれまで歩んできた信仰の道が物語として描かれています。この建物を外からご覧になった時に中央にドーム型の屋根が目についたと思いますが、あの天井がまさしくそこです。つまり、真の父母像というのは、この建物のちょうど中心に置かれているということですね」
■総工費500億円の“聖地”
この建物とは「天正宮博物館」。韓国・ソウルから北東約60キロに位置する京畿道加平郡の教団施設が点在する孝情天苑団地の中にある、いわゆるこの教団の「聖地」だ。
天聖山という山の中腹を切り拓いたところに建設された天正宮博物館は、巨大な柱やアーチが特徴的な新古典主義建築の白亜の建物で、アメリカ・ワシントンにある連邦議会議事堂と非常によく似ている。総工費について教団側は公表していないが、マスコミ報道によれば、日本円換算で約300〜500億円がかかったという。そんな「白亜の宮殿」については、情報番組や報道番組でご覧になったことがある方も多いだろう。
天正宮博物館から「旧統一教会タウン」を見下ろしてみると、ひときわ目立つ大きな建物があった。
2023年5月にこの地でいわゆる「合同結婚式」が行われた際は、教団を追及しているジャーナリストの鈴木エイト氏をはじめとして日本のメディアが大挙して押し寄せて、この天正宮博物館を遠くから撮影して、「日本の信者からの献金でつくられた豪華絢爛(けんらん)な施設」「その大きさに圧倒されます」などと興奮気味にレポートしていた。
ただ、そんな大騒ぎをしていたわりに、彼らは天正宮博物館に入ることはおろか、近づくことも許されなかった。
■K-POPアイドルがコンサートで利用するホールも
そんな日本のメディア立入禁止の「教団施設」の中に私は入っている。
世界平和統一家庭連合の日本の教会本部と粘り強く交渉を続けてきた結果、韓国の教団本部から「特例」として取材許可を得ることができたのだ。
天正宮博物館はその名の通り、教団の教祖である文鮮明氏の足跡を展示しているミュージアムだ。しかし、それだけではなく、この信仰をもつ人々にとって、極めて重要な意味をもっている「聖地」だ。
「あれは、清心平和ワールドセンターというホールですね。2万5000人を収容できて、合同結婚式など教団関連のさまざまなイベントが開催されるだけではなく、ミュージカルやK-POPアイドルのコンサートなどにも使用されています」
埼玉にある「さいたまスーパーアリーナ」の最大収容人数が2万7000人で、横浜にある「横浜アリーナ」が1万7000人なので、2万5000人収容というと、ちょうどこれらの2つの中間くらいの大きさだ。宗教団体が、これほどの大規模の室内アリーナ型の会場施設を保有していることにちょっと驚いた。
■献金がなくても施設を維持できるのか
そこに加えて、K-POPアイドルのコンサートにも使用されることも意外だった。しかし、調べてみると、確かにこの場所ではかつて、「少女時代」や「KARA」のメンバーが訪れて、音楽イベントが開催されたことがあった。そして、注目すべきは、その時に参加したアイドルやアーティストたちは「カルトの施設を利用するとは何事だ」と社会からバッシングをされることもなかったということだ。
実は、日本では旧統一教会は今や「関連イベントに参加する」というだけで、謝罪会見を開かねばいけない「反社会的団体」になっているが、韓国では数多(あまた)とある新興宗教団体のひとつに過ぎない。もちろん、宗教なので「カルト」とか「異端」と叩く人もいる。が、日本のように「社会の敵」というほどでもないので、教団施設で行われるイベントに「ビジネス」として参加をするアイドルやアーティストも糾弾をされないのだ。
そういう社会ムードだからこそ、このような「旧統一教会タウン」の実現が可能だったのかもしれない。
「私たちは時間をかけて、病院、学校、福祉施設など都市に必要な要素をひとつずつつくってきて、これからも拡大をしていきます。来年に始動予定なのは、天苑宮の奥にある、ビニールハウスのような建物です。これは“HJ花鳥苑”というもので、美しい花とさまざまな鳥の姿を見ることができる施設でカフェも併設しています。そして、もうひとつ動き出すのが“HJクルーズ&マリーナ”です。これは電気で動くクルーズ船が発着する場所で、この船はソウル方面まで行き来します」
と韓国教団本部の幹部職員のキムさんは語る。報道によれば、これらの施設の建設資金は、すべて日本の教会から送られる献金で成り立っているという。しかし、昨今の旧統一教会問題で日本からの送金もとどこおっているという。果たして、この巨大な「旧統一教会タウン」は拡大し続けることができるのだろうか。
■連邦議会議事堂のような建物がそびえ立つ
それからキムさんは建物の前にそびえる見事な一本松、文氏が愛してこの木の下で祈祷(きとう)や信者たちと語り合っていたという「一松亭」の説明をした後、天正宮博物館の内部を案内してくれた。そして、本稿の冒頭で紹介したような、聖地巡礼コースをたどって「天地人 真の父母像」にたどり着いたというわけだ。
「では、これから1階に行きましょう。天正宮博物館は3層構造になっていて、これまでいたところは地下1階になります」
山の中腹につくられたからか、天正宮博物館は階段のような構造になっている。アメリカの連邦議会議事堂のような建物の正面がちょっとした庭園のような空間になっていて、そこから大きな階段が下がってさらに大きな広場があり、「一松亭」はその階段の脇に立っている。我々はその一本松の後ろにある扉から入った。つまり、文氏の信仰の歩みをたどる「体験型ミュージアム」は地下1階にあるのだ。
■「韓鶴子総裁のお住まいになっています」
キムさんの後について、私は大理石でできた階段を上っていった。勾配はややきつく、ぐるりと回り込むようなカーブを描いている階段だった。キムさんによれば、韓国国内でここまでのきれいな弧を描いている大理石の階段はかなり珍しく、石材会社の職人たちが、見学に訪れるほどだという。
そんな大理石の階段を上り切った場所は、地下1階に比べるとやや狭い空間だった。「天地人 真の父母像」が鎮座している吹き抜けになっていることで、その空間を取り囲むような限られたスペースになっていることに加えて、左右に壁があって扉があったからだ。
ただ、正面は大きく開いた入口となっていて、その先にはギリシアのパルテノン神殿のような巨大な柱が並んでおり開放感がある。いわゆる柱廊式玄関という様式だ。
そんなフロアの中ですぐに目についたのは、人間が3人ほど並んだくらいの大きさの巨大な紫水晶だった。キムさんによれば、韓氏の誕生日に、ブラジルの教会から贈られたものだそうだ。これほど大きな紫水晶は珍しく、値段がつけられないほど高額なのでスタッフも扱いに困っているという。また、壁を見ると北朝鮮からやはり誕生日に贈られた書簡や、世界中のVIPからの手紙などが飾られている。
それを眺めているうち、ある扉に気がついた。きれいな装飾がなされて、床には赤い絨毯が敷かれていた。もしかして、この先には。キムさんの方を振り向くと、私の考えを察したのか、彼はにこやかに頷いた。
「そうですね、ここから先は韓鶴子総裁のお住まいになっています」
■「マザームーン」への取材は認められなかった
テレビや新聞で連日のように報じられた「マザームーン」が、この扉の先にいる。ぜひ実際に会ってみて、日本国内で批判をされていることなどについてどう考えているのかを聞いてみたいところではあったが、残念ながら今回は韓氏への取材は認められていなかった。
もちろん、冷静に考えれば認められるわけもない。信者たちが敬愛している「真のお母様」を、ワケのわからない日本人のフリーライターなどにひき会わせて、もし何かご機嫌を損ねるようなことをしてしまったら、取材を申請した日本教会の人々だけではなく、韓国本部の人々もただで済まない。
いつか機会があればインタビューをしてみたいものだ、と思いながら私は巨大な柱が並んでいる正面入り口を出た。
天苑宮内部についての説明を受けた後、続いて建物前の「芝生広場」へと移動した。正面エントランスとつながった回廊で囲まれたこの芝生広場の地下には、イベントホールやカフェ・フードコートがつくられて、信者たちの憩いの場になるという。
■サン・ピエトロ大聖堂にそっくりの建築物も
そんな芝生広場に立ってみると、古代エジプトのオベリスクのような巨大な塔が目の前にそびえ立っていた。建物と広場を挟んだところに回廊が飛び込む。
「あれは天聖塔と言って、24時間光り輝くことで天一国における灯台の役割を果たします。また、宗教的な意味合いでいうと、ロウソクという意味もあります。ロウソクは自分の体を溶かしながらまわりを明るくしますよね。我々も自分を犠牲にしてでも、世界を明るく照らしていきたいという願いが込められています」
説明を聞きながら、この風景をどっかで見たはずだと必死に記憶をたどったところ、どこで見たのか思い出した。
バチカンのサン・ピエトロ広場である。巨大なサン・ピエトロ大聖堂の前にある石畳の広場も、大聖堂から伸びる回廊にぐるっと囲まれていて、広場には真ん中にオベリスクが建っている。芝生と石畳という違い、またオベリスクがある場所が若干、異なっているものの、基本的なレイアウトはよく似ている。
天正宮博物館が米連邦議会議事堂とよく似ていると指摘されているように、天苑宮もカトリックの総本山であるサン・ピエトロ大聖堂を意識したのではないか。
実際、天苑宮は今後、教団の総本山的な役割を果たし、世界中の旧統一教会信者が集う場所になっていくという。サン・ピエトロ大聖堂もやはりカトリックの総本山で、世界中の信者が訪れる。同じ機能なので、同じようなデザインになっているのかもしれない。
■著名な美術家の作品を集めて…
そんなことを考えていたら、キムさんが芝生広場の先を指さして語り始めた。
「実はこの天苑宮には、日本のメディアが知らない、もうひとつ大きな役割があります。それは世界最高水準の芸術作品を展示して、信者以外の人々にもそれを体験していただく、美術館としての役割です」
思わず耳を疑った。なんとこの天苑宮の横に、併設される形で「美術館」がオープンする予定だという。
ここでは「中国で最も影響のある現代美術家」と呼ばれるアイ・ウェイウェイや、アメリカでビデオアートの第一人者として知られるビル・ヴィオラとペク・ナムジュン(ナム・ジュン・パイク)など世界中の有名芸術家の作品を展示するという。アートに関心がない人からすれば「誰?」という感じだろうが、現代アートが好きな人からすれば、ぜひ実際に鑑賞したいと願う「スター」揃いだという。
「展示は館内だけではなく広場に隣接する、ハヌル公園という野外でも行われます。既に展示をされているものもありますよ。あそこに大きな鏡みたいなものがありますよね。あれはスカイミラーという作品です」
キムさんが、指差す方を見ると、芝生の上に巨大なカーブミラーのようなものが置かれていた。Googleで検索をしてみると、現代アートの世界的巨匠、アニッシュ・カプーアの代表的な作品だ。幅6メートルのステンレスを曲げた皿のような鏡で、空に向けられていることで、時間や場所によってまったく異なる景色を映し出す。日本でも2018年に大分・別府で期間限定で公開されて大きな話題となっている。
■観光地として一般客の来場も見込んでいる
「美術館を一般の方にも開放をするということは、この芝生広場やその下にあるカフェテラスやフードコートも利用できるということですか? もしそうならば、観光地として多くの人が訪れそうですね」
私がそのように尋ねると、キムさんも笑顔で頷きながら回答をしてくれた。
「一般の方にどこまで開放をするか、開放する場合、美術館などの入場料などをどうするのかなども、まだ何も決まっていません。これから内部で会議などをして決めていくつもりです。でも、アートは人類共通の宝ですから、なるべく多くの人の目に触れるようにしたいとは考えています」
■聖地取材で見えてきた“日韓の温度差”
日本人の感覚では、「霊感商法」の問題が指摘されて、社会から糾弾されている「反日カルト」が運営する美術館など、誰が行くものかと思うかもしれない。
しかし、先ほども説明したように、韓国では清心平和ワールドセンターで開催されるコンサートにK-POPアイドルが普通に参加している。「旧統一教会」というものが、それほど社会悪として攻撃をされていなければ、「アレルギー」もないのだ。
ということは、この天苑宮に併設される美術館も、日本の箱根や伊豆などにある宗教団体が運営する美術館と同じような形で、韓国の一般人がレジャーとして訪れる観光スポットとして、韓国社会に普通に受け入れられる可能性は十分あるのだ。
日本ではさまざまな自治体で議会が「関係断絶宣言」をして、ボランティアや市民活動から旧統一教会信者を続々と「排除」しており、教会に対しては宗教法人格を剥奪せよと言っている。
一方、その宗教団体の世界本部では、世界の一流アーティストの作品を多く収蔵した美術館のオープン準備をして、一般の人々にも広く公開したいと考えていると公言をする。韓国社会全体で、それを糾弾するような動きもない。
この「温度差」は一体なんなのだろう。釈然としない思いを残したまま、私は天苑宮を後にした。
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窪田 順生(くぼた・まさき)
ノンフィクションライター
1974年生。テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者等を経て現職。報道対策アドバイザーとしても活動。数多くの広報コンサルティングや取材対応トレーニングを行っている。著書に『スピンドクター“モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)、『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)、『潜入旧統一教会 「解散命令請求」取材NG最深部の全貌』(徳間書店)など。
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(ノンフィクションライター 窪田 順生)