「過疎ビジネス」のターゲットとなった福島県国見町の議会(写真/河北新報)

「(自治体の)行政機能そのものをぶんどっている」

「俺らのほうが勉強しているし、言うこと聞けっていうのが本音じゃないですか」
 
 福島県国見町の官民連携事業を請け負った企業の社長が、社外の関係者との打ち合わせで語った言葉だ。『河北新報』記者である筆者は関係者を通じて音声データを入手し、今年3月21日付で「『行政機能ぶん取る』自治体連携巡りワンテーブル社長発言 録音データで判明」と報じた。
 
 人口減少で活力を失った小規模自治体に地方創生の夢を熱弁して近づき、公金を吸い上げる。音声データでは、地方の自治体を見下し、食い物にして利益確保を狙う官民連携の本音が赤裸々に語られていた。報道を受け、町の事業は中止となった。
 
 国見町の議会は10月、地方自治法100条に基づく調査特別委員会(百条委)を設置して事業の本格検証に乗り出した。何があったのか、一連の経緯をふりかえると、官民連携の大義名分の下に潜む「過疎ビジネス」の断面が見えてくる。

匿名寄付をした企業の子会社が受注

福島県の北端に位置する国見町は、果樹栽培が盛んな人口8000人余りの町だ。2022年、こののどかな町で突如、ある事業が始まった。匿名の企業3社から受けた計4億3200万円の企業版ふるさと納税を財源に、高規格の救急車計12台を町で所有し、他の自治体などにリースするという事業だ。

国見町は2022年11月に公募型プロポーザルで事業の委託先を募り、備蓄食品製造のワンテーブル(宮城県多賀城市)への委託が決まった。応募はワンテーブル1社のみ。「行政機能をぶんどる」などと言い放ったのは、このワンテーブルの島田昌幸社長(当時)で、発言を認めて2023年5月に社長職を退いた。

ワンテーブルは島田氏が2016年に創業し、東日本大震災の被災地発の防災ベンチャーとして当時、宮城県仙台市から上場支援を受けるなど勢いがあった。主力事業は、震災の知見を踏まえたという備蓄用ゼリーの製造・販売。ここ数年は官民連携事業にも手を広げていたが、救急車メーカーではない。

国見町の事業でワンテーブルは、DMM.com(東京)子会社で救急車ベンチャーのベルリングと提携した。そして、町は企業名を伏せ続けるが、事業原資を企業版ふるさと納税で町に匿名寄付したのはDMMと、ベルリング以外のグループ企業2社だった。

企業版ふるさと納税は地方創生の財源不足に悩む自治体向けに国が創設した制度で、寄付額の最大9割が法人税などから控除される。個人版のふるさと納税とは異なり、癒着を防ぐため自治体から企業への経済的な見返りは禁じられている。

国見町の事業でDMMは、ワンテーブルを介した子会社の事業受注と税額控除によって多額の利益を得られる。寄付金の環流とも、制度趣旨を逸脱した「課税逃れ」とも言えそうな話だが、制度を所管する内閣府が2022年12月にQ&Aの形で示した見解に従えば、この事業スキーム自体を「クロ」とは言えない。

内閣府によると、寄付の対象事業を受注するには自治体の入札プロセスを経る必要があり、その入札プロセスは公正公平になされているのであるから仮に寄付企業や子会社が寄付金を使った事業を受託したとしても「自治体と企業の癒着の問題は生じない」(内閣府担当者)のだそうだ。

そんな甘い制度設計でいいのかと首をかしげたくなるが、疑問はそれだけではない。妙にできすぎ感のある国見町の救急車事業は、はたして本当に「公正公平な入札契約のプロセス」を経たのだろうか。今年10月に国見町議会で設置された百条委の最大の焦点はそこだ。

結論を先に言えば、「出来レース」としか言いようのないプロセスであったことが、『河北新報』や町監査委員の調査ですでに明らかだ。

時系列で具体的に見ていく。

寄付直後に吸収合併

国見町によると、救急車事業を立案したきっかけはワンテーブルが事務局を務めていた町の共同事業体「官民共創コンソーシアム」での議論だったとされる。同コンソーシアムは町と企業が連携して課題解決を話し合う組織で、町が2022年1月に公募型プロポーザルで事務局の委託先を募り、3月に発足した。

コンソーシアムが設立準備に入った2022年の2月、DMMは事業原資となった4億3200万円のうち3億5700万円を町に匿名で寄付した。時を同じくしてワンテーブルはベルリングと業務契約を結び、救急車7台を2023年3月の納入期限で発注した。町が救急車事業の委託先を公募する8カ月も前のことだ。


福島県国見町が1台3600万円で購入した高規格救急車。「高額すぎる」という指摘も(写真/河北新報)

事業原資の残り計7500万円は、DMMのグループ2社が7、8月にそれぞれ寄付した。8月に6000万円を支出した企業は、寄付の直後にDMM本体に吸収合併され、権利関係はすべてDMMが継承した。最終的に計12台のリース車両の製造で事業がまとまったのは、ベルリングの車両調達の状況に合わせて寄付の積み増し調整がなされた結果だった。

国見町は2022年の9月議会で救急車事業の予算を計上し、担当課は同時並行で事業の委託先の選定に使う仕様書の作成を進めた。その際、事務局のワンテーブルは町の仕様書の中身の作成に関与し、ベルリングの既存車両に合わせた指定を多数盛り込んだ。

例えば、仕様書は車内幅を1740ミリ以上とし、車両の床材に繊維強化プラスチック(FRP)を使うことなどを求めている。これらはベルリング製車両の特徴と一致する。業界大手のトヨタや日産は車内幅が1730ミリで、仕様書の指定より1センチ狭い。車両の床材にFRPを使う業者はベルリングだけだ。

12台の車両のうち2台を中古車とする、という不可解な指定も盛り込まれ、納入期限は委託先の決定から4カ月後の2023年3月とされた。


内部文書。入札で他社を「排除したい」とする文言がある(写真/河北新報)

『河北新報』が入手した仕様書作成に関する内部文書からは、国見町が他社の応募を意図的に締め出そうとした形跡も確認できた。文書には町からワンテーブルへの質問事項や要望が一覧になって列挙され、車両の構造に関する項目では「(他社を)室内寸法や他機能で排除したい」と町の担当職員からワンテーブルに提案する文言まであった。

行政機関が、特定の企業が受注できるよう入札プロセスを歪めた疑いがある。

「不適切で乱暴で無責任」と痛烈批判

2023年の9月議会に町監査委員が提出した意見書も、仕様書の内容や作成経緯は「公平性に欠ける」と強調した。監査では町が事業計画書を作らなかったことや、救急車のリース需要が未調査だったことも判明し、意見書は事業の進め方を「不適切で乱暴で無責任」と痛烈に批判した。

国見町は事業の実施理由について「産業集積が見込めた」「町の知名度が上がると考えた」などと説明する。「寄付金事業だから町の懐は痛まない」とでも思ったのだろうか。そもそも町に入った寄付金は公金であり、町民の財産だ。違う形で町が主体的に寄付金を使えば、いくらでも住民サービスの向上が図れただろう。

東洋経済はDMMに対し「寄付をしたのは事実か。匿名にしたのはなぜか」「寄付をする前、国見町の救急車事業を子会社ベルリングが受注する見通しであることを事前に把握していたのか」等々を質問した。

DMMは寄付を「事実」と認め、匿名としたのは「本来納税すべき自治体(東京都港区)とは別の自治体に納税することが(港区にとっては減収となるため)一部批判されていたため、自治体への向き合い方を考慮し非公開とした。他意はない」と釈明した。寄付はワンテーブルとベルリングが提携することを把握した上で行ったとしつつ、寄付自体は「地域貢献の機会になると考えて実施したのであって、税控除は目的ではない」と回答した。

寄付に至った経緯は「ワンテーブルから、国見町が企業版ふるさと納税による高規格救急車の大量納品を希望しているとの打診を受けた」。一方で「DMMグループから(国見町に対して)高規格救急車の研究への(寄付金の)活用を要望した事実は一切ない」とし、仕様書の作成などプロポーザルの内容にも「一切関わっていない」と強調した。

東洋経済はワンテーブルに対しても「救急車事業を受注したベルリングの親会社が寄付をしたDMMであることを知っていたか」「仕様書の作成にワンテーブルも関与したか」「前社長の『行政機能をぶんどる』とはどういう意味か」等々を質問した。

富田智之現社長は「当社とベルリングとは以前から接点があり、親会社がDMMであることも知っていた。だが、DMMが福島県国見町に(救急車事業に関する)寄付をしていたことは知らなかった」「DMMと面談したことはない」などと回答した。しかしDMMが「ワンテーブルから寄付についての打診を受けた」と説明している旨を伝えて再質問すると富田氏は「島田前社長がDMMに(国見町への)寄付の話をしていた」と回答を一部修正した。

仕様書作成への関与については「当時、自分は社長ではなく、別の会社にいたため詳細は把握していない」という。島田前社長の「(自治体の)行政機能をぶんどる」との発言については「過ぎた表現であったことを深く反省する」と謝罪したが、事業立案の経緯に関しては「事業主体は国見町であり、説明する立場にない」「事業の一連の取り組みについて一切の法令違反行為はない」と述べるにとどめた。

11月27日に開かれた百条委では、事業に関わった地元消防組合の幹部ら計3人が参考人招致された。事業者選定の審査を頼まれた消防組合幹部は、仕様書が委託先の決定から4カ月後に12台の納車を求めたのは「不可能に近い」と証言した。医療資器材を搭載しないのに平均すると1台3600万円になる車両価格についても「高額すぎる」と違和感を語った。

町の仕様書は公正な入札を妨げた疑いがあり、発注者の関与を取り締まる官製談合防止法などに触れる可能性がある。疑惑の追及は今後の百条委の調査で進むが、それとは別に今回の問題が浮き彫りにした「地方の危機」にも目を向ける必要がある。

過疎化に伴う財政難や人材流出に苦しむのは国見町だけではない。民間企業やコンサル企業が自治体に食い込む事例は各地で散見される。民間の知恵を借りること自体、間違ってはいない。しかし本当に住民サービスの向上が主眼となっているか、官民連携という大義を隠れみのにした「過疎ビジネス」になっていないか。注意が必要だ。

全国の自治体にとって、国見町のケースは人ごとではないはずだ。

(横山勲 : 『河北新報』記者)