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2023年4月に日本公開された新田真剣佑主演の映画『聖闘士星矢 The Beginning』は、苦い結果に終わった映画だ。6,000万ドル(約80億円)とされる製作費に対し、興行収入は全世界分をかき集めてもたったの700万ドル。擁護のしようのない大赤字作で、全額出資した東映アニメーションにとっては、せっかく『THE FIRST SLAM DUNK』大ヒットが稼いだ売り上げ(国内157億円)の多くを削り取るような結果となった。

この映画は、それまで邦画界でアイドル的な活躍を見せていた新田真剣佑が初めてハリウッド映画で主演を務めた作品だ。しかし公開直後から“大爆死”などのセンセーショナルな見出しが目立つようになると、当時うしろに控えていたドラマ版「ONE PIECE」(真剣佑はゾロ役で出演)も「どうせダメだろう」といった論調も多く見られるようになったほどだった。

世界興収が製作費にヒト桁足りないという『聖闘士星矢 The Beginning』は、確かに興行上は紛れもない失敗作だ。この映画には問題点や、物足りないところもたくさんある。それでも、主演の新田真剣佑は立派だった。本作における真剣佑は再評価に値する。

『聖闘士星矢 The Beginning』は半分日本映画である?

自らの出足を挫くようだが、そもそも『聖闘士星矢 The Beginning』をハリウッド映画と称するかどうかは微妙なところである。上述のように製作費は全て東映アニメーションの持ち出しで、制作は東映アニメーションとステージ6フィルムズ。つまりハリウッドの制作会社とキャストやクルーがたくさん入った日本映画と言っても過言ではない。

ステージ6フィルムはソニー・ピクチャーズ傘下のレーベルで、主に低予算作品を作る制作会社である。ちなみに『聖闘士星矢』の製作費6,000万ドルはこの手のハリウッドのアクション映画としてはむしろ安い方だ。

また、監督を務めたトメック・バギンスキーはほぼ無名の存在で、『聖闘士星矢』まで長編映画を撮ったことがなかった。脚本を主導したジョッシュ・キャンベルとマシュー・ストゥーケンというふたりは『10 クローバーフィールド・レーン』(2016)『元カレとツイラクだけは絶対に避けたい件』(2020)などを手掛けたコンビなのだが、そこまで実績があるというわけでもない。

原作ファンの多い作品の実写化なのだから、せめて監督ばかりはもっと経験豊富な人物を起用するべきだっただろう。例えば『攻殻機動隊』のハリウッド実写映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』(2017)も、まだ長編映画の経験が浅い監督に任せたところ、厳しい結果に終わっている。

アクション映画としての『聖闘士星矢 The Beginning』と、新田真剣佑の貢献 ©2023 TOEI ANIMATION CO., Ltd. All Rights Reserved

『聖闘士星矢 The Beginning』をあらためて評価するにあたって、「『聖闘士星矢』の実写映画版としてどうか」と「アクション映画としてどうか」は、ここでは切り分けて考えたい。前者については公開当時に各所でさんざん議論された通りだろう。筆者は『聖闘士星矢』の原作についてほとんど何も知らないのだが、その再現度に関する評価は、ファンからの否定的な意見が多く寄せられていたことに集約される。

それでは原作要素を抜きにして、一本のアクション映画としてはどうだったか?チープな映像、退屈な脚本、ベタな演出、物語の流れを止める説明シーンやカット割、盛り上がりに欠けるクライマックス、よくわからない世界観、キャラクター造形の浅さ……。確かに欠点は多いのだが、アクションシーンではそれなりの見応えを提供している。カメラワークはスタイリッシュで、アニメ的な大胆さがあり、ときどきザック・スナイダーの映画のような美学さえ漂わせた。議論の的となった聖衣のデザインについては、原作を知らない身からすると「これはこれでアリなのでは?」と思わされた。

アクション映画としての本作は、バトルシーンへの野心と、主演である新田真剣佑の魅力でなんとか自立している、そんな印象である。真剣佑のしっかりと鍛えられた肉体はほとんど日本人離れして、世界を目指したアクション映画を身体一つで引っ張るに相応しいルックスに。冒頭の地下格闘技シーンでは屈強な外国人ファイターに向き合っても見劣りしないばかりか、その筋肉は相手選手役よりもさらに逞しくパンプアップしている。浮世離れした聖衣がコスプレ的に見えないのも、きちんと体の厚みを作り、体幹を鍛えたことで、真剣佑が服に着られないフィジカルに仕上げたからだろう。

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それから真剣佑は英語力も抜群だ。海外でも伝説的な知名度をもつ“サニー千葉”こと千葉真一の息子である真剣佑はハリウッド育ちで、その語力はネイティブレベル。「英語のセリフを一生懸命覚えてきた」感がなく、発音やイントネーション、アクセントや間の取り方もかなり自然である。

日本人の俳優が、国際的なキャストの中でたったひとりの主役を張り、(結果がどうだったにせよ)海外市場向けの長編映画の顔となった事例は希少だ。それも『ブラック・レイン』(1989)の高倉健、『硫黄島からの手紙』(2006)のキャストや『GODZILLA ゴジラ』(2014)の渡辺謙のように、作劇上日本人というアイデンティティが重要になるタイプの役ではなく、よりユニバーサルな扱いとなっているところが珍しい。海外のプレミアで、ファムケ・ヤンセンやショーン・ビーン、マーク・ダカスコスらを脇にして中央に立つ姿の、なんとも凛々しいことか。

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もちろん、本作の真剣佑と彼が演じた星矢は完全無欠だというわけではない。「ONE PIECE」のゾロ役でもそうだったのだが、英語のセリフの時の真剣佑はなんだかボソボソと喋るきらいがある。『るろうに剣心』や『鋼の錬金術師』など日本語の時は特に気にならないから不思議なものだ。

それから、作品の中では欧米の役者たちに混じると喜怒哀楽の表情に乏しく見えてしまうところもある。「ONE PIECE」のゾロはもともとクールなキャラクターだったので、ルフィやウソップたちとちょうど良いコントラストを成していたが、『聖闘士星矢』での単体主役となると話は別だ。

真剣佑のビジュアル(鍛えた肉体と鋭い眼差し)がかろうじてアクティブな印象を与えていたが、キャラクター造形としては暗くて弱気で内向きな青年となった星矢。ギャグシーンはしぼんだ風船のようで、メリハリがなく、共感しにくいキャラクターに仕上がってしまった点は否めない。

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幸いなことに真剣佑は「ONE PIECE」が大当たりして海外でも絶大な人気を博すようになった。筋肉はさらに肥大化して迫力を増しており、海外でイベントに登場すれば会場は大熱狂の渦である。『聖闘士星矢』は確かにうまくいかなかったかもしれないが、若き日本人俳優が世界的なヒーローになれる可能性を示した、大切な作品となったのではないか。

海外での撮影経験を経て、ひとまわりもふたまわりも大きくなった新田真剣佑は、「」で久々に日本のファンの前に姿を現す。どんな言葉が語られるか楽しみだ。

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