教育熱心な親が陥りがちな、行き過ぎた教育の恐るべきリスクとは?(写真:mits / PIXTA)

元法務省職員でこれまで1万人の犯罪者・非行少年を心理分析してきた犯罪心理学者の出口保行氏の最新刊『犯罪心理学者は見た危ない子育て』では、子どもの将来を壊しかねない、家庭教育にひそむ危険性について解説している。

なかでも出口氏が力説しているのは、いわゆる「普通の家庭」「優秀な家庭」でこそ家庭教育がエスカレートし、それがすなわち教育虐待につながる可能性があるということだ。教育熱心な親が陥りがちな、ともすればマインドコントロールとも受け取られかねない行き過ぎた教育を紹介する。教育熱心なあまり息子が非行に走ってしまった実際の事例から見ていこう。

※本記事に出てくる実例はプライバシー等を考慮し一部改変しています。

親に従い続けたトモヤのケース

トモヤは東京の大学に進学し、一人暮らしをするようになって自由を謳歌していた。しかし実は、大学を休学してアルバイト中心の生活を送っている。仕送りはもらっているが、全然足りないのだ。パチンコに費やすようになったからである。

きっかけは、ゲームセンターに置かれていたパチンコが面白かったことだ。ゲームセンターに行くことなんてこれまで許されなかった。一人暮らしをするようになったら早速行ってみようと思っていた。そして、本物のパチンコ店でやってみたいという衝動が抑えられず、店で打ってみた。

すると、ビギナーズラックで大勝ちしてしまった。たった1000円が5万円になったのである。

ゲームとして楽しいだけでなく、お金まで稼げる! 夢のような遊びだと感じて、パチンコにハマったというわけだ。

儲かった5万円はあっというまに消え、仕送りもアルバイト代もつぎ込んで、「取り返さなくては」とパチンコ店に行く。悪循環に陥っていた。

両親は、トモヤのそんな生活を想像もしていない。大学で勉強を頑張っていると信じている。

果たせなかった夢を長男に託し、日常をコントロール

父親のかねての願いは、「いい大学を卒業して大企業に就職し、世界を股にかけて活躍してほしい」というものだ。父親自身の果たせなかった夢である。

彼は本当は大学に行きたいという強い希望があったが、家庭の金銭的事情により叶わず、高校を卒業して地方公務員となった。今のポジションは係長。大卒の職員に立場的に抜かれることが多く、「大学さえ出ていれば」と忸怩たる思いに駆られるのだった。

長男のトモヤには、自分のような思いをしてほしくない。とにかく、いい大学に行って、いい会社に入る。それがトモヤのためだと考えていた。

父親は何かにつけてトモヤに指示を出した。小学生の頃から、

「健康のために野菜中心の食生活を送りなさい」

「運動も必要だから、サッカーをやりなさい」

中学生になると、生活にあれこれ口出ししてコントロール。

「ゲームをしてもいいが、学習につながるものにしなさい」

「門限は確実に守りなさい」

「洋服はこれを着なさい」

さらに勉強面での指示は熱が入った。

「人一倍勉強しなさい」

「そろそろ遊ぶのはやめて受験に集中しなさい」

こんなふうに命令口調で指導するのが普通だった。

世間体にもうるさかった。目立つことをすると「社会からどう見られるか気にしなさい」と言う。小学生のトモヤが友だちとケンカをしたときは、とくに厳しく叱りつけた。「違うんだよ、あいつが先にぼくのことを」と言いかけたトモヤの言葉を無視し、相手の親に謝罪しに行った。

母親もこの方針に賛成している。「結婚相手は公務員がいい」と言われて育ってきたため、公務員である夫のことを尊敬しており、家庭内のさまざまな意思決定や教育方針は夫に従うのが正しい選択であると思っていた。

夫に言われるがままに監視役を引き受けることも多く、指示に従っていないとトモヤを叱った。

そんな両親のもとでトモヤは窮屈な生活をしいられていた。とくに妹たちを見ると不満が募る。両親は明らかにトモヤには厳しく、妹たちには甘いのだ。

たとえば携帯がほしいと言っても、トモヤに対して父親はなかなか許してくれず、誓約書のようなものを書かされたが、妹たちはいとも簡単に手に入れた。

「なぜ自分だけがこんな思いをしなきゃならないんだ」

トモヤは強い不満を持っていたが、「お前のためだ」という言葉がのしかかって、反抗することができずにいた。期待されていることを嬉しく思う気持ちもないわけではない。口うるさい親だが、言われた通りにしておけば、大きな問題にならないのも事実だ。健康で元気だし、サッカーもそこそこできるし、成績もよかった。

携帯を盗み見も「親として当然の権利」

そんなトモヤが親に対して感情をぶつけたのは中学2年生のときだ。授業で使う持ち物を忘れて困っていると、隣の席のマナが何も言わずそっと貸してくれた。

「さっきは、ありがとう」

すまなそうに声をかけると、マナはにっこり微笑んで「ううん、全然。困ったら言ってよ」と言ってくれた。その後も、よく気づかって助けてくれるのだった。トモヤにはマナが天使のように思えた。

「来週、みんなでショッピングモールで遊ぶけど、トモヤくんも来るよね? ゲームセンターとかカラオケとかあるんだって」

マナが誘ってくれたのは嬉しかったが、あの父親が許すはずがない。

家に帰ってから携帯でマナに「ごめん。うちの親めんどくさくて。勉強しろってうるさいし、そういうの難しいかも」とメッセージを入れた。

「そっか。厳しいんだね」

マナは否定することなく、話を聞いてくれた。

それ以来、トモヤは毎日のようにマナとメールでやりとりをした。マナに恋心を抱いていたトモヤは、それが幸せなひとときだった。

ところがある日突然、父親から「マナと付き合うのはやめなさい」と言われた。「えっ……?」

絶句していると、

「そんなことをしている暇があったら勉強しろ。ここのところ成績がよくないじゃないか。わかったな?」

そうたたみかけるように言って、去っていった。

なぜ父親はマナのことを知っている? トモヤは親に好きな女の子の話なんてしたためしがない。学校でも、マナとの交際を知っている人はほとんどいない。まさか、携帯を盗み見ているのか。

トモヤは怒りに震えた。そして両親のいる部屋に行き、わめいた。

「勝手にオレの携帯見てるんだろ! 親だからって、そんなことしていいのかよ!」

母親は、トモヤの携帯をチェックしていることを認めた。いかがわしいサイト、危険なサイトにアクセスしていないか監視するのに飽き足らず、どんな友だちとどんな会話をしているのかを確認していたと。

父親は一笑に付した。

「トモヤのためを思ってやっていることだ。親として当然の権利じゃないか」

トモヤは絶望した。この人たちには何を言ってもムダだ。マナとの関係もぎこちなくなり、自然消滅してしまった。

トモヤは表向きは父親に逆らわないようにしながら、家を出ることを目標にした。東京の大学に進学すれば自由になれる。勉強なんてどうでもいいし、とくにやりたいこともなかった。どうせなら、いままで禁止されていたことをやろう。そうしてひとりで生活する中でパチンコにハマったのだった。


(写真:Yokohama Photo Base/PIXTA)

あるとき、パチンコ店で出会った同年代の男、タケルに声をかけられた。

「簡単だけど稼げるバイトがある」

タケルもトモヤと同じようにパチンコにお金をつぎ込んでおり、経済的に困窮していた。その高額バイトによって助けられたという。インターネットを通じて指示を受け、その通りに動くだけでなんと1回10万円ももらえるらしい。それも、指定の住所に住む人から紙袋を受け取って、それをコインロッカーに入れるだけという簡単なものだ。

タケルは闇サイトを見せながら、ヘヘヘと笑った。これは……、やばいやつなんじゃないのか。トモヤは犯罪の匂いを感じた。

しかし、何も知らない、何も気づいていないことにした。何かあったら、「そんな説明は受けていない」「自分は何も知らなかった」と言えばいい。そう思えば躊躇はなかった。こんなおいしい話に乗らないわけにはいかないだろう。何度も犯行を繰り返した。

このバイトを始めて3カ月ほど経った頃、警察がアパートにやってきて逮捕された。トモヤは少年鑑別所に入所した。

面会に来た両親は、激しく怒り、悲しんだ。

「してはいけないことを、あれほど教えてきたのにお前は何を聞いていたんだ!」

「そんなふうに育てた覚えはない!」

ふたりはトモヤを責め続けるのだった。

一方的に命令して、子どもの気持ちを無視

トモヤの父親は高圧的でした。「〜しなさい」と命令し、「〜してはいけない」と禁止する言い方が高圧的です。しかも、非常に一方的であることが問題です。トモヤの希望とは関係なく、父親の価値観にもとづいて物事が選択されていました。

「健康のために野菜を食べなさい」くらいのことは、ほとんどの人が言っていると思いますが、「運動はサッカーをやりなさい」「洋服はこれを着なさい」と指定するのは違和感がありますね。親の好みを押し付けており、子どもの気持ちを無視しています。

トモヤは当然、不満を抱いていました。しかし、「お前のためを思っているんだ」と言われると、反抗もできません。長男の自分に、いい大学に行っていい会社に入ってほしいと期待しているのだということはわかっていました。

期待されること自体は、嬉しいものです。不満を持ちながらも、親の言うことを聞く「いい子」として育ってきました。

中学2年生のときに、初めて両親にキレて不満をぶつけましたが、両親はこのときに気づくべきでした。トモヤからのわかりやすいSOSです。よく話を聞いて、子育ての方針を修正することができれば、その後に大きな問題が起こる危険性は減ったに違いありません。多少の問題があっても、うまく対処して乗り越えていくことができたのではないでしょうか。

ところが両親は聞く耳を持たなかったので、トモヤは失望し、完全に親を信頼できなくなりました。表面上は言うことを聞いておき、家を出て自由になることだけが目的になったのです。

少年鑑別所での面接の際、トモヤは「マナとの交際を卑劣な方法で否定された。あいつらは最低だ」と両親への怒りを激しい言葉で語りました。彼にとっては相当ショックな事件だったことがうかがえます。両親に敵意に近い感情を抱いており、親子関係の調整が難しいケースであると感じました。

教育とマインドコントロールは紙一重

トモヤは高圧的な親から逃げることを選択しました。しかし、逃げることができない人たちもいます。極度に高圧的な親のもとでは、心理的に拘束され、親の言う通りにしか動けなくなってしまうのです。

たとえば、外出や買い物などあらゆることに親の許可を必要とし、行動を制限する。親の言うことは絶対で、口答えをさせない。支配下から逃れようとすると何かしらの罰を与える。

このように支配されると、子どもは常に親の顔色をうかがうようになります。自分から積極的に行動することができず、やりたいことがあっても、まず「親はどう思うだろう」と考えます。次第に、自発的に考えることをやめてしまい、何でも支配者の言う通りに動くようになってしまいます。もはや「逃げたい」とも考えません。これはまさに「マインドコントロール」です。

マインドコントロールという手法は、近年の旧統一教会関連のニュースでも聞かれますが、日本では最初、オウム真理教事件で有名になりました。天才、秀才と言われるような若者が多く入信し、「地下鉄サリン事件」ほか次々と凶悪な事件を起こした背景には、マインドコントロールがありました。

普通の感覚からすると「なぜ、そんなに頭のいい人が異常な行動をとるのか?」「おかしいと思わないのか?」と理解に苦しみますが、支配下に置かれた者は、何でも支配者の言う通りに行動するようになってしまうのです。

当時私は東京拘置所に勤務していたため、多くのオウム真理教関係者を心理分析しました。「これをしなければ、こんなに悪いことが起こる」「ここから抜け出せば、こんなに酷いことが起こる」と、長い期間にわたって繰り返し刷り込まれてきており、支配から抜け出すことがいかに難しいかを実感したものです。

2016年、千葉大学の学生が、中学生の女子生徒をアパートに2年間も監禁していたという事件がありました(朝霞少女監禁事件)。

この事件がメディアで報じられたとき、「なぜ2年間も逃げられなかったのか?」ということが話題になりました。アパートは厳重に鍵をかけて出られないようにしているわけではなく、目の前には千葉大学があり、助けを求めることができそうな環境だったからです。女子生徒がひとりで買い物に出かけることもありました。

「女子生徒はなぜ逃げなかったのでしょうか?」

当時、メディアに呼ばれて何度も聞かれました。まるで逃げ出さなかった被害者が悪いとでも言うような論調は、困ったものだと思います。

女子生徒は心理的に拘束されており、逃げられなかったのです。これは少しもおかしいことではありません。

ちなみに、監禁していた大学生は「一番すごいと思うのは麻原彰晃」と語っており、マインドコントロールについて勉強していたことがわかっています。早い段階で恐怖を与え、逃げたら大変なことになると刷り込んで、心理的に拘束したのでしょう。

物理的には拘束されていなくとも、心理的拘束から逃れるのは非常に困難です。

マインドコントロールはどこでも起こる

マインドコントロールはカルト的な集団で使われているイメージが強いと思いますが、その技術を学んだわけでなくともできてしまうものです。高圧的に接して命令し、罰を与えるなどして恐怖を与えればいいのです。噓を織り交ぜるとさらに強力です。家庭の中だってじゅうぶん起こりえます。

2020年、ママ友にマインドコントロールされた母親が5歳の子を餓死させたという事件がありました(福岡5歳児餓死事件)。

これも、普通に考えれば「なぜ母親が、ママ友に言われたからといって、自分の子どもにご飯を与えず餓死させるなんていうことができるのか?」と疑問に思うでしょう。

ママ友は母親に対して「夫が浮気をしている」「他のママ友が悪口を言っている」などの噓をついて孤立させ、相談に乗るふりをしながら支配していました。母親が離婚すると「子どもが太っていると養育費や慰謝料がとれない」と言い、子どもたちへの食事を極度に制限させました。心理的拘束のもとで、母親は支配者の言うことを聞く以外できなくなってしまったのです。

この事件では、子どもを餓死させた母親は保護責任者遺棄致死罪に問われ(懲役5年)、ママ友の「支配」がなければこの事件は起こらなかったとして、ママ友は懲役15年の刑が確定しました。

このママ友はマインドコントロールの知識を特別に学んだわけではないでしょう。ただ、ターゲットとなる人物を孤立させたり脅迫したりすることによって支配しました。ここまで極端でなくとも、学校や職場などあらゆるところで、起こりうることです。

子育ても、一歩間違えばマインドコントロールになるおそれがあります。

「言うことを聞かないと、あなたの大事なものを捨てる」

「テストでいい点数をとらないと、ゲーム禁止」

そうやって、恐怖を与えて思い通りに動かすのはラクかもしれません。しかし、いつか必ず問題が表出します。

子どもの心を追い詰める「教育虐待」

高圧型の子育てと密接な関係があるのが「教育虐待」です。教育虐待とは、親が子どもに対して実力以上の過度な期待をかけて勉強させ、その結果が芳しくないと、罵ったり、暴力を加えたり食事を与えなかったりするような虐待を言います。「子どものために」と言いながら、子どもをどんどん追い詰めていく。近年、中学受験熱の高まりもあって、話題になることも多いですね。追い詰められた子どものSOSが、非行・犯罪としてあらわれる場合もあります。

「医大に行って、絶対に医者になれ」と、激しい教育虐待を続けていた母親が、娘に殺害された事件が2018年にありました(滋賀医科大学生母親殺害事件)。娘は医大合格のため9年間も浪人させられていたというのですから、母親の異常な執着がうかがえます。

娘は小学生の頃は成績優秀でした。母親は、娘が小さいうちから、医者になってほしいという気持ちが強く、高圧的に接していました。成績が期待を下回ると叩いたり、「バカ」と暴言を吐いたりしていました。

大学受験の頃になると、さらにエスカレートします。浪人中はスマホを取り上げ、自由時間をとらせないためお風呂も一緒に入るという徹底した監視ぶり。その後も、こっそり持っていたスマホの存在に気づくと、娘に土下座させたりしました。娘は束縛された生活から逃れるために、母親を殺害するしかないと思い込んだのです。

眠っている母親を刃物で刺して殺害後、娘はツイッターに「モンスターを倒した。これで一安心だ」と書き込んでいました。その後、遺体をバラバラにして河川敷に遺棄。ここまでする異様さはメディアで大きな注目を浴び、教育虐待についても話題になりました。

極端ではありますが、教育虐待が子どもを重大な犯罪にまで追い詰めた例です。

劣等感を子どもに補償させようとする親

なぜ、こんなに追い詰めるほど過度な期待・要求を子どもに押し付けるのでしょうか。

裏に見え隠れするのは、親自身の劣等感、コンプレックスです。滋賀医科大学生母親殺害事件でも、母親は工業高校卒で学歴にコンプレックスがあったと言われています。自身のコンプレックスを埋め合わせるため、子どもに過度な期待をし、それに応えなければ罰を与えているのです。


トモヤの父親も同じです。大学に行けなかったことで生まれた劣等感を子どもに投影し、「勉強しなさい」とプレッシャーを与えていました。勉強して、いい大学に入り、いい会社に就職することが大事だという価値観に囚われているのです。その価値観にもとづき、命令するのは子どものためだと信じ込んでいるので、トモヤからのSOSにも気づきません。

トモヤの場合は、結果的に大学受験もうまくいき、その段階では問題が表出しませんでした。うまくいかなかったら、爆発もあったかもしれません。トモヤは両親を攻撃しなかったものの、敵意を持っていました。そういう心の状態が、非行への扉を開いたと考えることができるでしょう。

過度な期待、要求を押し付ければ、必ずどこかにほころびが出ます。応えることができないからです。子どもは一生懸命取り繕おうとするかもしれません。うまくいっているように見せるかもしれません。しかし、それにも限界があります。

非行少年との面接の中では、「親の期待に沿えませんでした」という話をよく聞きました。過度な期待を背負って苦しみ、非行へと走ってもなお「期待に沿えない自分」を責めて苦しんでいるのです。

そんな少年たちには、期待に応えたいという気持ちは立派だが、応えられなくたって別にいいんだよと伝えます。

はっきり言って、親の期待に沿って生きる必要はありません。親は子どもに期待をするものだし、子どもは期待に応えたいと思う。それはいいのですが、期待に応えないと拒否されるというのはおかしいのです。その子自身の人生が肯定されなくてはいけません。

なお、勉強に関する過度な期待へのSOSとしてよく見られるのは、テストを隠す、点数を改ざんする、成績がよかったと噓をつくなどです。こういった行動があれば、頭ごなしに叱りつけるのではなく、理由に目を向ける必要があります。過度な期待を押し付けていないか振り返ること、本人の話を聞くことが必要です。

(出口 保行 : 犯罪心理学者)