作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセイ。お盆や夏休みなどで家族に会うタイミングが多い今、その距離感について思うことをつづってもらいました。

第104回「家族の距離感」

このあいだ、友人と深夜まで話していて、家族の距離感って難しいよねという話になった。

「母親も高齢だし、ちょっと変だなと思っても正論をぶつけたらガックリしてしまうんじゃないかと思って言わなくなったんだよね」

と言う。わかるー。諦めというより、気遣いとして本音の半分しか言わなくなってくるよね。まあいいかと我慢するようになる。自分だって悪いところはたくさんあるし、良いところを見なきゃ一つ屋根の下でなんて暮らせないもんね。

しかし、そんなふうに腫れ物を触るように接していたところ、彼女のお母さんは目に見えて衰えていったという。

「それで、言い方をよく気遣って、こうした方がいいよとか、こうしてほしいんだって言ってみたんだよね」

「ふむふむ」

「そしたら、改善されていったんだよ」

「すごい。まだまだお母さんも元気になる力があるってことやね」

言わない方が優しさのように思っていたけど、言ったことが良い刺激になって生活が改善されていったのだとか。もちろん言い方があるし、1つずつにしたそうなんだけれどね。

共同生活を続けていくなかで、当然気になることは出てくる。昔なら互いに言ってすぐに反応しあえていたことが、もの忘れも増えていくし、怒りっぽくもなったし、徐々にできないことも増えていく。自分だってあと何十年かしたらそうなるんだろうと思うと切なくも感じる。でも、一日でも長く一緒に暮らすために、諦めずに言ってみることも大事なんだなと思った。コミュニケーションこそ信頼の証だし、日々の良い刺激になるのだろう。

●どうしても生まれてしまう男女間のコミュニケーション不全

「お母さんだったらまだ言いやすいけど、夫とか父親には言わない…というかもう面倒で言えないかもなー」

と、別の友人が言った。

確かに、私もそうかも。夫はともかく、父には言わないな。絶対に100倍返しにされることが分かっているから、姉も妹も母も、気になることがあっても父には言わない。揉める面倒臭さを思うと、自分が我慢した方がましだもの。

いろいろな友人の家へ遊びにいき、高齢のご両親を見ていると、お母さんの方が3倍は動いている場合が多い。お父さんはテレビを見てお酒を飲んでご飯のできるのを待っている。お母さんは、ぐっと我慢しているようにも諦めているようにも見える。

上の世代特有のやつなんだろうと思いきや、自分世代の夫婦でもそういう家は多く、ぬぬぬーという気持ちになる。姉の子どもたちだって、自然と家事の手伝いをしてくれるのは甥っ子より姪っ子のことが多い。そこは個人の自由な気もするので男子もやりなさいと言わない。もちろん女子がとは言っていない、のに女子は気がつくのだ。農作業のとき、重いみかんや米を運ぶときは、男子がやってくれるから、好きな(特性を生かした)仕事をしてくれているのだとも思う。

子どもの頃、お盆に親戚が集まって食事をするときなども、常に動いているのは女の人で、男衆は飲んで寝るだけなのだった。子どもながらに気になっていたが、「おじさんもお父さんもお皿片付けなよ」とは言えなかった。このおじさんや父も、農業になれば活躍するのだから、言ってはいけないと思った。

でも、農業は母もしている。同じように働いて帰ってきて、さらに女性はそこから黙って夕飯を作る。そういう家族を、おかしいなと思いながら見てきたのに、私達はまたそれを繰り返しているのかもしれない。甥や姪が大きくなるにつれ、あれ…デジャビュ? みたいな気分になっている。

私達がここまで言わずにきたことに責任がある。女性が働きにくい国をここまで牽引してきてしまったのは私達なんだと思う。

「でもねえ、もう言いあいになるのも面倒だから我慢するの」

と、友人のお母さんが神妙な面持ちで言った。

「わかります。私の母も同じです」

「都会では変わってきてるかもしれんけど、田舎では全然よねえ」

家族とは毎日顔を合わすので、なるべく火種を作りたくない。波風を立たせたくない。そうして数十年が経ってしまったのだ。子どものうちに率先して家事のできる男子にしといた方がいいんじゃないの? と思うんだけど、やっぱりてきぱきとよく気がついてできてしまうのが女子なんですよねえ。そして、がみがみ言いたくない私達なんですよねえ。

決して男子を甘やかしているわけではないんだけど、やっぱり子どもたちは上の世代の立ち振る舞い、家族内の人間関係をよく見ているんだと思う。こうして連鎖は続いていくのだろうか。やっぱり、習慣って大事よねえ。小さいところからでも、口うるさい叔母さんになろうかしらねえ。

 

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