イギリスの代表的な都市間特急だったヴァージントレインズ。ヴァージングループが英仏間高速列車の運行に参入を目指していると報じられ注目を浴びている(撮影:橋爪智之)

1994年の英仏海峡トンネル開業以来約30年間、「ユーロスター」が独占的に運行してきたイギリスと欧州大陸を結ぶ高速列車。2023年10月、新興企業の「エボリン(Evolyn)」が同区間に参入を表明し(2023年10月28日付記事「1社独占の英仏高速鉄道に『殴り込み』新参の勝算」)、初めてのライバルが出現するとあって話題を呼んだ。

だが、実はユーロスターのライバルに関する話題はこれだけにとどまらなかった。イギリスを拠点とする有名企業グループやオランダの新興企業、さらにはスイスの国鉄も同区間への参入を目指していることが明らかになってきた。

ヴァージンが英仏間国際列車に参入?

11月、イギリスの富豪でヴァージングループの総帥であるリチャード・ブランソン氏が、英仏間の高速列車事業への参入を目指していると英テレグラフ紙が報じた。さまざまな事業を手掛けるヴァージン・グループは、1997年からイギリス国内で「ヴァージントレインズ」として列車運行事業を行っていたが、2019年に完全撤退していた。もう鉄道業界への復帰はないものと思われていたが、あくまで噂とはいえ、復帰への準備が進められている、という話が浮上したのだ。

テレグラフ紙によると、ブランソン氏は、かつてヴァージントレインズの社長だったフィル・ウィッチンガム氏にイギリスとパリ、ブリュッセル、アムステルダムとの間を結ぶ、ユーロスターと完全に競合する列車の運行を依頼。ウィッチンガム氏はすでに各国のインフラ当局との間で、運行に関する協議を進めているとのことだ。


1994年の開業以来、英仏間を独占してきたユーロスター(撮影:橋爪智之)

現時点ではあくまでテレグラフ紙が報じただけに過ぎず、ヴァージングループの広報担当も「噂や臆測に対してコメントをすることはない」と述べている。レコード会社に始まり、航空業界やフィットネスクラブ、通信事業に果ては宇宙旅行と、あらゆる事業を手掛けてきた野心家のブランソン氏だが、鉄道事業については不本意な形での撤退を余儀なくされ、そのことを今も快く思ってないと言われている。そう考えると、このまま黙って鉄道業界から身を引くとも思えず、今後の動向が注目を集めそうだ。

一方、ヴァージングループ参入の報道とほぼ時を同じくして、オランダを拠点とするヒューロトレイン(Heurotrain)社が、アムステルダムを起点にロンドン、ブリュッセル、パリとの間を結ぶ高速列車の運行を計画していることを明かした。

同社は、オランダの起業家マールテン・ファン・デン・ビゲラール氏と、その息子のレーマー氏によって率いられ、アメリカやスイスの投資会社から支援を受けているという。運営の中枢にオランダ鉄道(NS)の元取締役を抜擢したのをはじめ、運行を予定している各国の鉄道会社に在籍した経験を持つ専門家を引き抜くなど、人事面でもすでに動きを見せている。

鉄道同士の乗客争奪戦にはならない?

同社の計画ルートはイギリスと欧州大陸間だけでなく、ユーロスターと合併した高速鉄道「タリス」のフランスとベルギー、オランダ、ドイツを結ぶ路線のうち、ドイツ方面を除く全方面と競合しており、運行が実現すればユーロスターの強力なライバルとなることは間違いない。


吸収合併によりユーロスターブランドとなった旧「タリス」の列車(撮影:橋爪智之)


「ユーロスター」のロゴが入った旧「タリス」の列車(撮影:橋爪智之)

だが、同社の分析では鉄道会社同士による乗客の奪い合いになるのではなく、ほかの交通機関から旅客が鉄道へシフトすることにより、鉄道全体の需要が45%増加することになると試算している。オランダのマーケティング会社マーヴェルテスト(Marveltest)社の調査結果によると、ヨーロッパに居住する人たちの50%以上は、2時間以内の移動には環境に優しい鉄道を選択すると回答しており、利便性や利用機会(運行本数)の増加により、さらなる需要拡大を期待できる。現在、ユーロスター1社独占となっている4都市間の列車は、時間帯や曜日によってほぼ100%に近い列車が満席となっており、需要拡大は十分期待できる。

Heurotrain社は、まだ具体的なことについて公表はできないとしつつ、公正で透明性のある価格設定とするとしており、財政的な負担を増やす恐れのあるいたずらな低価格競争をすることはないと示唆している。一方で、座席やインターネットなどサービス面においては、最新かつ最高水準のものを目指すと付け加えている。

これで3社もの会社がイギリス―欧州大陸間の列車運行へ名乗りを上げた形となったが、11月20日、今度は思わぬところからニュースが飛び込んできた。スイス国鉄の国際旅客輸送部門の責任者であるフィリップ・メーダー氏が、イタリアのパルマで開かれたシンポジウムの席上で、ロンドンへの直通列車の運行を検討していると語ったのだ。

スイスは現在、欧州の10カ国・約120都市と列車で直結しているが、鉄道の需要が年々拡大していることから、さらなる運行地域拡大を計画している。これまでもハンブルクやウィーンなど、鉄道で移動するにはやや時間のかかる都市であっても利用者数が多い路線があり、フランスとスイスを結ぶ高速列車TGVは最大で1日1万8000席を提供してきた。イタリア方面も、ジェノヴァやボローニャへ延長運転を開始し、いずれも滑り出しは好調だ。また、チューリヒからローマやバルセロナへは、まもなく夜行列車の運行を開始する予定だが、これらはかつて利用者数の低迷で廃止された列車が復活する形となる。

競合で鉄道活性化なるか?

そして今回、メーダー氏は「ヨーロッパ地域で最も忙しい都市」ロンドンへの直通運転について検討していることを認めた。もっとも、このプロジェクトは容易なものではなく、線路使用料が高額なことはもちろん、先のレポートでも触れた出入国管理の問題など課題は多く、あくまで検討段階に過ぎない。ただ、バーゼル―ロンドン間は5時間程度で結ぶことが可能であり、まったく非現実的な話ではない。機が熟せば、両国間を結ぶ高速列車の実現もそう遠い先の話ではないだろう。

欧州各国の新興旅客鉄道会社の同盟であるオールレイル(AllRail)社の会長エーリッヒ・フォルスター氏は、イタリアの事例を挙げつつ、この一連の動きを大いに歓迎している。イタリアでは、民間の列車運行事業者NTV社が参入し、高速列車「イタロ」の運行を開始したことで旧国鉄系のトレニタリアとの競争が活発化し、国内の鉄道需要が大幅に増加。航空や自家用車などから旅客が転移し、都市間輸送の勢力図が完全に塗り替わった。


イタリアの民間運行事業者NTVの「イタロ」(手前)と旧国鉄系トレニタリアの「フレッチャロッサ」(奥)。イタロの参入は鉄道全体の底上げにつながった(撮影:橋爪智之)


イタリア系の「イリョ」参入により三つ巴の戦いとなったスペインの高速列車(撮影:橋爪智之)

また、3社が競合するスペインの高速列車も、各社とも順調に業績を伸ばし、鉄道の需要そのものが大幅に拡大している。はたして北西ヨーロッパの高速列車にも同様の未来が待ち受けているのだろうか。環境問題への関心の高まりから鉄道への注目が高まる欧州だが、ますます目が離せない状況となってきた。


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(橋爪 智之 : 欧州鉄道フォトライター)