横浜市に本社を構えるマクニカ。売上高は1兆円超、23の国・地域にネットワークを持つ(記者撮影)

「次に『ルネサスに切られる』筆頭候補はグローセルだった。今回の買収は、さもありなんという感じだ」

とある中堅半導体商社の幹部がこう評するのは、半導体商社業界で国内首位のマクニカホールディングス(HD)が発表した同業・グローセルの買収だ。

マクニカHDは11月27日、中核子会社のマクニカがグローセルに対してTOB(株式公開買い付け)を行うと発表した。TOB価格は1株645円で、直近終値に対して38%のプレミアムを乗せる。2024年2月をメドに買い付けを始める。グローセルは完全子会社化され、上場廃止となる見込みだ。

売上高は2社で大きな差

半導体メーカーから半導体を仕入れ、電機メーカーなどの顧客に販売する半導体商社。その中でも2015年に同業2社の統合によって誕生したマクニカHDは、国内で唯一、売上高1兆円規模を誇る圧倒的な存在だ。海外メーカー製半導体の販売に強く、売上高の海外比率は50%に達する。

一方のグローセルは、700億円程度の売り上げの中堅商社。日立製作所の販売代理店としてスタートし、現在は国内半導体メーカーのルネサスエレクトロニクス製品の販売が売上高のおよそ7割を占めている。

半導体商社業界は他業種の商社に比べ、小規模なプレーヤーの数が多く再編の余地が大きいことが特徴だ。

売上高とPBR(株価純資産倍率)を軸に、上場している主な半導体商社のポジションをプロットしたのが、次ページの図だ。

図でわかるように、売上高2000億円前後かつ、PBR1倍割れのゾーンに多くの商社が団子状態でひしめいている。

PBR1倍割れは、理論上、会社を解散して資産を分配したほうが株主の利益になる状態。一方で再編など売り上げ規模が大きくなればPBRも改善する傾向にあるため、ファンド株主などに狙われやすい。


この乱戦状態を抜け出すかのように、今年5月に中堅商社のリョーサンと菱洋エレクトロが経営統合することを発表した(詳しくは7月配信の『村上世彰氏が再来、「半導体商社」に再編の機運』)。

マクニカによるグローセル買収は、今年2件目となる大きな再編案件だ。ただ、リョーサン・菱洋エレクトロが規模や製品ラインナップの拡充を目指した統合であるのに対し、少し毛色は異なりそうだ。

ルネサス「商流リストラ」の余波

「ルネサスに切られる筆頭候補はグローセルだった」と、他社幹部が表現したように、今回の再編の背景にあるのはルネサス製品の販売権をめぐる動きだ。

同社製品の取り扱いを効率的に拡大したいマクニカが、ルネサスへの依存度が高い一方で会社規模が小さく危機感を持っていたグローセルをのみ込んだ――。そのような構図が見え隠れする。

仕入れ先の半導体メーカーから販売代理店として選ばれるかどうかは、半導体商社にとって最重要問題だ。メーカーが製品の販売権を取り上げたり、ほかの商社に移管したりすれば、その分の売上高が文字通りに消えてしまう。

とくにここ数年では、ルネサスによるそうした商流再編が業界に大きな影響を与えている。2019年には16社あった代理店が大幅に絞り込まれ、商社にとっては販売権の喪失が相次いだ。

このときは残ったグローセルも商流再編の波には無関係ではいられず、2021年には産業機械顧客向けの製品販売権を失っている。当時の全社売上高に占める割合は17%、金額にして100億円超と影響は甚大で、大規模な人員リストラを余儀なくされた経緯がある。

今後も商流再編が続くことは既定路線。その生き残りレースで脱落する筆頭候補は、ほかの商社に規模で劣るグローセルだったのは間違いないだろう。売上高の7割に達するルネサス依存分を喪失する事態になれば、会社としてはひとたまりもない。

この一連の“商流リストラ”の際、逆に移管先として選ばれてきたのがマクニカだった。

ルネサスは商流を再編する傍らで、海外メーカーの買収を積極化。グローバル化や販売の効率化を進めるルネサスにとって、マクニカの海外販売網やその規模は魅力的に映った。その後も販売権の移管が進み、蜜月関係を築いていった。

そうした事情もあり、業界内では「最終的に残るのはマクニカ1社だけになるのでは」と見ていた関係者も少なくない。

営業人員も手に入る「安い買い物」

一方で、マクニカへさらに販売権を移管する際に障害となっていたのは営業人員の不足だったという。

「この2〜3年の急激な拡大で(営業体制が)追いついていない状況が続いていた。ルネサスに限らず、メーカーからは『(販売権を)渡したいんだけどリソースは本当にあるのか』と言われていた」。マクニカの原一将社長はそう話す。

つまり今回のグローセル買収は、マクニカにとってはルネサス製品だけでなく、製品を扱う営業人員を一度に手中に収める策だったと言える。冒頭の中堅商社幹部は「事前にルネサスとも握っていたのだろう」と舌を巻く。

グローセル株式のPBRは、成長期待の低さから足元で0.5倍台と解散価値である1倍を大きく割り込んでいた。38%のプレミアムを乗せたTOB価格で換算しても0.7倍と依然1倍割れ。マクニカは買収にかかる190億円を全額手元資金から捻出できる。つまり割安な買い物だ。

「ルネサス製品と関連人材の獲得を狙って、マクニカがほかの商社をのみ込む」というパターンの再編はこの先も続くのか。ターゲットになりうるのは、新光商事、立花エレテック、萩原電気HDなど中堅規模のルネサス代理店になる。

ただ、マクニカの原社長に尋ねると否定的な答えが返ってきた。「可能性はゼロではないが、移管された製品ベースで人材に転職してもらうケースのほうが現実的。会社丸ごとでは、言い方は悪いがいろんなものがついてきてしまう」という。

グローセルはルネサス製品を販売することに特化していた。その引き締まった中身がマクニカにとって都合がよかったというわけだ。

さらなる再編の主体は2位集団?

しかし業界を見渡せば、今後も再編は進んでいくだろう。

マクニカを追う2位集団は3陣営ある。売上高5000億円前後の規模を持つ加賀電子、レスターHD、そして統合によって誕生する見込みのリョーサン菱洋HDだ。

これらの会社は統合・買収によって規模を拡大してきた。2位集団から頭一つ抜き出ようと、今後も下位商社に手を伸ばす展開はありうる。その際、ルネサス製品の販売権の大きさは無視できない要素になる。

次はどこが動くのか。生き残りをかけて、2024年も合従連衡の動きが続きそうだ。

(石阪 友貴 : 東洋経済 記者)